稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

バカの大足

2017年03月15日 | つれづれ


足が大きくて損をしている。
気に入ったデザインの靴で足に合う靴は無い。
特にフォーマルタイプだとまったく無い。
流行の先の尖ったものが欲しかったが小さくて無理だ。

実は、5月の結婚式用にと、先ほど靴屋に行ったのだ。

迷わず「大きなサイズコーナー」に行く。
いくつか選んで2足買った。
前から持っているのと同じようなのが2足だ。
デザインなど選べないのだ。

27.5cmの4Eが一番足に合うのだが、
革靴で、27.5cmというサイズはめったに見当たらない。
今回も28.0cmの3Eで我慢するしか無かった。

「バカの大足、間抜けの小足、中途半端のろくでなし」というが、
少なくとも中途半端さんは靴に困らないだけマシだと思う。
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中村毅先生に教わったこと

2017年03月14日 | 剣道・剣術
四段を頂いて秋田から東京に出てきて日本武道館の武道学園に入学?した。
昭和60年(1985年)30才の時である。仕事は日本橋小伝馬町の衣料問屋だった。

指導陣は、丸山鐡男、土居安夫、加藤浩二、中村毅、岡村和典、太田忠徳、
磯部直樹、中島博昭、奈良隆(敬称略)。

先日、「剣道極意授けます」買いました で書いたが、
年に1度の千葉県勝浦市の日本武道館研修センターでの思い出の追加である。

「剣道極意授けます」買いました。
http://blog.goo.ne.jp/kendokun/e/98e22209a6303d48895cf50d05357c82


食事のあとで、全員が集まって懇親会が定例である。
ある時、中村毅先生に自由に質問しようということになった。

中村毅先生は、昭和45年に全日本剣道選手権大会で優勝し、
当時は、警視庁の副主席師範を務めておられた大先生である。

私はおそるおそる「剣道上達の秘訣は何でしょうか?」と尋ねた。
中村毅先生は、「そうだな・・・」と少し間を置き、「仲良く楽しく」とだけ答えられた。

「仲良く楽しく」


寡黙な先生は、それっきりで、
何か極意のような名言を聞きだせるかと思っていた私は、
少なからずガッカリしたことを憶えている。

しかしこの言葉「仲良く楽しく」はまさに剣道上達の極意なのである。
そのことに気がついたのは、ずっとあとの事だった。

剣道は相手があって初めて稽古が成り立つ。
打って反省、打たれて感謝。
相手がいるから自分の悪いところも治せる。
仲の悪い者同士で喧嘩のような稽古をしても上達はしないのである。
打ち負かしてやろうとムキになって崩れた稽古をいくら続けても上達はしないのである。

稽古はお互いを認め合い、仲良く楽しく続けなさい、という意味だろうか。

長年、猛稽古を続けられた中村毅先生だからこその「仲良く楽しく」なのだ。
本当に的を射た奥の深い言葉、いや極意だとつくづく思う次第だ。
この言葉を戴いた中村毅先生には本当に感謝している。

書いていてわかった。剣道だけに限らない。
人生もまた「仲良く楽しく」を大事にして生きていくべきなのだ。


【2023年10月5日】写真追加

写真を無造作に放り込んでるタンスの引き出しから当時の写真が出てきたので追加しておく。











1995年(平成7年7月19日)撮影
中村毅先生、太田忠徳先生の他、先輩諸氏が映っている。
最後の2枚など、太田先生の前で私はふざけてひっくり返っている。

おそれ多くて今では考えられない。
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プリウスのデザイン、おまけにセンターメーター

2017年03月14日 | バイク・クルマ
トヨタのプリウスのページより、
----------------------------------------------------------------------
ゼロからやり直して行き着いた、このフォルム
もっとワクワクするクルマを目指して。
クルマの骨格をゼロから見直すことで生まれた走りの楽しさとかっこよさ。
さらに環境性能のさらなる飛躍を成し遂げる、究極のフォルムが誕生しました。
プリウスのために用意された、カラーバリエーションとともにご覧ください。
----------------------------------------------------------------------



前にもこのデザインが嫌いだと書いた。
ワクワクもしないしかっこ良いとも思わない。
究極のフォルムではなく最悪のフォルムである。

このフロントの、小動物が目を細めてクシャミしてるかのようなのもイヤだが、
見るからに鈍重そうなテールは、それにも増して嫌いである。
夜なんか、変てこりんに光っているテールランプを見るたびに腹立たしくなるほどだ。
つまり生理的に駄目である。

おまけにこのクルマ、いまだにセンターメーターである。
過去のブログにも書いたが、センターメーターが大嫌いである。
メーカーの都合をお客に押し付けるなどトンでも無いことだと思う。

センターメーター
http://blog.goo.ne.jp/kendokun/e/607c25aff4316e1b4ca6350b30967198


そんなに良いというならトヨタの車は全部センターメーターにすべきである。
それをしないのはトヨタの傲慢さでしか無いと思う。経営責任と言っても良い。



トヨタのプリウス、ますます嫌いになった。
個人的な好き嫌いなので、別に賛同を得ようとは思わない。
トヨタは昔から好きなので敢えて苦言を呈す。悪しからず。
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慶事にて東京日帰り

2017年03月13日 | つれづれ
昨日12日は、東京に住む長男が5月に結婚するので先方の両親と初顔合わせ。
朝9時半頃に家を出て近鉄と新幹線を乗り継いで13時半に品川。


(品川駅前の大志満(おおしま)高輪店)

大志満(おおしま)高輪店にて豪華な会食、二次会は駅前の黒丸という居酒屋。
それにしても先方のお父さんもお酒好きで良かった。
14時から18時半まで4時間半、ずっと飲んで喋って楽しいひと時を過ごした。


(黒丸で食べた鰹の塩たたき)


(全員で記念撮影)


(長男と彼女)
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地下道の記憶(大阪の御堂筋)

2017年03月12日 | 旅行や街角メモリー

(写真は記憶に一番近かったもので、
 自然万華鏡 http://nbmyzk.exblog.jp/22843497/ から拝借し少し加工した)

大阪の御堂筋には横断するためだけの地下道があった。
今は無い。かなり昔、昭和30年代に埋められたと聞いた。

6才になる前に奈良に引っ越したから記憶は5才までの記憶である。
当時は大阪市南区順慶町に住んでいた。
遊びに行くのは御堂筋を渡って難波神社や新町のほうだった。

横断地下道は難波神社の近く、
今の三井住友銀行船場支店の近くと記憶する。
5才児の記憶なので間違っていても仕方ない。

この地下道、怖くて数回しか通っていない。
幅の広い御堂筋を横断するので小さな子供にはとてつもなく長いと感じた。
照明は裸電球だけで薄暗く、湿った空気が淀んでいて小便臭かった。
昼間でも何か化け物でも出そうな雰囲気があった。

ほどなく鉄格子で閉ざされ通行できなくなった。
埋められたのは閉鎖されてから何年も経ってからだと思う。

実はこの地下道、ずっと記憶の片隅にあったが、場所がわからなかった。
どこかわからないが、薄暗い湿った地下道がイメージとして残っていただけだ。
もしかしたらテレビや映画で見たシーンなのかも知れないと思っていた。

今から10年以上も前に、せんば心斎橋筋商店街 の会合で、
私より5才ほど上の方と話していた際、もしやと思って聞いてみたら知っておられた。

3つ年上の長兄(粕井滋)さえも忘れていた地下道の記憶。
イメージだけが残っている不思議な記憶である。
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昇段審査で女性と当たった場合

2017年03月11日 | 剣道・剣術
六段審査で女性が相手だった事が数回ある。
いずれも空回りしてしまって合格はおぼつかなかった。
普段の稽古で女性と稽古する機会がほとんどないのが原因だと感じた。

基本的に女性は待ち剣である。
こちらが面を打つのを待っている。
面を打ちに行くと出小手か返し胴というパターンである。

審査では同じ段の人が相手となる。
こちらが五段だと相手も五段で同い年になる確率も高い。

今まで同じ段の女性と稽古をしたことはなかった。
審査で相手が女性だとわかった時は動揺してしまった。

明らかに待っているのがわかる。
わかっているのでうかつに打ち込めない。
迷ってしまうので思い切った技も出せない。
結局は審査員から見て「何やってるの?」という内容になってしまった。

今も強い女性と稽古の機会がほとんど無い。

一度、七段審査の講習会で、模擬審査で当たったことがある。
実業団上がりだろうと思うが、絶妙な間合いで足を使って間合いを詰めてくる。
こちらが遠間から打てば出小手、近間から打てば返し胴が来るのがわかる。
待ち剣でも無い。もし近間で気を抜けば小手面か面に飛んでくるだろう。
攻めあぐねたまま終了したら、指導の先生から「稽古不足か?」と言われてしまった。
お互い有効打突は無かったが、相手の女性は「良い攻めだった」と褒められていた。

20年ほど前の武道学園時代に、
東京の千代田区の区民剣道大会の団体戦で、
相手の女性チームに完敗したのを思い出してしまった。
(武道学園Bチーム、4負け、1引き分け)

強い女性にはお手上げ  というのが結論。ごめんなさい。


ただ、女性も男性も関係が無く、
完全な待ち剣タイプが相手の場合は、
攻め気を緩めることで、相手の打ちを引き出すことが出来る。
打ち気いっぱいで、こちらの攻め気が強いと相手の守りも堅くなる。
「打つぞ、打つぞ!」と思うほど返そうとされるわけである。

攻め気を緩め、思い切って近間に入ってみたら勝機も生まれる。

あるいは、わざと小手を空けたり面を空けて、相手を引き出すことも出来る。
引き出して、相手の起こりばなを仕留めるのである。
(あからさまに空けると見栄えが良くないので審査では注意されたい)

審査は1分(七段は1分半)しかないので、相手のタイプを瞬時で見抜くのも大事です。
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故橋本真也(プロレスラー)と稽古した事

2017年03月09日 | 剣道・剣術

(橋本真也公式サイトから拝借 http://www.hakaioh.jp/gallery/

2005年7月に急逝したプロレスラーの橋本真也と何回も剣道の稽古をしたことがある。
彼が亡くなった時にも記事を書いた。

橋本真也亡くなる。
http://blog.goo.ne.jp/kendokun/e/24f58a7650b8555053e67f2960a0c78d


稽古をした頃は、
橋本真也は身長が185センチ、体重は130キロで25才ぐらい。
対して私は身長が178センチ、当時の体重は72キロで35才ぐらい。

破壊王とも言われた橋本真也の気迫はすごいもので、
竹刀を振りかぶって大上段に打ち込んでくる姿にはすくみ上がるものがあった。

力もあるしスピードもある。
それにも増して噴きあがような気迫だ。
戦う男、いや野獣である。

剣道のルールで勝っても、本当に勝った気がしないのである。
精神的に負けていた。怖いものは怖い。



防具を着けた剣道ではなく、
もし筋肉隆々の大男が、真剣や金棒を持って、
殺意あらわに突進してきたらどう対処するのか?




このテーマ(呪縛)は当時から私の課題だ。
突進してくる橋本真也は何回も夢に出てきたほどだ。

橋本真也と真剣を持って対峙したら絶対に逃げてしまうだろう。
小手は切っても、その後、脳天か肩を割られて死ぬのはこちら。そういう事だ。
「竹刀でなく真剣だったら負けていた」という時代劇のセリフの如しだ。

橋本真也と稽古して25年以上が経った。
橋本真也という存在が、ある意味、私の武道修行の一つの目標となっていた。
剣道だけでは納得が行かず、戸山流の居合や小野派一刀流の修行を始めた。
また別に、密かに「古流剣術はこうあるべき」のような事も学び研究してきた。

やっと最近になって、橋本真也の呪縛から解き放されたような気がしている。
ただそれは「剣道初心者の橋本真也」なのである。

彼が今も生きていて、剣道稽古を続けていたのなら、
今でもやっぱり逃げてしまうだろう。
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昨夜の稽古はリハビリ稽古

2017年03月09日 | 剣道・剣術
肉離れ、触るとまだ痛むのだが取り合えず長正館に向かった。
取り合えずついでに稽古着と竹刀も持って行った。
痛ければ素振りだけして帰るつもり。


(密かに我が弟子と呼んでいる小学生のSさん)

稽古は小学生のSさんから。
この子は「遠くから打て」「小さくするどく打て」「構えは低く」など、
他の先生から言われて今悩んでいるところである。

「遠くから打て」「小さくするどく打て」「構えは低く」は間違いでは無いが、
最初からそれを教えると変な剣風になってしまうと私は考えている。

Sさんに対して(Sさんに対してだけ)私は、
「打てる間合いまで入って打て」「目元口元まで振り上げて打て」「構えは正眼」と、
まったく逆のことを教えるのでSさんは混乱してしまうのである。

私の教えている内容は私の師匠の受け売りなだけだが、
Sさんは納得しているようなのでいちいち理由を説明して指導している。
他の先生の面子を潰すわけにも行かないので気を遣うところである。


(遠くから打てと言われて、左足が右足を追い越し、前傾してしまうSさん)

遠くから打とうとすると、左足が右足を追い抜いてしまう。
無理やり届かせようとするので身体も前傾してしまう。
相手からは「鴨がネギ背負ってやってくる」ようなものである。

小さくするどく打とうとすると右手から前に持っていってしまう。
結果、刺し面のような弱いかすったような打ちになってしまうのだ。

構えを低くすると確かに守りは固くなる。
しかし相手との剣先を使ったやり取り、つまり「会話」が出来なくなる。
会話の無い剣道はタイミングとスピードが頼りになる。
理合から外れた、一か八かの賭け剣道となる場合も多い。

初心者のうちは(本当は高段者でも)基本から外れる稽古は推奨出来ない。


(七段と三段)(右手を使った打ちで、出小手の餌食になっている)


(七段と四段)(彼は打ち込むときに僅かながら迷いが見られるのが惜しい)

六段受審者との稽古は、あまりに教えた事が出来ていないので手荒く指導した。
つまり打つのではなく、ことごとく斬った(斬るほど強く打ち抜く)のである。
時には竹刀を真剣として使うこともあるのだ。事実、かなり痛そうだった。
この人、も少し真摯に自覚して稽古して欲しいものだ。
4月末の審査まであまり時間は無いのだ。

五段受審者2名と六段受審者1名に立合い稽古をさせ寸評。
待ち剣が多い。一か八かで打ってしまう。迷いながら打ってしまう。打ったあとが悪い。
というわけで指導稽古ばかりで終わった。汗もかかなかった。足は少し痛む。

稽古後も剣道形と一刀流の指導を少し行った。
細かいところは言わない。時間が無い。

今夜の出稽古(四条畷)は休むつもり。
ここでは全力出しての稽古で毎回挑んでいる。
いい加減な気持ちや体調不調で行くつもりは無いのである。
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外国人に教えられた事

2017年03月08日 | 剣道・剣術
六段を目指していた頃の話である。
稽古が終わって袴を畳んでいたら剣友の英国人のJM氏から、
「粕井さん、それじゃ六段は通らないよ」と指摘された。

当時、袴は正式に畳んだことはなく適当に畳んで紐はくるくる巻いていたのだ。
剣暦だけは何十年も経ってはいたが、正式な袴の畳み方を知らなかったのだ。

ズバリ指摘されて「悔しい+恥ずかしい」で笑って誤魔化した。
事務所に戻ってパソコン開けてyoutubeで「袴の畳み方」を検索した。
動画を何回も見て畳めるようになった次第。
今の世は便利だ。今まで誰にも教わらなかった事が簡単に(内緒)で学べる。
それからやっと人前でも恥をかかずに袴が畳めるようになった。



それからもう一つ学ぶべき点がある。
英国人のJM氏も、RS氏も、着装が立派なのだ。
いつも胴着の上から角帯を締めている。袴の着け方も良い。
得てして外国人のほうが日本の武道文化を真摯に学んでいる場合が多いものだ。

それに反して日本人できちんと袴を着けている剣士は少ない。
あまりにひどい人には個別に教えているのだが、
四段や五段になっても着装が出来ていない人を結構見かける。

胴着の紐の位置をまず見直そう。
これが合っていないとどう頑張っても着崩れた感じになる。
ようするに胸元が開いた状態になるのだ。
紐の位置は裁縫が出来るのなら簡単に変えられる。
(着崩れ防止に胴着はあえて小さめを買うという人も多い)

胴着の着方は胸を張って姿勢正しく巻き付ける。
背中丸めて下を向いたままだと背中に膨らみが出来てしまう。
下帯はあったほうが良い。安定感が違う。
私の場合は居合用の黒い帯を使う。簡単だから。
下帯を付けたら背中の膨らみや弛みなど無いように伸ばしておく。

袴は文章では書きづらいので体験談を書く。
袴は腰で着けるように気をつけていたが、いつも稽古中にズレ上がってくる。
当時はyoutubeなど無いから袴の着け方は自己流である。

ある時、三船敏郎の映画、用心棒だか椿三十郎だかを見ていたら、
前紐を後ろで交差して前に持ってきた時に片方を裏に返している。
この返す部分が左腰の腰骨部分だったのだ。

これを真似て、返す時は左腰の腰骨部分とした。
もちろん反対側も右の腰骨部分を通るラインにした。
こうすると腰骨で安定してズレることはほとんど無くなる。
位置的にも下のほうになり、全体的なシルエットも良くなるのだ。


(隠れて見えないが、赤丸部分で交差して片方を返している)

改めて今、youtubeを見てみると、全部ではないが、
同じように着付けるものがあった。

いつぞやに長正館の井上館長から教わったことは、
袴は左足から入れること、
腰板が傾いたり片方に寄ったりするのは見っとも無い、
腰板の紐は、前紐の上から下に通してから前に持って来ること、
通したあとに腰板の片寄りを点検すると良い、
裾は、必ず前が下がって後ろが上がること、逆は品や位(くらい)が無くなる、
である。

着付けは一朝一夕で身に付くものではない。
普段の稽古から気をつけて、常に位(くらい)を意識して欲しいものである。
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安物買いは止めよう(充電器)

2017年03月07日 | 詐欺、迷惑、防犯、防災、危機管理
コンパクトカメラ(SONYのDSC-W350)を買ってからあまり使わなくなったが、
ここぞと言うときにはデジタル一眼カメラ(SONYのNEX-6)を使っている。


(SONYのNEX-6)

剣友のJM氏に「粕井さんにはもったいない」と言われたが、
至らぬ腕前を良いカメラでカバーしようとしたわけだ。
(ちなみに英国人のJM氏はプロ並みの腕前である)

このNEX-6に使う電池は、NP-FW50というリチウムイオンバッテリーである。
純正品は7500円ぐらい、専用の充電器は6000円ぐらいで販売している。

イベントや旅行用には予備のバッテリーと充電器が必要である。
お金の無い小生にとって「純正品互換商品」という名に弱く、
互換バッテリーと充電器のセットで3500円のものを購入した。

なんせ互換品はセットで純正品よりも1万円も安いのだ。
躊躇することなく「これは買いやん!」とポチった次第。
(ポチるとはネット通販で購入ボタンを押して買うこと・・念のため)
性能的にも「互換品というからには問題ないやろ」的な気持ちだった。

ところがこの互換バッテリー、数回充電したら死んでしまった。
やっぱり安物は駄目かと純正バッテリーを再度ポチる。
さすがに純正品は大丈夫。全部で3つを使いまわしていた。

と思っていたら、最近になってすぐに空(から)になる。
頻繁に充電していたら3つのうち1つが完全に死んでしまった。
残り2つも容量が極端に少なくなっている。

ネットで調べたら「互換充電器にはいい加減なものが多い」とある。
何でもリチウム電池にはきめ細かな制御が必要だが、
適切な制御をするような回路を組み込んでいないものが多いのだとか。

改めて安い充電器を見たら製造国も品番も無い。


(正体不明の充電器、1000円以下で売っている)

結局、純正品の充電器、SONYのBC-TRWを購入した。価格は5810円。
試してみたら、死んだと思っていたバッテリーにも充電をし始めた。
さすがに純正品だ。カメラに装着したら電池容量は100%を示している。


(充電中のSONYの純正、BC-TRW  時間はかかるが死に疑惑のバッテリーも復活中)

同じような体験をした人も多いはず。
バッテリーや充電器の安物買いは絶対に止めよう!
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掃除するのはもう止めた

2017年03月06日 | つれづれ






事務所は大阪は東大阪のマンションの1室を借りている。

毎朝、仕事の前にマンションの周りのゴミを拾うのを日課にしている。
落ち葉など落ちているが掃き掃除はしない方針で、タバコの吸殻や空き缶、
紙くずなどを拾ってはまとめて捨てている。
以前勤めていた会社(今は無いホワード株式会社)勤務時代から
毎日やっていたことなので苦にはならない。

この1年ほど前から、隣接する集合住宅の植え込みに
タバコの吸殻が大量に捨てられていることがある。
最初は「虫除けかヘビ除けかな?」とふと思ったのだが、
いかにも灰皿をぶちまけたような感じで計画的に撒いたようにも見えない。

過去に2回は掃除した。
馬鹿馬鹿しいので今回からはもうしないと決めた。

敷地内で目の前で捨てた人には注意したことがあった。
見かけたら注意するのだが、おそらくその機会が無いだろうと思う。
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日本土鈴館に行ってきた

2017年03月05日 | 旅行や街角メモリー
日本土鈴館に行ってきた。
土鈴と書いて「どれい」と読む。
「どれいかん」と口に出して言うと「奴隷館」みたいだ。
説明する時は「土の鈴と書いてドレイと読みます」といちいち言うしか無い。


(岐阜県郡上市白鳥町大島の国道156号線沿)

日本土鈴館は岐阜県郡上市白鳥町にある。
そこそこ大きな博物館だが館長お一人で運営されている。(お掃除とかは別)
館長の遠山一男さんは昭和元年生まれで90才。
奇しくも長正館の館長と同い年だ。

(長正館館長も90才)


(遠山館長とのツーショット)

ここには祖父の粕井豊誠(信一)の集めた 土鈴の一部が展示してある。
ネットで「粕井豊誠」を調べていて偶然見つけて訪れた次第だ。

日本土鈴館のサイト
http://www.nihondorei.com/index.html


サイトには年中無休で入館料500円とあるが今年からは無料で開放されているとの事。

それにしても6万点を超える収集物には圧倒される。
急いで見て回り、館長のお話を聞いていたらすっかり遅くなってしまった。

展示物の写真もいくつか撮ったので、またこのブログで紹介します。
それにしても、好きな事をしている人は元気で長生きということが良くわかった。
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嬉しい心遣い

2017年03月04日 | 旅行や街角メモリー


月の初めの土曜日は朝5時に起きて長正館に向かう。
7時15分からの一刀流の稽古のためである。
昔、京都から始発に乗って来る、ある先生のために7時15分にしたのだとか。

早朝の朝食は家の近くの牛丼屋。
食事を終えてから薬を飲む。
痛風と高血圧の薬。

たまにだが、薬を飲もうとゴソゴソしていると、
何も言わないのにコップに水を入れて出してくれる時がある。
やっぱりお茶より水のほうが良い。

水を出された時は嬉しい気分になる。
マニュアルには無い心遣い。
自分も忘れず心がけたいものだ。
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審査中に「お前何しに来たんや!?」って叫んだこと

2017年03月03日 | 剣道・剣術

(往馬玄武会の稽古)(本文とは関係ありません)

稽古中に後ろに下がってばかりの人がたまにいる。

技を掛けるために下がるのではなく、攻められて下がってしまったり、
打ち込まれて防御しながら下がってしまうのである。

六段審査を嫌になるぐらい何回も受けていた頃、
何度かこの「下がる人」に当たってしまったことがある。

間合いを詰める。
相手の攻めは感じられない。
何とか打てると判断して面に飛ぶ。
すると相手は防御姿勢になって後ろに下がるのである。
返そうともしない。難剣ともまた違う。
これはこれで対処の仕様がなくなる。

こちらも追いかけて二段三段の技が出せるほどの腕前も無い。
そのままガチャガチャともつれ合うのが関の山である。
こういう守り一辺倒の相手は、たとえ打てたとしても、
審査員を納得させられるだけの見栄えある技が出せないのが辛いところだ。

ある時の審査で、このタイプと当たった時、数回受けられて鍔迫り合いになって、
「お前何しに来たんや!?」って面金越しに叫んでしまった事がある。
時間も無いし、もう絶対に受からないと思ったら頭にきたのだ。

何も団体戦で引き分けに持ち込むわけでは無いのだ。
昇段審査なのに、打ちもせず返しもせず、ただ受けるだけって何なのよ!って事。
自分も受からないが相手も受からない。なぜそんな剣道をするのだろう。

おそらく普段からそんな稽古をしてきたのだろう。
そんなつもりでは無いのだろうが、防御ばかりでは絶対に受からない。
せめて返し技ぐらいは習得しとけよって思う。

待ち剣で返し技タイプの女性に対してどうするか? は、また別の機会に。
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昨夜の稽古(長正館)

2017年03月02日 | 剣道・剣術


肉離れで稽古は出来ないのだが長正館まで行ってみた。
井上館長には案の定叱られた。長々と叱られた内容は以下にまとめた。
--------------------------------------------------
1)相手が八段ならいざしらず、そうでないのなら怪我するほど打ち込むべからず
2)相手が何であれ、年相応の稽古を心掛けるべし
3)打つことにムキにならずに、攻めて打たせて捌く稽古をせなならん
4)とにもかくにも怪我が一番つまらん、早よ治しなさい
--------------------------------------------------

何にせよこの数年怪我が多いのは確かである。
剣風を変えていく年になっているのだろうと思う。
でも勢いのある面を打ちたいものだ。



私服のまま、今月20日審査の現四段と、来月審査の現五段の指導をした。
四段と五段の立合い、四段同士の立合いをさせて寸評して短く助言。
その上で「下の者との稽古を大切に」ということを言っておいた。



剣道稽古が終わってから新人に一刀流の指導。一ツ勝から脇構の打ち落としまで。
あとこの新人、「なんば歩きもどき」をしていたので訂正指導しておいた。

あくまで仮説だが、
体幹がしっかり出来ていない者は、動作すると体軸がブレてしまう。
体軸がブレる者に「なんば歩き」は難しいのかも知れないと思った。
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