稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

小学校の思い出(倉富先生)

2017年03月17日 | つれづれ
昨日の続き。


(イメージです 実際に描いた絵ではありません 逆さまにしています)

図画の時間が好きだった。
画家でもあった祖父(粕井豊誠)の血かも知れない。
描いた絵を見せて褒められたことも何回かあった。
小学校低学年での話である。

4~5年生の担当は倉富先生である。
髪は薄かったが、長身で端正な顔立ちだ。カメラが趣味である。



5年生の春に学校の近所に写生に行った。
学校近くの公園で緑が綺麗だったので思うがままに色を付けていった。
途中まで描いたところで図画の先生が通りかかり「良い色だね」と言われた。
嬉しくてパレットの絵の具を混ぜ合わせ感じるままに描きあげた。

持って帰って担当の倉富先生に見せたら怪訝な顔をする。
「粕井君、これは写生とは違う! 何を描いているかわからんぞ!」
けっこう厳しい口調に驚き、悲しい気持ちで一杯になった。

描いた絵は全員の分が廊下に貼られる。
私の絵だけは上下が逆さまだった。
顔には出さなかったがショックを受けた。

ワザと逆さまに貼ったのだろうか?
わからないまま逆さに貼ってしまったのだろうか?

「逆さですので直してください」も言えぬまま展示期間の一ヶ月が過ぎた。
自分の絵の前を通るたびに悲しい気持ちになったのを覚えている。

逆さでも、誰も気がつかない絵であったことは確かだ。
今なら笑えるが、当時の私には大きな事件だった。
それから楽しんで絵を描くことはしなくなった。

これもトラウマな負の記憶である。
コメント (2)
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