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民主政治vs専制政治

2021年12月24日 | 研究活動
今日の国際政治において、大国間の競争が復活しています。すなわち、国際システムの支配的国家であるアメリカと新興大国である中国の対立です。この新しい米中関係は、「新冷戦」とも呼ばれています。ネオリアリストや攻撃的リアリストからすれば、アナーキーにおいて、パワーを追求する大国が競合するのは、予測できることであり、説明できることです。なぜならば、国家は自助努力により、自らの安全を相手よりも大きなパワーをつけて確保しなければならないからです。現在、アメリカは中国の台頭を封じ込めようとする一方で、中国はアメリカが構築した国際秩序に挑戦しています。こうした大国間の安全保障をめぐる競争は、標準的なリアリズムでは、国家を一元的アクターとみなす「システム・レベル」から分析されるのが一般的です。

リアリズムの大国間政治の理論に抜け落ちていることは、そもそも大国のパワーは何によって生み出されるのか、どのような特質の大国が競争に勝利を収めやすいのか、といった視点です。もちろん、リアリズム理論はパワーを構成する要因をある程度は特定化していますが、何がパワーを形成するのかについては、多くを語ってくれません。こうした既存の研究における空白を埋め合わせる、スケールの大きな研究が発表されました。マシュー・クローニグ氏(ジョージタウン大学)が著した『大国のライバル関係の復活—古代世界から米中関係までの民主政治対専制政治—』(オックスフォード大学出版局、2020年)です。



本書におけるクローニグ氏の主張は直截です。理論的にも経験的にも、民主政治の国家は専制政治の国家よりも、政治や経済、軍事等において有利であり、大国間競争において、前者が後者に勝利してきたし、今後もそうなるだろうということです。大国のパワーの源泉は、民主体制から生じるものであり、専制政治体制の大国は、短期的に優勢になることがあっても、長期的にはパワーを継続的に増強することはできないのです。すなわち、かれは大国間の競争を「システム・レベル」ではなく、「ユニット・レベル(国内体制)」から分析しているのです。大国がパワーを向上させる民主的制度をとっているかどうかが、国際政治における競争を勝ち抜けるかどうかのカギを握っているのです。リベラル・デモクラシーのアメリカは、共産党による一党独裁国家である中国、あるいはプーチン大統領による「専制主義国」であるロシアより、優れた民主主義という政治制度を採用しています。したがって、「アメリカは予見しうる将来において、世界の主導的な国家であり続けるだろう」(同書、7ページ)というのが、かれの結論です。

クローニグ氏によれば、民主的体制は、国力を生み出すさまざまな要因において、専制的体制より有利です。第1に、民主主義国は自由主義的な経済制度をとります。こうした制度は、人々に労働意欲を与え、生産的活動を後押しし、自分自身そして国家を豊かにするよう促します。その結果、国家が経済的に成長するのです。第2に、民主国は持続的で信頼性の高い同盟体制を築けます。民主体制の国家は、国際的公約を国内法制化することにより、国際レジームに埋め込まれるのみならず、政策決定過程の透明性が高いために外部に脅威を与えにくいので、他国の対抗措置を招きにくいのです。第3に、民主体制の国家は軍事的に強力です。民主国の戦勝確率は、専制主義国よりも高いのです。民主国が戦争に勝利しやすいのは、政治家が負ける戦争をしたがらないからです。戦争に敗れると、政治家は、国民から、その責任を糾弾されたり、政権の座から引きずりおろされたりするので、慎重に負け戦を避けようとします。さらに、多様性や異論を重んじる民主体制からは、イノベーションが生まれやすく、それが軍事力の強化につながります。要するに、独立変数である民主的制度が、これら3つの媒介変数を通して、国家のパワーと影響力を生み出すのです。

こうした民主体制の優位理論は、本書において、定量的ならびに定性的なデータによって検証されています。この理論が正しければ、民主国は専制国に対して、国力で圧倒するはずです。「CINC(Correlations of War Composite Index of National Capabilities)」スコアーによれば、2017年において、7つの大国のうち5カ国が民主国であり、その割合は71%ということです。さらに、1816年以降において民主国が8割以上の期間で最強のパワーを獲得しています(同書、55-56ページ)。つまり、これらの計量データは、民主国の卓越した相対的パワーを示しているのです。他方、こうした数的なデータは、民主制度とパワーの相関関係を示しているに過ぎません。いうまでもなく、相関は因果ではありませんので、かれはさらに歴史の事例研究を行って、民主政治とパワーの因果仮説を検証しています。

ここでは、古代世界におけるアテネ対ペルシャおよびスパルタ、ローマ共和国対カルタゴおよびマケドニア、ベネチア共和国対ビザンチン帝国およびミラノ公国、オランダ共和国対スペイン帝国、大英帝国対フランス、イギリス対ドイツ、アメリカ対ソ連という、民主国対専制国の闘争の歴史が分析の俎上に上げられています。これらの時代や場所に富んだ歴史的データは、「開かれた国家が大国間競争において、継続的で構造的な優勢を保持している」(同書、214ページ)ことを示しています。独裁者であったクレスクセス、フィリップ2世、ルイ14世、ナポレオン、ヒトラー、スターリンは、世界的な支配を幾度となく目指したものの、かれらの前に立ちはだかった民主的なライバルに敗れたということです。そして、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領も、同じ運命を辿るだろうとクローニグ氏は予測しています。歴史に詳しい人は、上記の事例において、民主国が専制国に敗れたケースを見つけることでしょう。民主国アテネはペロポネソス戦争において、専制国スパルタに負けています。これはクローニグ氏によれば、アテネが直接民主制により性急な決定をしてしまったからだと説明しています。ローマ共和国とベネチア共和国は、開かれた政治システムを閉じてしまったために、そのバイタリティを失ったということです(218ページ)。

現在の世界において、アメリカは優越的な立場にあります。そのパワーの源泉は、クローニグ氏によれば、民主主義という国内制度なのです。そして、こうした民主制度は、アメリカに富をもたらしました。世界のGDPに占めるアメリカの割合は24%であり、中国の15%を上回っています。アメリカは外交面でも、中国を圧倒しています。アメリカの同盟国並びにアメリカ側についている民主国を計算にいれると、上記の数値は75%となり、中国の15%を圧倒します。つまり、アメリカの大戦略は、大成功というわけです。したがって、アメリカは、今後も、これまでと同じ「リベラル覇権国(leviathan)」の戦略をとり続けるべきだと、かれは主張しています。アメリカは、リベラルな国際秩序をロシアや中国といった挑戦国から守ればよいのです。そして、民主体制の優位理論および民主国の歴史からすれば、専制主義国であるロシアや中国の挑戦は無駄に終わる運命にあります。

クローニグ氏は、今後も長くアメリカが世界のトップに君臨できるといいます。かれの計算によれば、他国を圧倒する民主国の支配的地位は、平均して130年間になります。歴史が未来への道案内となるのであれば、第二次世界大戦後から70年以上続いたアメリカの支配的地位は、少なくとも今後、数十年以上、保持されると予測できるのです(同書、216ページ)。

『大国のライバル関係の復活』は、既存の国際関係研究で深く追及されてこなかった、大国のパワーの源泉について、論理的な因果仮説を構築して、計量的データならびに事例研究で実証した、優れた研究だと思います。くわえて、現在の国際政治の行方を左右する米中対立の将来を簡潔かつ鮮やかに描き出しています。中国の台頭とアメリカの衰退が、当たり前のように論じられる今日において、アメリカの優位を説くかれの研究成果は、一般通念をくつがえす斬新なものと高く評価できるでしょう。国際システム・レベルに焦点をあわせて、アメリカの卓越したパワーを分析する先行研究としては、マイケル・ベックリー氏(タフツ大学)による『無敵—なぜアメリカは世界で唯一の超大国であり続けるのか―(Unrivaled: Why America Will Remain the World's Sole Superpower)』(コーネル大学出版局、2018年)があります。スティーヴン・ブルックス氏(ダートマス大学)とウィリアム・ウォールフォース氏(ダートマス大学)は、現代は過去とは異なり、経済力を軍事力に転換する技術的ハードルは高くなっているため、アメリカの中国に対するパワーでのリードは、一般に考えるよりも大きいと分析しています("The Once and the Future Superpower: Why China Won't Overtake the United States, Foreign Affairs, May/June 2016, pp. 91-104)。クローニグ氏の研究は、アメリカ「最強説」を国内レベルの分析で補強するものと位置づけれます。アメリカの強さが、2つの分析レベルで裏づけれらたことは、こうした議論に高い説得力を持たせています。

アメリカのパワーや将来に対する「楽観論」は、同盟国である日本にとって、頼もしいものでしょう。わたしが『大国のライバル関係の復活』で気になったのは、クローニグ氏の政策提言が、やや抽象的であることです。かれはアメリカがとるべき戦略について、「ヨーロッパや東アジアで有利なバランス・オブ・パワーを保つべきだ」(同書、222ページ)と、リアリズムの一般的な処方箋を提示しています。こうしたバランシング行動は具体的な戦略として何を意味しているのか、もう少し踏み込んだ記述がほしかったところです。かれは主要なリアリストが擁護する「オフショア・バランシング」でもよいと考えているのでしょうか。それともアメリカ軍の前方展開を維持するべきだといいたいのでしょうか。おそらく、わたしは後者だと読んだのですが、この点については明言がありませんでした。

クローニグ氏の他の政策提言で目を引いたのが、「アメリカはロシアや中国の内部における民主主義と人権を助長することもできる…ワシントンは(ロシアや中国における)市民社会と親民主主義勢力を支援すべきであり、サイバー空間のツールを使ってきつい情報統制を行う専制国家の企てを阻止することができるのだ」(同書、222-223ページ)。こうした民主主主義促進の「十字軍的」政策は、アメリカが「リベラル覇権」を追求する「ネオコン」の発想と重なります。こうした「リベラリズム」に基づくアメリカの政策は、ジョン・ミアシャイマー氏が警告するように、国際政治における強力なイデオロギーである「ナショナリズム」と衝突して、悲劇的な外交的失策に終わるだけでなく、アメリカの国力を無駄に浪費する危険があります。ですので、バランス・オブ・パワーの優位を保ちながら、中国を辛抱づよく「封じ込める政策」のほうが、アメリカや同盟国にとって賢明な戦略ではないでしょうか。専制国家は民主国家に敗れる道をたどるのであれば、あせってリスクを負う必要はないように思います。

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