1日1日感動したことを書きたい

本、音楽、映画、仕事、出会い。1日1日感動したことを書きたい。
人生の黄昏時だから、なおそう思います。

「小磯良平 東山塊夷展」

2008-05-17 11:03:17 | 美術館
 昨日、ショッピングのついでに神戸大丸ミュージアムで開かれている兵庫が生んだ巨匠「小磯良平 東山塊夷展」に行ってきました。この展覧会は、兵庫県立兵庫高等学校創立100周年特別記念として開かれたもので、小磯良平も東山魁夷も兵庫高校の卒業生です。二人の作品が30点ずつ、計60点。小さな展覧会でしたが、二人の画家の個性の違いがよくわかって、なかなかおもしろかったです。小さな展覧会、ディナーじゃなくて、おいしいケーキとコーヒーを飲んだような気分になって、これはこれでいいものです。

              

人物画と風景が。この二つの作品は、兵庫高校のOB会である武陽会所蔵です。

      

      

群像と自然。小磯良平の絵を見ると、ヒューマニズムというか人間一人では生きられないんだよっていう思いが伝わってきます。東山魁夷の絵を見ると、自然の前で凛として立つ魁夷の姿が目に浮かぶのです。この人は、とても孤独だったのだと思うのです。

      

      

西洋画と独自の日本画。小磯良平の右端の絵、マネの「草の昼食」を思いだしてしまうのです。小磯良平が高校時代に大原美術館に行ったとき、ゲランの「タンバリンを持つイタリア女」に口づけをしたというエピソードが残っているそうですが、この人にとって、ヨーロッパというのはずっとあこがれの対象だったと思うのです。東山塊夷の道の絵、自分にしか書けない日本画を描いていくのだという決意のようなものが、伝わってきます。
小磯良平と東山塊夷。僕の好みで言えば、東山塊夷です。

「ラットマン」(道尾秀介)

2008-05-16 22:48:29 | 
「ラットマン」(道尾秀介)を読みました。読み始めたら、もう、やめれなかったです。
エアロスミスのコピーバンドとして、高校時代から14年間活動を続けてきたアチュ
アバンド。練習中に、元ドラマーの殺人事件が起きるのですが・・・

犯人は?

ラットマンって?

下手な感想を書いて、この本を読む方の楽しみを奪ってはいけないので、
もう何にも書きません。第一級のミステリーです。


「アメリカン・コミュニティー」(渡辺靖)

2008-05-15 21:03:15 | 
 「アメリカン・コミュニティー」(渡辺靖)を読みました。ゲーテッド・コミュニティーや草の根保守の拠点であるメガチャーチ、キリスト教原理主義のコミュニティーであるブルダホフ、スラム化した町で新しい街作りをはじめたダドリー・ストリートなど、アメリカにある9つのコミュニティーのレポートです。この本を読むと、ほんとうにアメリカは多様なんだなぁと実感するのです。多様な人種、すさまじい経済格差、キリスト教原理主義から無神論者まで、信じるものの多様さなどなど。
 この多様なものを強力かつ抑圧的に社会に統合していくことの困難さと、それが生み落とす個人主義。孤立した個人が、社会のストレスと重圧の中でよりどころとして求めるコミュニティー。このコミュニティーこそが、アメリカ社会を内側から支える核(コア)であると筆者は主張します。コミュニティーとは、カウンター・ディスコース(対抗言説)であり、さまざまなカウンターディスコースを内包しながら、「自らに足払いをかけながら」永遠に変化していく社会、それがアメリカなのです。
 筆者は、アントニオ・ネグリ&マイケル・ハートの「帝国」から、次の一節を引用しています。「<帝国>とは、脱中心的で脱領土的な支配装置なのであり、これは、そのたえず拡大しつづける開かれた境界の内部に、グローバルな領域全体を漸進的に組み込んでいくのである。<帝国>は、その指令のネットワークを調節しながら、異種混交的なアイデンティティーと柔軟な階層秩序、そしてまた複数の交換を管理運営するのだ。」
 脱中心的なアメリカの中で、異種混交的なアイデンティティーを持つコミュニティーはどのようにネットワークされ、どのように階層化されているのか?そして、コミュニティー内部の統合の原理と紐帯の強弱は、コミュニティーごとにどう異なるのか?そして、それは類型化できるものなのか?非常に興味深い本だからこそ、物足りなさと、より一歩踏み込んだフィールドワークを読んでみたいと思うのです。
 この本で紹介できなかったと筆者が後書きで書いているコミュニティー。アメリカ先住民マシャンタケット・ピークォット族の居留地、ロサンゼルス郡の精神保険協会が運営する「ヴィレッジISA」、3万人のイラク人が暮らすミシガン州ディアポーン、地域通貨「イサカアワー」で知られるイサカ。個人的には、こちらの方のレポートを僕は読みたかったです。


地震と経済格差

2008-05-14 19:58:11 | 経済指標メモ
 昨日の深夜、四川省の地震のニュースを見ました。不幸にして亡くなられた方々と家族の皆様に、心よりお悔やみを申し上げたいと思います。
 1月17日のブログにも書いたけれど、僕は神戸に住んでいます。テレビを見ながら、あの地震のことを思いだしていました。ニュースを見るのがとてもつらかったです。
 今日の日経の朝刊に、被害拡大の背景に急成長する沿海部と内陸部の経済格差があるという記事が載っていました。2007年の都市部家庭の一人あたり平均可処分所得は、上海市が23,623元(約351,000円)に対し、四川省は11,098元と半分以下。農民の平均純収入では四川省は3,547元にすぎないとのこと。内陸部では交通や通信などのインフラ整備が行き届かず、耐震性に劣る家屋が多かったそうです。
 「バグダッド101日」を読んだときにも思ったことだけれど、死だけは、金持ちにも貧乏人にも、ブルジョアにも下層の労働者にも、平等に訪れるという常識が、決してそうではないことを、あらためて思わざるをえませんでした。
 
 話は変わりますが、同じく日経の「経済教室」。非正規雇用労働者の数が、1990年の881万人、雇用者全体の20.2%から、1732万人、雇用者全体の33.5%へと、人数で約二倍、割合で13ポイント増加したという記事が出ていました。フリーターの数は、推定で457万人。うち男性が157万人。35歳未満の男性雇用者の16.6%がフリーターだそうです。
 正規雇用者の所得を1とした時のフリーターの所得は、2002時点で、20-24歳層で0.612、25-29歳層は0.631、30-34歳層で0.756。この差は、さらに拡大しているとのことでした。
 わすれたくない数字なので、このブログに書き留めました。


「HOMMAGE」(大坂昌彦)

2008-05-13 21:45:22 | 音楽
会社からの帰りに「HOMMAGE」(大坂昌彦)を買いました。
日本のジャズドラマーの第一人者大坂昌彦の7年ぶりのリーダーアルバムです。
大坂昌彦のドラムに、今売り出し中のピアニスト海野雅成とベースの安力川大樹と小池修のサックス。
マイルスやマックスローチやオスカーピーターソンなど、ジャズの巨匠への
トリビュートアルバムの形で、E.S.PややHymn To Freedom など、おなじみ
の曲を演奏していきます。ライブ演奏です。
大坂昌彦のドラム、疾走感があって、とってもすごいです。
ピアノの海野雅成も、ソニーロリンズのSt.Thomasの途中に、ベートーベンの
「第九」の一節をひいたりしちゃってます。
最後のオスカーピーターソンへのオマージュ Hymn To Freedom、
胸にじーんと来ます。いいなぁ、このCD。
聴き終わって、気持ちスッキリです。





ゲーテッド・コミュニティー(Gated Community)

2008-05-12 21:29:46 | 
 「アメリカン・コミュニティー」(渡辺靖)という本を読み始めてます。「貧困大国アメリカ」などを読んで、容赦ないリストラに苦しむホワイトカラーの人たちや、貧困ゆえに軍隊へとリクルートされていく移民労働者の人たち、サブプライムローンによってすべての財産を失った低所得者の人たちの姿を見てきたのですが、第3章の「ゲーテッド・コミュニティー(Gated Community) 」を読んで、あまりの落差に愕然としてしまいました。
 ロサンゼルスから南に100km行ったところに、コト・デ・カザというアメリカで最大規模のゲーテッド・コミュニティーがあります。ゲーテッド・コミュニティーとは、外部やフェンスで周囲を囲い、入り口にゲートを設置することで、外部からの自由な出入りを制限しているコミュニティーのことです。ここには4000世帯、13,000人が住んでいるのですが、うち85%が白人。平均世帯年収は14万ドル(1500万円)、子どもがいる世帯では20万ドル(2200万円)だそうです。一方でアメリカの貧困率は12.6%(6人に1人)、アメリカの定義で貧困とは四人家族で世帯年収が2万ドル(220万円)以下の世帯を指します。
 ここの家が、とにかくすごいのです。寝室とバスルームがそれぞれ4つ、家庭用と来客用のリビングが二つ、大きなシステムキッチンとダイニングなどなど。一戸建ての相場は200万ドル(2億円)、700万ドルのものもあると本には書かれていました。さっき、インターネットで検索したら、950万ドルの家が売りに出ていました。

       これが950万ドル(10億円)の売り出し中の家です
        

 2004年、パームスプリングのそばにあるウィンドファーム(風力発電施設)をみにロサンゼルスに行ったことがあります。

        

 この時まず驚いたのは、ヒスパニック(ロサンジェルスの人口の48%)やアジア系の人たちの多さでした。白人は、圧倒的に少数派でした。僕をウィンドファームに連れて行ってくれたのは、イランから不法入国した30代の青年でした。彼は、故障した車をレッカーで牽引する仕事をしていたのですが、生活のために夜も昼もなく働いていました。ロサンゼルスを案内してくれたエルサルバドルからの移民二世のUCLAの学生も、学費と弟の面倒を見るために、夜は病院で働いていると言っていました。
 彼らが連れて行ってくれたイラン人の集まるアイスクリーム屋さんも、エルサルバドル料理を食べれる店も、とっても質素なものでした。そして疲れた顔をして、深夜のバスに乗っていた黒人の人たち。

 いまも拡大しているだろうアメリカ社会の圧倒的な格差。
 貧困大国の中の、塀に囲まれた富んだ者たちの「ゲーテッド・コミュニティー」
 この国は間違っていると、やっぱり僕は、思うのです。

 
 

「絵画の冒険者 暁斎 Kyosai -近代へ架ける橋」

2008-05-11 19:54:55 | 美術館
 京都国立博物館で開かれている「絵画の冒険者 暁斎 Kyosai -近代へ架ける橋」を見てきました。河鍋暁斎は、幕末から明治に生きた日本画家です。7歳で浮世絵師歌川国芳に師事し、11歳からの7年間は狩野派の絵をみっちり学びます。絵にあふれる奇想(物語性)と繊細な筆づかい。墨の濃淡で生き物に生命力を吹き込む超絶技巧に、ノックアウトされて帰ってきました。ほんとよかったです。
 死体が腐乱し骨になっていく様を描いた「九相図」や「骸骨図」を見ていると、この人も死を見つめながら、今を生きたのだなぁと思いました。

                

 役人に屁をひる民衆達。美女の目の前で鼻の下を伸ばした高僧一休や閻魔大王。俵屋宗達を彷彿させる風神雷神図も、暁斎が描くと、太鼓を海に落として困惑する雷神と、風の袋を鷹に破られて逃げまどう風神なのです。幕末から明治へと価値観が大きく変容していく中で、権力や権威や神さえもを、死ねばみな同じという視点から、暁斎は、笑い飛ばしてしまうのです。
 14歳で夭折した少女たつへの鎮魂歌である「地獄極楽めぐり図」は、繊細でこまやかで、やさしさあふれる絵でした。少女たつのために地獄ツアーのツアーコンダクターを閻魔大王が引き受けたり、たつを迎える大宴会があったり、先に旅立ったおじいさんやおばあさんと楽しい再会があったり。阿弥陀如来や不動明王が、たつのためにひな祭りを祝ったりもするのです。そして少女たつは、地獄ツアーの後で、開通したばかりの鉄道に乗って極楽へと旅立っていくのです。

                

 手帳サイズの小さな絵から、4mの大画面の絵まで。鳥獣戯画や北斎の鍾馗図や若冲の花鳥図や俵屋宗達を彷彿とさせる絵の数々。美人画から骸骨、幽霊、鬼、鴉、蟹、猿、蛙まで。バラエティーにあふれる暁斎の絵を見ていると、日本画のすべてを学び尽くしたという暁斎の自負が伝わってくるように思いました。
 
                 

 これは、4mの大画面の絵です。酒に酔いながら4時間でかいたそうです。

                 

 この花鳥図、色の使い方、構図、葉っぱの虫喰い。若冲を思い出しました。

                 

 美人画と骸骨とへなへなの一休と。技巧と奇想。暁斎、真骨頂の一枚だと思います。

「バートルビーと仲間たち」(エンリーケ・ビラ=マタス)

2008-05-10 21:31:05 | 
 「バートルビーと仲間たち」(エンリーケ・ビラ=マタス)を読みました。
とても難解な本でした。さっきから1時間ぐらい、パソコンの前にすわって
この本の感想を書こうとしているけれど、なんにも書けないのです。
ランボー、カフカ、ホーソン、サリンジャー、メルヴィル、トルストイなどなど。
素晴らしい作品を残した後で、何にも書けなくなってしまった文学者の話が、
次々と語られていきます。
 「バートルビー」というのは、メルヴィルの小説「代書人バートルビー」にでてくる
主人公のことです。バートルビーは、仕事を頼まれても、「せずにすめばありがた
いのですが」と答えるだけで、なんにもしないのです。最後は、食べることさえ
やめて死んでいくのですが、著者は、文学的意識があるが故にこそ、何も書けなく
なってしまう病を「バートルビー症候群」と名付けます。そして、この本の主人公
も、「バートルビー症候群」に罹っているのです。一冊の小説を書いたきりで、
書けなくなってしまった主人公が、25年ぶりに筆をとって「バートルビー症候群」
に罹った文学者を日記に書き留めていく、そんなかたちで、話は進んでいきます。
 この本に、次のような言葉が出てきます。「絵を描くというのは、描けないものを
すべてあきらめるということなんだ。」
 書くことであきらめなければならない、書けないもの。書けないこと、書かないこ
とのもつ意味。そして何にもしないことでバートルビーが開いてみせた存在すること
の可能性。
「目に見えないからといってテキストが存在しないわけではない。」
「何も書けないと書くこと、それもまた書くことである。」

そう、僕も、何にも書けないのです(-_-)

カンヌで金賞を取った風力発電のCM

2008-05-10 08:59:36 | 自然エネルギーと省エネ
あかねさんのコメントの中にあった、カンヌで金賞をとった風力発電のCMです。
youtubeでみれます。
youtube
(http://jp.youtube.com/watch?v=6IjUkNmUcHc)
嫌われ者の風の、ほんとうは人の役に立ちたいんだという思いが伝わってきて
胸にじーんときますよね。

このCMを見ると、山形県立川町(今は合併して庄内町になってます)の
風力発電の取り組みを思い出します。立川町は「清川だし」という強風に苦しめ
られてきた町です。立川町は、20年ぐらい前から、逆転の発想で風を利用した
街づくりに取り組んできました。私が訪問したときは、10本の風力発電が稼働
しており町全体の年間消費電力量の40%ほどを風力でまかなっていました。
町の担当者の方が、「風は地域の財産です」と語っておられたのが印象的でした。
同時に進めておられる「町民節電所事業」もとてもユニークな取り組みでした。
町では、この他に、町内で発生する生ゴミの全量を籾殻や畜糞と混ぜてコンポスト
を生産し、安全で土にやさしい有機質完熟堆肥として地域に還元し、「地産地消」
有機農業を育てていこうとされていました。
話を聞いて、すごい取り組みだなぁと感激したのを思い出します。僕も、
個人でできることを、今住んでいるところでしたいと思いました。

しばらく訪問していないのですが、合併後の町も、資源循環型の街作りにむけて
がんばっていかれることを切に期待しております。


スペインの風力と太陽光

2008-05-09 20:53:24 | 自然エネルギーと省エネ
今日の日経新聞。住商がスペイン領カナリア諸島のテネリフェ島に、
出力9メガワット、3500家庭分の電力を賄える太陽光発電施設を
建設するという記事がのってました。敷地の大きさは、東京ドーム二つ分。
この記事を読んで驚いたのは、太陽光発電で発生した電力を、火力発電による
電力の6倍強で買い取る制度をスペインが採用しているということでした。
6倍はすごい!!6倍で買い取ってもらえるのなら、日本でも再生可能エネル
ギーは、もっともっと普及すると思うのです。

いまやスペインは、デンマーク・ドイツに並ぶ風力発電大国でもあります。
3月22日には、国内の全電力需要に占める風力発電量の割合が一時、40.8%を
記録しました。スペインは、2020年までに再生可能資源によるエネルギー供給を
3倍に拡大することを目指しているのですが、6倍という数字を見たときこれは
本気なのだと思いました。

閣僚の数を政策的に男女同数にしたり、再生可能エネルギーによる電気を6倍で
買い取ったり、なかなか前向きなことをやってる国ですよね、いまのスペインは。

「生きさせろ!」(雨宮処凛)

2008-05-08 20:24:25 | 
 「生きさせろ!」(雨宮処凛)を読みました。著者の雨宮処凛は、1975年生まれの33歳。「プレカリアートのマリア」と呼ばれている女性執筆家(活動家)です。「貧困大国アメリカ」(堤未果)を読んだとき、新自由主義の政策によって、移民労働者や弱い立場の人たちが、生きる権利さえ奪われていることに怒りとやるせなさを感じたのですが、この本を読むと、日本の不安定雇用の労働者の人たちも、まったく同じ状況に置かれていると言うことがとてもよくわかります。
 1995年日経連は「新時代の日本的経営」を発表しました。その内容は、正規雇用の労働者を削減し、パートや派遣労働者やフリーターなどの非正規雇用の労働者で代替するというものでした。それ以降、非正規雇用労働者の数は増加し、いまや全労働人口の3分の1にあたる1600万人が非正規労働者となっています。
 パートや派遣労働者の賃金は、正規労働者の二分の一、フリーターの平均年収は106万。大企業の職場で横行する偽装請負と長時間サービス労働による過労死、漫画喫茶で寝泊まりするフリーターの人たち。資本は、非正規雇用労働者を景気の調節弁として利用し、低賃金でこき使うことによって、史上最高の利益を上げてきました。
 この本は、不安定雇用労働者の生きる権利をふみにじってきた資本と政府に対する闘争宣言の書です。闘いの主体は、「プレカリアート」。プレカリアートとは「Precario(不安定な)」と「Proletariato(プロレタリアート)」を合わせた造語で、「不安定さを強いられたすべての人々」を指す言葉です。働いている人ばかりでなく、精神的に追いつめられて、硫化水素で集団自殺を図る無職の人々をも含む言葉なのです。
 筆者は、この本の中で、「フリーター全般労働組合」や「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」、「高円寺ニート組合」「POSSE」など、新しく生まれ始めたプレカリアートの闘いを紹介しています。活動の中心は、20代、30代の人々。既存の労働組合に比べると、みんな、若くて、元気があるのです。困難な状況にめげず、立ち上がり始めたプレカリアートの人たちの姿に、とても勇気づけられるのです。
 筆者は、この本を次の言葉で結んでいます。
 「私がいいたいのは、ただ生きさせろということだ。ただ生きる、そのことが脅かされている国で、いったい誰がマトモに生きていけるだろう。生きさせろ。できれば過労死などなく、ホームレスにならずに、自殺することなく、そして、できれば幸せに。
 なんか間違ってるか?」
なんにも間違っていない。間違っているのは、資本と政府の側にあると、僕も、強く思うのです。

 今日、電車の中で、「知っていますか?サラ金の新規契約者のトップは20代で44.1%、2位は30代で33.9%」という大手サラ金の広告を見ました。20代の4割以上がパートや派遣労働者やフリーターであるという統計数字もあります。そして、今日の新聞に、3月27日以降硫化水素で89名が自殺したという記事が出ていました。
 低賃金で働いて、サラ金でお金を借りる。不安定な雇用の中で、失職し自殺を図る。この数字を見るだけで、「生きさせろ!」という20代、30代の若者の悲鳴が聞こえてくるのです。


定山渓に風車2

2008-05-07 19:51:57 | 自然エネルギーと省エネ
北海道の定山渓に、1kwの風力発電機を設置しました。
個人のお宅です。どうもありがとうございました。
庭の広いおうちですね。





昨日も書いたけど、僕の10年後の夢は、この風車を4本建てて
わが家の電力を、全部風車でまかなうこと。あとは、畑で野菜を作る。
もうひとがんばり、ふたがんばりしても
4本建てられるような、広い庭のある家にはいきつきそうにないですね・・。
一本で、がまんするかな。

夢に向かっての小さな一歩 - トマト&ししとう

2008-05-06 14:16:59 | 日記
娘たちに、
「おとうさんの10年後の夢は、海の見える畑付きの小さな家に住んで、
1kwの風力発電機を4本つけて、できるだけたくさんの野菜を植えて、
半自給自足の生活を送りながら、ボランティア活動をすることや」と言ったら、
鋭い突っ込みが帰ってきました。
「そんなん言うんやったら、まずは庭で野菜でもつくったら。」
「言うとおりやな・・・。」

というわけで、今日は、朝から庭を50cmぐらいほって、腐葉土入れて
トマトの苗二本とししとうを植えました。いい汗かいたなぁ。

     

ちゃんと育ったらいいのですが。夢に向かっての小さな一歩です。

それにしても、今日の新聞、「原油120ドル突破」「2021年度には神戸沖のゴミ
の埋立処分場が満杯になる」「穀物高騰で世界の15カ国(ハイチ、フィリピン、
エジプトなど)で暴動が広がっている」という記事が載っていました。
食料も原油も、海外に頼っている日本。10年後は、どうなっているんでしょうね。

「極楽谷に死す」(西木正明)

2008-05-05 00:48:43 | 
 「極楽谷に死す」(西木正明)を読みました。海辺の町を舞台にした六つの短編集です。ベトナム反戦運動と浅間山荘事件と平凡パンチ。1960年代後半から1970年代始め、反権力闘争が燃え上がった時代への、ノスタルジーと痛みにあふれた小説です。
 雑誌の編集者から小説家になった「わたし」が、海辺の町で、かつての仲間やその肉親と再会することで、物語は進んでいきます。仲間を裏切った者の心の痛み、「ベトナムを解放する」という大義の下に政治的に利用された者の哀しみと口惜しさ、自分が誘ったデモで逮捕され人生が変わってしまった友へのうしろめたさなどなど。この本は、70年代の初頭を生き、闘い、敗れ、傷ついていった者の姿を通して、70年代初頭とはいかなる時代であったのかを描こうとしています。この本の最後は、次の言葉で終わります。「みんな、どこに行ってしまったのだろう。」
 土曜日、テレビの報道番組で「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」でベルリン映画祭「最優秀アジア映画賞(NETPAC賞)」を受賞した若松孝二監督が、板東国男に映画を見てもらうために、レバノンのベイルートに立ちよった姿が放送されていました。その時あらわれた精神を病んだ岡本公三の悲しい笑顔と、「板東はどこにいるんだろうね」とレバノンの大地を見ながらつぶやく若松孝二の言葉が、この本の最後の言葉に重なりました。
 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」、とても見たい映画です。

ひさしぶりの大家族 - 父はハッピーです

2008-05-04 09:58:40 | 日記
東京で働いている次女が、連休を利用して帰ってきました。それに合わせて
関西に散らばっている三女と四女も帰ってきて、今日の昼には、長女も合流。
久しぶりの大家族に戻りました。父は、みんなが大きくなったのをみるのが、
とてもハッピーなのです
しかし、女の子ばかり4人、ようがんばったなぁと自画自賛。

話は変わるけど、今日の日経新聞を見て大笑い。妻と娘とファイナンシャル
プランナーとの会話。株は、「成長すると思える企業を選んで余裕資金で長期的に
投資するのが理想的」というファイナンシャルプランナーの言葉に、次の会話が
続きます。
 妻  私、夫と長く付き合ったけど特にメリットは・・・・。
 娘  長期的に成長するタイプではなかったのかも。
 夫  ・・・・・・。
自分のこと言われてるみたい・・・。