1日1日感動したことを書きたい

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人生の黄昏時だから、なおそう思います。

「この自由な世界で」(ケン・ローチ)

2008-11-23 21:27:44 | 映画
 「この自由な世界で」(ケン・ローチ)を見ました。イギリスが抱える移民労働者や不法滞在者の問題を真正面からみすえた、ケン・ローチ渾身の一作でした。

 1992年にロンドンに行った時、早朝、パブの前に集まった日雇い労働者の人たちが、手配師のバンに乗って建設現場や倉庫などに送られていく光景を見たことがあります。彼らの給料は、週払いでパブで支払われていました。労働者の人たちは、給料を受け取るや、飲み代として、貴重な生活費をパブにすいとられていくとのことでした。当時は、アイルランドやスコットランドからの出稼ぎ労働者がほとんどで、狭いアパートに身を寄せ合って暮らしていました。
 で、この映画が製作された2007年。ポーランドや東欧の国々、イラン、チリなど、世界中のあらゆるところからロンドンにやってきた人たちが、パブの前から建設現場に向かう姿が描かれていました。住む家もなく、家族4人でせまいトレーラーに住む不法滞在者。建設現場で機会に巻き込まれて死んで行く移民労働者などなど。ロンドンの底辺で働く人々を、ケン・ローチは追いかけていきます。1990年代、不況で苦しんでいたイギリスが、2000年代に経済的に立ち直った裏には、低賃金で働く多数の移民労働者の存在があったのですね。

 この映画の主人公アンジーは、小学生の子供を持つ30代のシングルマザーです。これまでに30以上の職場を転々とし、せっかくうまく生き始めた人材派遣会社も、上司のセクハラに抗議したために首になってしまいます。そこで彼女は、友人と二人で人材派遣会社を設立し、移民労働者の日雇い派遣を始めるのです。違法を承知で不法滞在者を雇い、昼夜交代で彼らに部屋を貸し、税金と社会保険だと偽って労働者の給料をピンハネする。気まぐれに不法滞在者の家族を助けながら、邪魔になると入国管理局に通報して追い出してしまう。
 そんな彼女を、ケン・ローチは不良娘を見つめる親のような視線で描いています。「いくら<自由な>世界でも、法に背いたり、人をだましたり、踏みつけたり、不当に搾取したりして、自分だけが金銭的に豊かになるのは、そら、おまえ、やっぱり間違ってるやろ」って、ケン・ローチの声が聞こえてくるのです。
 アンジーの父親役のコリン・コフリンは、リバプールの港湾労働者で運輸一般労働組合(TGWU)の組合員だったのですね。アンジーへの「おまえが、今、移民労働者を低い賃金で派遣していることが、お前の息子が大きくなったときのお前の息子の低賃金を準備しているのだ」というコリン・コフリンの言葉が、イギリスの若い世代に、伝わってくれたらなぁて、心から思いました。
 移民労働者の給料を踏み倒したために、移民労働者のボコボコにされたアンジーが、移民労働者への未払い賃金を稼ぐために、ウクライナにわたって、新しく人材派遣会社を設立するところでこの映画は終わります。
 そうやね、アンジーには、もうこの生き方しかないのかもしれない。「この自由な世界で、虐げられてきた女性が、人材派遣会社を設立することは、なんにも悪いことではないし、立派なことなんだとも思う。ただし、働いている人の尊厳と、当たり前の生活がしたいという切実な気持ちを踏みにじることさえしなければね。がんばれよ、アンジー」って、父親になったような気分で声をかけたくなった一作でした。ケン・ローチ、さすがやわ。