茨城空港からの春秋航空便で、周囲から聞こえてきた上海語と言ったが、どうも微妙に発音が違っていることがわかった。江蘇省蘇州や浙江省杭州など上海周辺からの個人旅行だった。機体は180人乗りのエアバス320。座席空間が狭いと聞いていたが、足元に荷物が置ける余裕があり、特段狭いとは感じなかった。機内食や映画、音楽などいわゆる通常のサービスはないが、2時間半の飛行時間は全く退屈しなかった。食事は出ないが40元を出すと、簡単なご飯ものを注文できる。ペットボトルの飲み物も有料である。つまり余計なサービスには金を出せということだ。
今日の旅で興味深い新たな体験をした。飛行の後半になって「それでは旅の疲れをいやすため、全身のマッサージをしましょう」とアナウンスが流れた。国内のローカル便では見たことがあるが、国際線では初めてだ。男女のCAが通路に立ち、指や手の体操、頭皮からこめかみ、手、腕、足までのマッサージを始めた。中国人乗客の多くは躊躇なくごく自然に一緒になってやっている。学校などで習慣的になっているのだろうが、あまりにもみんなが素直に馴染んでいるのでびっくりした。日本人ではこうはいかない。「安眠妨害だ」「映画鑑賞の妨げだ」などと不平を言う客も出かねない。
この後、女性のCAが突然前方に立ち、マイクで物品の販売を始めた。型通りのセールストークではない。「ものの始まりが一ならば国の始まりは大和の国・・・」という寅さんの口上を思い出すような、すさまじい勢いでまくしたてる啖呵売(たんかばい)、いわゆるバナナのたたき売りだ。マッサージで一息ついた乗客がみんな一気に注目する。
彼女が最初に手にしたのは、国産POVOS製の金色の電気カミソリ。三枚歯で頭が360度回転し、水で洗っても大丈夫という代物だ。刃先の部品を取り換えれば、顔のマッサージ、鼻毛抜き、バリカンにも変身する。
「鼻毛はやっぱり気になりますよね。職場で鼻毛が出ていたらみっともない」
「子どもの頭髪も切れるんです。床屋に行っても衛生的じゃないから親としては心配でしょ」
「外で買ったら500元から600元もする買い物だ。春秋航空10周年の記念に作ったものなので、今日は特別サービス。299元!」
こんな感じで間髪を開けず、機関銃のように言葉が飛び出す。商品を納める赤い箱を高くかざし、「箱も立派なので、贈り物としてもメンツが立つ!」と追い打ちをかける。商品のトークが終わると、
「ではみなさん。機内には10個しかありません。ほしい人は上にあるCAの呼び出しスイッチを押してください」
と。私は真ん中から少し後ろに腰かけていたが、たちまち前方のあちこちでライトが点滅する。よくテレビショッピングの格安販売で「30分以内にお電話ください」というのと同じ、消費者心理をあおる手法だ。すると別のCAが商品を持って現れ、手際よく紙袋に代金を回収していく。
女性用の洗顔器やショール、子どもの帽子などがそれに続く。あとCAが力を入れたのが、おそらく目玉商品の一つなのだろう、「ポケット動物園」という子どものおもちゃだった。タッチパネルと計96種の動物のカードを使い、動物の習性を学び、声まで聴ける、いわば、バーチャルな動物園体験ができる趣向だ。一人っ子がほとんどの中国人家族にとって、「小皇帝」である子どもへの消費市場はとてつもなく大きい。CAはそこを巧みに利用し、「私にも子どもがいるのですが・・・」と話しかける。
「もし家族で上海動物園に行ったらいくらかかりますか?1人チケットが50元として両親と3人で計150元でしょ。このポケット動物園ならば、110元で96種の動物の声を聴けるんですよ!」
「それに、動物園に行ったって96種の動物の声を聴けるとは限らない。しかも説明は中国語のほか英語や日本語にも切り替えられるので、言葉の勉強にもなる。将来の学習にも役立つというわけです!」
こんなやり取りが10分ほど続いただろうか。寅さん好きの私にとっては、久しぶりにスリリングな光景を見た。乗客がごく自然に参加している風なのがいい。なんのてらいもないのだ。もちろん商品を手に取って、「やっぱりいらない」というしたたかさもある。一言でいうと、「わかりやすい」光景だ。
そんなこんなで約2時間半。読書をして少し寝て、後半は”余興”を楽しんで。眼下に長江の黄濁した流れが見えると、上海語レッスンの放送が流れた。
「ようこそ上海へ。簡単な上海語を覚えましょう」
日本語のほか中国語の標準語に続いて上海語、英語が流れる。「こんにちは、ニイハオ、ノンホウ、HELLO」「ありがとう、シェシェ、シャジャ、THANK YOU」「いくらですか、ドウシャオチエン、ジディ、HOW MUCH」・・・雲が厚い。流氷のように空に漂っている。雲を抜けても濃い霧が夜の上海を包んでいる。
今日の旅で興味深い新たな体験をした。飛行の後半になって「それでは旅の疲れをいやすため、全身のマッサージをしましょう」とアナウンスが流れた。国内のローカル便では見たことがあるが、国際線では初めてだ。男女のCAが通路に立ち、指や手の体操、頭皮からこめかみ、手、腕、足までのマッサージを始めた。中国人乗客の多くは躊躇なくごく自然に一緒になってやっている。学校などで習慣的になっているのだろうが、あまりにもみんなが素直に馴染んでいるのでびっくりした。日本人ではこうはいかない。「安眠妨害だ」「映画鑑賞の妨げだ」などと不平を言う客も出かねない。
この後、女性のCAが突然前方に立ち、マイクで物品の販売を始めた。型通りのセールストークではない。「ものの始まりが一ならば国の始まりは大和の国・・・」という寅さんの口上を思い出すような、すさまじい勢いでまくしたてる啖呵売(たんかばい)、いわゆるバナナのたたき売りだ。マッサージで一息ついた乗客がみんな一気に注目する。
彼女が最初に手にしたのは、国産POVOS製の金色の電気カミソリ。三枚歯で頭が360度回転し、水で洗っても大丈夫という代物だ。刃先の部品を取り換えれば、顔のマッサージ、鼻毛抜き、バリカンにも変身する。
「鼻毛はやっぱり気になりますよね。職場で鼻毛が出ていたらみっともない」
「子どもの頭髪も切れるんです。床屋に行っても衛生的じゃないから親としては心配でしょ」
「外で買ったら500元から600元もする買い物だ。春秋航空10周年の記念に作ったものなので、今日は特別サービス。299元!」
こんな感じで間髪を開けず、機関銃のように言葉が飛び出す。商品を納める赤い箱を高くかざし、「箱も立派なので、贈り物としてもメンツが立つ!」と追い打ちをかける。商品のトークが終わると、
「ではみなさん。機内には10個しかありません。ほしい人は上にあるCAの呼び出しスイッチを押してください」
と。私は真ん中から少し後ろに腰かけていたが、たちまち前方のあちこちでライトが点滅する。よくテレビショッピングの格安販売で「30分以内にお電話ください」というのと同じ、消費者心理をあおる手法だ。すると別のCAが商品を持って現れ、手際よく紙袋に代金を回収していく。
女性用の洗顔器やショール、子どもの帽子などがそれに続く。あとCAが力を入れたのが、おそらく目玉商品の一つなのだろう、「ポケット動物園」という子どものおもちゃだった。タッチパネルと計96種の動物のカードを使い、動物の習性を学び、声まで聴ける、いわば、バーチャルな動物園体験ができる趣向だ。一人っ子がほとんどの中国人家族にとって、「小皇帝」である子どもへの消費市場はとてつもなく大きい。CAはそこを巧みに利用し、「私にも子どもがいるのですが・・・」と話しかける。
「もし家族で上海動物園に行ったらいくらかかりますか?1人チケットが50元として両親と3人で計150元でしょ。このポケット動物園ならば、110元で96種の動物の声を聴けるんですよ!」
「それに、動物園に行ったって96種の動物の声を聴けるとは限らない。しかも説明は中国語のほか英語や日本語にも切り替えられるので、言葉の勉強にもなる。将来の学習にも役立つというわけです!」
こんなやり取りが10分ほど続いただろうか。寅さん好きの私にとっては、久しぶりにスリリングな光景を見た。乗客がごく自然に参加している風なのがいい。なんのてらいもないのだ。もちろん商品を手に取って、「やっぱりいらない」というしたたかさもある。一言でいうと、「わかりやすい」光景だ。
そんなこんなで約2時間半。読書をして少し寝て、後半は”余興”を楽しんで。眼下に長江の黄濁した流れが見えると、上海語レッスンの放送が流れた。
「ようこそ上海へ。簡単な上海語を覚えましょう」
日本語のほか中国語の標準語に続いて上海語、英語が流れる。「こんにちは、ニイハオ、ノンホウ、HELLO」「ありがとう、シェシェ、シャジャ、THANK YOU」「いくらですか、ドウシャオチエン、ジディ、HOW MUCH」・・・雲が厚い。流氷のように空に漂っている。雲を抜けても濃い霧が夜の上海を包んでいる。