行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

「個人として」皇室制度を語った陛下の傷ましさ―その5

2016-08-10 05:37:13 | 日記
天皇陛下が「お気持ち」ビデオを公表した翌日の9日、皇居・御所に皇太子殿下、秋篠宮殿下を招いた夕食会を開いた。民間人に嫁いだ長女の黒田清子さんも出席したということなので、天皇家の家族会議である。陛下が語った皇室の存続には、憲法の定める皇室制度という公的な側面と、長い歴史に支えられた天皇家という私的な側面の二つが含まれる。メディアを通じて論じられるのは前者だが、後者を語るのが家族会議の場である。

皇位の継承は、表向きの法的手続き以上に、祭祀をつかさどる家長としての責務がともなう。皇太子が天皇の姿を見ながら、実践を通じて伝えられていく、いわゆる「秘儀」も多いという。現状において不都合なのは、代替わりがあったとしても、その次を継承する皇太子、皇太孫がおらず、天皇家の家長としての務めをいかに伝えていくか、非常に不安定な状態にあることだ。皇位継承者は皇太子殿下、秋篠宮殿下、そして秋篠宮家の長男、悠仁親王の順だが、皇室典範の改正内容によっては皇太子家の長女、愛子内親王が秋篠宮家に先んじる可能性も出てくる。後継者が読めない状況では、祭祀主宰者の安定的な継承が難しい。

だが、この点については天皇家の私事に関することであり、かつ宗教的な色彩も強いので、表向きに発言することはできない。陛下の苦悩はここにもある。

以前、皇居・宮中三殿の神嘉殿(しんかでん)で11月23日に行われる「新嘗祭(しんじょうさい、にいなめさい)」に、宮内記者会の一員として参列したことあがる。新嘗祭は天皇が祭主となり、五穀の新穀を天地の神々に勧め、自らも口にして収穫に感謝する儀式であるとされる。暗闇の中、たいまつに照らされた白装束の天皇が神前に進む。秋篠宮殿下をはじめとする皇族や三権の長らの参列者は、神殿から離れた前庭=庭上からそのシルエットを遠目で見るしかない。殿上あるのは天皇と、そのそばに控える皇太子のみ。皇太子はそばにいて、天皇の所作を学ぶ。マニュアルがあるわけではない。

神との距離がくっきりと演出される仕組みだ。天皇のみが祭祀の重みを知る立場にある。天皇家の祭祀は、伝統に支えられている意味で公的色彩を帯びていると言えるが、憲法の規定に照らせば、私的領域の行為に限定される。だが、「国民を思い、国民のために祈る」ことを務めと考える陛下の中においては、公私が峻別されず、一体化していると考えられる。天皇の心の中にのみある信仰は、権利や義務を論ずる法律論にはなじまない。

しばしば、内外において日本国内の皇室報道のタブーが指摘される。だが実際はそれほど単純ではない。たしかに戦前は神としてあがめられ、その記憶は戦後にも引き継がれた。だが象徴天皇を定めた新しい憲法のもとで、皇室は福祉重視の姿勢が国民の支持を得て、民主的な存在として定着した。もしろ天皇はその個人自体が制度であるため、生老病死がすべてニュースとされ、プライベート空間は極めて限定されている。憲法の象徴規定があいまいであるため、触れることのできない空間ができあがり、それが禁忌を招いている側面が強い。

陛下の「お気持ち」は、その内容ばかりでなく、その手法においてもタブーを破るほどの決意が感じられる。議論をする国民の側が、つかみどころのない空気に流され、架空の世論を忖度し、タブーを作ってしまってはならない。

(完)

「個人として」皇室制度を語った陛下の傷ましさ―その4

2016-08-09 10:19:07 | 日記
陛下の「お気持ち」のタイトルは、

「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」

である。そのうえで、 「重い務め」「象徴としての務め」「国民のために祈るという務め」が語られている。「務め」の土台にあるのは、憲法第一条の「主権の存する国民の総意に基づく」象徴への自覚にほかならない。総意とは世論調査によってはかられる数量の概念ではない。公論の場を失った現代において、陛下は自ら「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅」「これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅」の中で、それを得たと告白している。憲法にも明確には書かれていない、メディアが語る空論の世界にもない、自らの目で、耳で、手で触れ、五感を通じて感じ取ったものだ。いわば公論の原点に立ち返った務めであった。現代のメディアが忘れ去った原風景である。

陛下は日常会話の中でも、自らの行為を「務め」と表現している。私は皇室担当記者当時、侍従長に「陛下の仕事」と口にし、「陛下はお務めという言い方しかしない」とたしなめられた記憶がある。時間や空間によって切り取ることの可能な「仕事」や「業務」ではない。長い歴史の記憶に支えられ、国民の総意への拡がりを持つ概念だ。その理解がなければ、陛下が「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした」という成就と感動を真に理解することはできない。

この点について、9日の主要紙社説をみてみる。

目を覆いたくなるのは、読売新聞の「行事を完璧にこなすことこそ、象徴天皇の務めだという陛下の信念が伝わってくる」との認識だ。「行事」を「こなす」という用語は、あたかも官僚機構におけるルーティン業務を語っているかのようだ。陛下がなぜあえて「務め」という言葉にこだわっているのか。最も根源的な読み方が示されていない。「象徴の在り方を議論したい」という社説のタイトルが虚偽であることを暴露した形だ。

毎日新聞が「ご自身の意思で国民の中に分け入ってきた行為こそが、象徴天皇の核心であるという自己認識である」との括り方は、「分け入ってきた」というごり押し的なニュアンスが不適切であることを除けば、行為のベクトルとしては正しい。だが「公務を憂いなくこなしてこその象徴なのに、それが思うようにいかない。そうした苦しみを、陛下は口にされた」とある。「公務を憂いなくこなす」との表現には、所与の業務を消化するという読売新聞と同じ認識がうかがえる。繰り返すが、両陛下のこれまでの取り組みは、憲法にも、政府の見解にも、どこにも書いていない。自らが歴史をたどり、各地を歩きながら探索し、市井の人々との触れ合いの中からたどりついた境地である。

朝日新聞は、「朝日新聞の社説は、これからの皇室のあり方をさぐる前提として、広がりすぎた感のあるこれらの活動をいったん整理し、両陛下や皇族方に、何をどう担ってもらうのが適切か、検討する必要があると主張してきた」と主張する。「広がりすぎた感のある活動」が単に量的なことを言っているのか、質的な、根源的な問題提起をしているのかが不明だ。いずれにしても陛下の「務め」とは、まったく接点を見いだすことのできない議論である。このうえで「国民の総意」を提唱するのは砂上の楼閣でしかない。

朝日は日経新聞同様、政治の不作為を批判しているが、予定調和の世界で生存を図るメディアにその資格はない。朝日が陛下の公務負担や女性天皇の問題を取り上げ、「安倍内閣は、これらの課題に積極的に向きあってこなかった」と安易な安倍政権批判にすり替えているのは、公共性が私的利害に乗っ取られたメディアの現状を象徴している。さらに、「明治憲法がつくりだした、それ以前の天皇の姿とは相いれぬ神権天皇制に郷愁を抱き、『終身在位』に固執することは、国民の意識に沿うとは思えない」と、あえてイデオロギー論争にまで消費の対象を拡大させようとしている姿勢は、政論の衣をまとった商業ジャーナリズムの極致としか見えない。

「個人として」皇室制度を語った陛下の傷ましさ―その3

2016-08-09 09:17:43 | 日記
日本語の「公」には元来、「天皇」という意味が込められていた。明治以降、西洋の「public」という概念が輸入された際、それを「公共」と訳して取り入れた。だが「public」が、国家権力に対峙する、独立した個人による公開の議論をイメージしたものであったのに対し、「公共」は権力と不可分の歴史的残滓を背負い込むことになった。前者はイギリスのコーヒーハウスで、フランスのサロンで新聞を手にした知識人たちが育ててきたの対し、後者は天皇を軍事要塞だった現在の皇居に隔離し、そこから時空を超えて外に押し広げた架空の場として想定された。

だがどのような経緯をたどったにせよ、資本主義と不透明な市場原理が従来の公共スペースを占領し、私的利益が主導権を奪い合う場に変えてしまったのが現代である。二度にわたる世界大戦が、世論動員の宣伝手段として広報(pubkic relations=PR)という新たな分野を切り拓き、メディアを支配する体制ができあがった。そしてニュースは作られるものになった。私たちが目にするニュースは、無色透明、不偏不党という衣装をまといながら、舞台裏には常に政治的思惑や商業利益が隠されている。市民は参加するのではなく、受け手として動員され、従属する存在におとしめられる。

メディアが公共性や公益性、あるいは「社会の公器」を標榜するのは、「報道は公共の話題を扱い、公益を図る目的で行っている」という建前を反復しているに過ぎない。幻影の空間である以上、実質的な公共性と公益性を問い直す道はふさがれている。プレーヤが裁判官を務めているようなものである。こうした場で、公論(=public opinion)は生まれない。せいぜい、世論調査という名の下で、作為的な「国民の総意」が形成されるに過ぎない。

本日の各紙社説が「象徴天皇の在り方を幅広く議論する契機としたい」(読売)、「『国民の総意』をつくりあげていきたい」(朝日)、「国民全体で議論を深めたい」(毎日)と、使い古された常套句を繰り返しているのは偶然ではない。議論を経た公論ではない、世の中の空気を意味する「世論」は、既定の目標に向かってみなが参画を強いられるゲームである。だから議論をするふりをして、目指す合意に達するよう社会にはめ込まれたメカニズムが働く。

ドイツの哲学者、ユルゲン・ハーバーマスは『公共性の構造転換』(1962)の中でこう指摘している。

「広報活動は宣伝対象に公共的な関心事としての権威を帯びさせ、これについて論議する民間人の公衆が、いかにも自由に公論を形成するかのような状況をつくりだす」(細谷貞夫訳)

ハーバーマスは、大衆広報の草分け的存在であるエドワード・バーネイズの言葉「合意の工学」を引用し、「このようにして呼び起こされた消費者たちの機運は、自分たちが論議する民間人として責任をもって世論の形成に参加しているかのような、贋(にせ)の意識によって媒介されている」(同)と述べる。

演出された公論の場へ、陛下の「お気持ち」は投げ込まれた。多くの人々の感銘は、陛下の人柄、ひたむきさ、責任感によって語られるだろうが、その根には失われた「公」に対する哀惜と願望、そして喪失の穴埋めがあったと私は感じている。キーワードは陛下が多用した「務め」という言葉だ。

(続く)

「個人として」皇室制度を語った陛下の傷ましさ―その2

2016-08-08 22:29:19 | 日記
天皇陛下自身が自らの「終焉=死」を語ったことに圧倒された。いかに生きるべきかを考えることはだれにでもできる。いかに死すべきかに思いが至る人物は、私を超えた公の心がなければあり得ない。

「天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二か月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります」

昭和天皇崩御の際、日本中が自粛ムードに包まれ、多くの文化行事が取り消された前例の反省もあるだろう。それ以上に、「残される家族」への配慮を強調した点に注目すべきである。冠婚葬祭に際し、天皇家の私事に関する業務を取り仕切るのは皇后の重要な役割である。旧皇族など私的関係者への連絡から接遇まで、きめ細かい配慮が求められる。心労の負担は極めて大きい。その大任は現在の皇太子妃殿下が引き受けることになる。現状のままではとてもその任に堪えることはできない。そうした心遣いが含まれていることは明らかだ。

天皇は現在における象徴天皇としての顔のほか、神話時代を含め125代続いた天皇家の家長としての顔がある。前者は「外=公」、後者は「奥=私」と区分されるが、制度自体に連続性がある以上、完全な分離は難しい。お濠の奥深くで行われる天皇家の私事について、多くの国民は知るすべがないが、陛下は二つの座標塾を一致させたところに、立ち位置を求めている。両陛下が二人三脚で象徴天皇のあるべき姿を築いてきたが、気がつけば、縦軸としての天皇家が存亡の危機にさらされている。家長として、国民に皇室の窮状を訴える姿は傷ましい。

そのうえで、

「このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました」

と心からの言葉が表明された。

「国民の理解を得られることを、切に願っています」と締め括った陛下の胸中を思うにつけ、公私ともに追いつめられたその傷ましさがなお深まる。報じられている「生前退位」だけのために、前例を破る発言を残したと考えるのは、大きな誤りである。生前退位が続く欧州の王室と比較するのは、その制度の歴史的、現代的背景が全く異なるうえ、問題を矮小化する非常に浅薄な見方だと言わざるを得ない。

昨今の企業不祥事の多くは、年老いた経営者が地位と実績にしがみつき、最後には多くの人々を混乱に陥れる老害が原因となっている。引き際をわきまえず、個人的な名利に目を奪われ、晩節を汚したものである。陛下の「お気持ち」は、日本の社会全体が重く受け止めるべき内容も含んでいる。

「個人として」皇室制度を語った陛下の傷ましさ

2016-08-08 20:33:23 | 日記
「傷ましい」--天皇陛下の「お気持ち」ビデオを見終わった第一の感想である。島崎藤村の詩『常盤樹』を思った。

あら雄々しきかな傷ましきかな
かの常盤樹の落ちず枯れざる
常盤樹の枯れざるは
百千の草の落つるより
傷ましきかな」

歳月の風雪に耐え、しかも毅然とし、威厳を保ちつつ公の象徴であり続けなくてはならない。代役の許されない、唯一の存在としての歴史的な把握と、すでに朽ちかけたわが身への冷厳な自覚。それが、「国民を思い、国民のために祈る」象徴天皇として、苦渋の決断を迫られた「お気持ち」の真相であろう。

メディアがあらかじめ「生前退位」の問題設定を既定のものとし、そのうえで、陛下自らが「国政に関する権能を有しない」ことを宣明しながらも、レトリックによって退位の希望を間接的に伝える。そのレトリックについてもあらかじめ、メディアが入念な宣伝(報道ではない)をしておく。そして、「お気持ち」が法改正に直結しないよう、腫物を触るように社会の空気が緊張する。みんなが不思議だと、不可解だと、おかしいと感じていることを、はっきり言わなければならない。そうしなければ、感情に流される一時的な「世論=popular sentiments」は生まれても、議論を経た末にたどりつく「公論=public opinion」を得ることはできない。事なかれ主義に堕したメディアから公論の場を奪う気概を持たなければ、まともな社会は訪れない。

「お気持ち」は、「個人として」皇室制度を語る異例の形を取った。「象徴=公」として国民の前に現れた以上、「個人として=私」の発言はあり得ない。どんな修辞を用いようと、どんな効果を生もうと、摂政の可能性までも封じる発言は、国政にかかわることが明らかだ。問題の核心は些末な法律論ではない。陛下は象徴天皇の務めについて、市井の人々と触れながら、「人々への深い信頼と敬愛をもってなし得た」と総括をした。その自信の上に立った境地である以上、公の立場として、陛下が体感した公論を語ったと受け止めるべきだ。象徴天皇が「常に途切れることなく、安定的に続いていくこと」への希望は、紛れもなく、いったんは中断された女性天皇をめぐる議論の再提起を含んでいる。「生前退位」のキーワードに自縄自縛となった報道は、自ら視野を狭めている。

こうしたことをすべて「国政に関する権能を有しない」という建前の中に押し込め、白々しく見て見ぬふりをしながら行う議論は、最初から建前に終わる結果が見えている。みなが自己欺瞞から抜け出し、本音の議論をすべきである。陛下は大きなリスクを冒しながら本音を語った。この本音から議論が開始されなければならない。そもそも象徴天皇とは何なのか?将来にわたって必要なのか?だとすればどうすべきなのか?

みながこのままでは皇室の将来が危ぶまれることを知っている。知っていながらこれまで放置してきた。憲法改正論議には口角泡を飛ばす人々も、第一条は読み飛ばしてきた。心の中で「自分と皇室となんの関係があるのだ」と冷めた目を持っていたのではないか。

歴史的な把握も、現状への認識も、将来への展望も欠き、その時々の政治状況でコロコロ変わる天皇制論議を横目で見ながら、陛下はさぞもどかしい思いを抱き続けたに違いない。それを許した国民世論の政治的無関心、脱政治化が、天皇に政治的な意志の表明を迫ったと考えるならば、憲法違反を云々する議論は、自己欺瞞の上に虚偽のコーティングを上塗りすることに等しい。早くも今後の法改正にかかわる技術的なスケジュールや政治日程の解説に夢中になっているメディアは、すでに自身の欺瞞にさえ麻痺してるとしか思えない。