行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

北京で贈られた「事上磨練」の書

2015-08-03 22:08:37 | 日記
私が高校生の時、日本史の教師が、新聞記事に創作、誇張が多いことを示すたとえ話として、「首なし美人事件」の例をあげた。

頭部のない女性の死体が見つかり、警察が捜査を開始した。新聞は「首なし美人事件」として大々的に報道した。だが、頭がないのになぜ「美人」なのか?「被害者は気の毒な女性だ。きっと若くてきれいな女性に違いない。その方が読者の同情も引きやすい」。そんな先入観と勝手な都合から「首なし美人」の記事が生まれたというわけだ。

また、「泣き虫新聞」という皮肉の言葉もよく聞かれた。ささいな事を大げさに取り上げて涙のストーリーに仕立ててしまう新聞。人の喜怒哀楽に安易に同調し、感情に訴える記事ばかりを書くのが新聞、というのだ。

今では読者の意識も高くなり、そんな現実離れした記事は逆に信用を失う。メディアには正確で誇張がない、むしろ抑制のきいた記事、人権やプライバシーに配慮した取材や報道が厳しく求められている。記事に対する多くの名誉毀損訴訟によって改善が進んだ面も否あるだろう。つい数十年前、一つの新聞社が10以上の訴訟を抱えているケースも珍しくなかったが、今ではせいぜい数件にとどまっている。

多くの目に触れる新聞は、言葉の使い方一つでも反響は大きい。例えば、かつては「麻薬は社会のガンだ」という言い方があった。麻薬は害悪だというほどの意味だが、ガン患者から「自分がまるで害悪みたいな気持ちになる」と抗議を受けた。ガンの闘病記をつづった記者が、「当事者になって初めて、言葉による痛みを感じた」と書いた。以来、新聞でこうした「ガン」の用例はなくなった。

女性の警察官を示す「婦人警察官」も攻撃された。「婦」は女へんに「帚」。家で掃除をする女の意味で差別的だ、という指摘があったことが一因となった。1979年に国際連合で採択され、1985年に日本が批准した「女性差別撤廃条約」の精神にも反するというのだ。新聞の表記は「女性警察官」に変わり、各行政機関の「婦人課」も「女性課」に改められた。英語で、既婚の有無で使い分けるMrsとMissが差別的だとして、70年代ごろからMsが一般的になった現象も、類似の事例だろう。

人々の意識は時代とともに変化し、当然、それによって言葉も変化する。20世紀初め、女性の地位向上、権利確立を求める「婦人参政権運動」が目覚ましい発展を遂げた。当時、「婦人」は女権伸張の文脈の中でごく普通に、むしろある輝きを持って使われてきた言葉だ。

かつては当たり前に使われていた言葉が、いつの間にか差別的、偏見に満ちた言葉になる。長い間、無意識に使っていたために、悪意はないが、受け取る側は違った感情を抱く。大きな影響力を持つメディアは、特にこうした当事者の心の痛みに配慮しなければならない。

だが、一律的な“自主規制”は、文字が背負ってきた貴重な文化をゆがめる。安易な妥協は、表現方法にとどまらず、多種多様な社会関係にも影響を及ぼす。事なかれ主義は、メディアにとっての自殺行為でもある。

もちろん表現の自由は無制限ではない。表現するもの、されるものが切磋琢磨しながら、一致点を見つけていく過程が社会にとっての貴重な財産となる。中国の戦国時代に生まれた「中庸」を想起したい。「不偏之谓中,不易之谓庸」「执其两端,用其中于民」」。極端に流れる時勢にあって、偏らない、不易の中庸を唱えることは命がけであったろう。そのぐらいの緊張感が求められるということだ。

新聞記者時代、尖閣諸島に関する原稿で、私が「領土問題」と表記したところ、「政府は領土問題の存在を認めていないのだから、この書き方はまずい」と指摘するデスクがいた。政府の原則的な立場と、実際に両国で問題が存在しているかどうかは別の話である。メディアは客観的な状況を正確に書けばそれでよい。政府の広報紙ではない。

「首なし美人」「泣き虫新聞」も困るが、喜怒哀楽のない非情な新聞も御免被る。新聞は社会を写す鏡でなくてはならない。鏡がゆがんでいたり、曇っていたりしては役に立たない。できるだけ忠実に、かつ、さまざまな心配りをしながら、写し取る努力が必要だ。

すべてのメディアは「客観的な報道」を標榜する。たが、人は神ではない以上、完全な客観はありえない。健全な主観こそが客観を補うのだと、私は思っている。では健全な主観はどうやって身に付ければよいのか。それは学校でも教えてくれない。インターネットで検索しても出てこない。社会で多くの人々にじかに触れ、多くの経験を積みながら学んでいくものだ。

先日、北京で知り合いから「事上磨練」と書かれた書を贈られた。実際の事柄を積み重ねる中で、精神を鍛えていくとの意味だ。明代の哲学者・王陽明が残した「事上磨錬」「格物致知」を肝に銘じたい。独立した精神によって、真理を追究していく姿勢が求められている。