ご両人と1年ぶりの再会
「昭和のおじさんドラマ」という
〈新ジャンル〉になった
『不適切にもほどがある!』
1月ドラマというより、早くも「今年のドラマ」全体の収穫かもしれません。宮藤官九郎脚本『不適切にもほどがある!』(TBS系)です。
主人公の小川市郎(阿部サダヲ)は、中学校の体育教師をしていた1986年(昭和61年)から、2024年(令和6年)の現在へとタイムスリップしてしまう。
生粋の「昭和のおじさん」である市郎は、「令和」の世界で出会うヒト・モノ・コトに驚きながらも、ぬぐえない「違和感」に対しては、「なんで?」と問いかけていきます。
初回の見せ場の一つが、居酒屋で会社員の秋津(磯村勇斗)がパワハラの聴き取りを受けている場面でした。
秋津は部下の女性への言動が問題視されており、「期待しているから頑張って」がパワハラだと専門部署の社員。当の女性は会社を休んだままです。
隣りの席で聞いていた市郎が、思わず口をはさみます。
「頑張れって言われて会社を休んじゃう部下が同情されて、頑張れって言った彼が責められるって、なんか間違ってないかい?」
専門社員は、「何も言わずに寄り添えばよかった」と答えます。
しかし市郎は、
「気持ち悪い!なんだよ、寄り添うって。ムツゴロウかよ」
ムツゴロウって(笑)。さらに、
「冗談じゃねえ!こんな未来のために、こんな時代にするために、俺たち頑張って働いてるわけじゃねえよ!」
この「昭和のおじさんドラマ」は、昭和のおじさんが令和の世界で笑われるという話ではない、という宣言でもありました。
「コンプライアンス全能」の現代社会に、笑いながら疑問符を投げつける「確信犯的問題作」なのです。
バリバリの「昭和のおじさん」である市郎。
86年当時、本人にとっては「当たり前」の言動も、令和の今、ドラマの中で見せられると驚くことばかりです。
自宅でも学校でもバスの中でも、市郎は常にタバコをふかしています。
確かに当時は、どこにも灰皿がありました。列車や飛行機の中でも吸うことが出来たのです。
野球部の練習では千本ノックで部員をシゴき、「バカ! ザコ!」と罵倒する。何かあると連帯責任で「ケツバット」です。
また、バスの中で女子高生のミニスカートを目にすれば、「痴漢してください、って言ってるようなもんだぜ。さわられても文句言えねえよ」と本気で注意してしまう。
さらに、「チョメチョメする気か!」、「10代のうちに遊びまくってクラリオンガールになるんだよ!」といった下ネタ系の台詞も連打されます。
当時を知る人たちは「そうだったなあ」と懐かしがり、若年層は「マジでこうだったの?」と驚きますが、つい笑ってしまうのは両者同じです。
しかもクドカンは、
「この作品には、不適切な台詞や喫煙シーンが含まれていますが、時代による言語表現や文化・風俗の変遷を描く本ドラマの特性に鑑み、1986年当時の表現をあえて使用して放送します」
などというテロップを、わざわざ表示。その用意周到ぶりがナイスです。
そんな市郎が、令和の世界で知り合った犬島渚(仲里依紗)を介して、テレビ局で仕事をすることになります。
情報番組の生放送シーンが秀逸でした。
番組司会者の「4股交際」が週刊誌のネット版に出ることが判明。
そこで司会者の代役(八嶋智人)を立てたのですが、今度は彼の発言がコンプライアンスに触れまくる。
プロデューサーの栗田一也(山本耕史)はパニックに陥り、CM後に「お詫びいたします」を連発。とんでもない生放送となったのです。
大混乱のスタジオに駆けつけた市郎は、解決策ともいうべき「ガイドライン」をミュージカル調で歌います。
「みんな誰かの娘。娘が嫌がることはしない。娘が喜ぶことをしよう」
どんな相手に対しても、その人が「自分の娘」だと思って行動し、発言する。
納得感のある見事な提案であると同時に、コンプラでがんじがらめの社会に対する、「柔らかな批評」となっていました。
市郎の基本理念はとてもシンプルで、どんなことも「話し合おうよ」です。
時代や世代や個人間に「ギャップ」があるのは当たり前。
「差異」を否定し合うのではなく、差異の存在を前提に話し合いを重ね、「共通解」を探りながら共存していこうというのです。
一見、コンプラ社会に対する異議申し立てと思われそうなこのドラマが持つ、とても大切なテーマと言えるでしょう。
さらに前回は、1986年を生きる市郎の「未来」についても判明。
ここで、95年1月17日の「阪神淡路大震災」を組み込んでくるところが、クドカン脚本の凄みです。
「昭和のおじさんドラマ」という〈新ジャンル〉を生み出した『不適切にもほどがある!』。終盤に向けて、やはり目が離せません。
執念の冤罪調査報道
昨年12月、ある冤罪事件をめぐる賠償請求訴訟の判決が言い渡された。結果は勝訴。東京地方裁判所が警視庁や検察の捜査を違法と認め、被害者への賠償を命じたのだ。
2月18日に放送されたNHKスペシャル「続・“冤(えん)罪”の深層〜警視庁公安部・深まる闇〜」は、この事件を追った執念のドキュメンタリーだ。昨年9月のNスぺに続く第二弾である。
大川原化工機は、横浜市にある化学機械製造会社だ。4年前、社長の大川原正明さんら3人が逮捕された。「軍事転用」が可能な精密機械を中国や韓国へ不正に輸出したとの容疑だった。
身に覚えのない経営者たちは無実を主張するが、警察側は聞く耳を持たない。長期勾留の中で1人は病気で命を落としてしまった。元顧問の相嶋静夫さんだ。末期のがんだったが、最後まで保釈は許されなかった。
ところが、相嶋さんの死から5ヶ月後、突然、「起訴取り消し」という異例の事態が発生する。「冤罪」だったのだ。
会社側は東京都に賠償を求めて裁判を起こす。昨年6月には、証人となった現役捜査員が、法廷で「まあ、捏造ですね」と告白している。
昨年のNスぺでは、捜査を担った警視庁公安部の問題を検証していた。曲解ともいえる資料の作成。結論ありき、逮捕起訴ありきの恣意的な捜査。その背景には、捜査幹部たちの「組織内評価」への焦りもあった。
そして今回、制作陣は国や都が裁判への提出を拒否した文書など、警察の内部資料を新たに入手。それらは、冤罪の歯止めになり得るはずだった警察上層部や経済産業省担当者、検察などの「判断」をうかがい知ることが出来る内容だ。
さらに事件の背後には、国が推進する「経済安全保障」への忖度も見えてくる。「韓国や中国でネタを挙げれば、喜ぶ政治家もいる」という警察関係者の証言に驚かされる。いくつもの独自取材によって冤罪の深層を探る過程は見応えがあった。
背筋が寒くなるのは、この捏造事件が決して他人事ではないからだ。公安部がいったん狙いを定めたら、証拠も含めて「何とでもなる」という実例と言っていい。公安部のリアルな「闇」に迫る、出色の調査報道だった。
(しんぶん赤旗「波動」2024.02.29)
追記:
この番組のディレクターであるNHKの石原大史さんが、昨年9月放送のNスぺ「“冤(えん)罪”の深層〜警視庁公安部で何が〜」で、芸術選奨新人賞を受賞しました。おめでとうございます!