【旧書回想】
「週刊新潮」に寄稿した
2021年12月後期の書評から
馬場啓一『池波正太郎が通った[店] 増補改訂版』
いそっぷ社 1760円
没後30年を超える作家、池波正太郎。だが小説はもちろん、食にまつわる文章も長く読み継がれている。銀座「煉瓦亭」のカツレツ。天ぷらは山の上ホテル「てんぷら近藤」。とんかつは目黒「とんき」。そして蕎麦なら神田「まつや」や上田の「刀屋」。本書は池波が愛した店と味をめぐるエッセイ集だ。帯に「散歩のおりの必携書」とあるが、食を軸とした「池波ワールド」入門書と言っていい。(2021.11.30発行)
中部 博『プカプカ 西岡恭蔵伝』
小学館 1980円
歌い出しは「俺のあん娘はタバコが好きで~」。西岡恭蔵の『プカプカ』が誕生して半世紀となる。本書は初の本格評伝だ。『プカプカ』のモデルとなった伝説のジャズシンガー、安田南のエピソードはもちろん、西岡を介して知る70~80年代の音楽シーンが興味深い。さらに作詞家の妻と旅をして、歌をつくり、子どもを育てた西岡。その妻を病気で亡くした2年後、自身も50歳で世を去っている。(2021.11.09発行)
内田 樹『戦後民主主義に僕から一票』
SB新書 990円
緊急事態宣言の延長と解除。東京五輪の開催。そして政権交代も行われた2021年。だが、気分はどこか前年と地続きのままだった。不安定さが日常化した、奇妙な安定社会。その実相を知りたい人に最適な一冊である。論じられるのは日本社会全体の「株式会社化」であり、「日本はアメリカの属国であり、主権国家ではない」という事実だ。まずは現実を正しく認識することが、新たな年のスタートとなる。(2021.11.15発行)
中山信如:編著『古本屋的! 東京古本屋大全』
本の雑誌社 2970円
編著者は東京荒川区で映画専門の古書店を営む。古書業界の妖しくも魅力的な実態と、そこに生息する人たちの素顔と本音を活写したのが本書だ。名物店主列伝「記憶に残る古本屋」。即売会からネット販売までが分かる「古本屋考現学」。古書好きが知りたい、仕入れと値付けの話も登場する。全編に漂うのは「だから古本屋はやめられない」という静かな熱狂だ。ところで、古書と古本の違いは何?(2021.11.30発行)