碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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二宮和也主演「ブラックペアン」 影ある外科医にカタルシス

2018年06月04日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評



二宮和也主演「ブラックペアン」 
影ある外科医にカタルシス

この10年間、TBS系「日曜劇場」には何人もの“名医”が登場した。「Tomorrow-陽はまたのぼる-」(2008年)の森山航平(竹野内豊)は産科手術も脳外科手術も手掛けた。「JIN-仁-」(09、11年)の外科医、南方仁(大沢たかお)は江戸時代にタイムスリップし、焼け火箸を電気メス代わりに止血を行い、当時は死病だったコロリ(コレラ)とも闘っていた。また「GM-踊れドクター」(10年)の総合診療医、後藤英雄(東山紀之)は問診だけで病名を言い当てた。

一方、苦戦した医師もいる。標高2500メートルの診療所が舞台の「サマーレスキュー~天空の診療所~」(12年)では心臓外科医の速水圭吾(向井理)がその腕前を発揮できなかった。医療設備が最小限で、患者の命を救うにはヘリで町の病院に搬送するのが一番だからだ。その5年後に現れたのが「A LIFE~愛(いと)しき人~」(17年)の沖田一光(木村拓哉)である。「心臓血管と小児外科が専門の職人外科医」だったが、肝心の手術シーンに緊迫感が希薄で術後の達成感もあまりなかった。

そして今期の「ブラックペアン」だ。渡海征司郎(二宮和也)は過去のどの医師とも違う。「手術成功率100%の天才外科医」だが、かなり傲慢。同僚の医師がお手上げとなった手術を肩代わりして大金を要求したりする。「オペ室の悪魔」というニックネームが象徴するダークなオーラを身にまとっている点がユニークなのだ。背景にあるのは一枚の胸部レントゲン写真で、そこに写っている手術器具「ペアン」と父の死にまつわる秘密が渡海に陰影と奥行きを与えている。そんな人物像を支えているのが、大胆さと繊細さの双方を演じてみせる二宮の力量だ。

物語の軸となっていたのは心臓手術用機器「スナイプ」だったが、新たに手術支援ロボット「ダーウィン」や「カエサル」が登場してきた。こうした医療マシンを使った手術でトラブルが発生した時、土壇場で渡海が現れ、患者の命を救うのがパターンだ。そこに見る側のカタルシスがあるのは、機械に頼り過ぎる社会に向けた一種の寓話(ぐうわ)だからかもしれない。

最近、このドラマで加藤綾子が演じる治験コーディネーターに関して日本臨床薬理学会から抗議があった。その活動や服装が「実像からかけ離れている」というのだ。しかし、物語全体がドラマというフィクションであり、登場人物のキャラクターや仕事ぶりにドラマ的な演出や造形が施されているのは当然だ。現実から外れない内容に終始するのであれば、ドラマ自体の成立も危うくなる。

(毎日新聞 2018年6月2日 東京夕刊)