碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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書評した本: 『[アルファの伝説] 音楽家 村井邦彦の時代』ほか

2016年11月02日 | 書評した本たち



「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。


松木 直也
『[アルファの伝説] 音楽家 村井邦彦の時代』

河出書房新社 2,700円

昨年の8月、『アルファレコード 〜We Believe In Music〜』というタイトルのCDが発売された。2枚組で38曲が収録されている。一部を挙げると、赤い鳥「翼をください」、荒井由実「海を見ていた午後」、ハイ・ファイ・セット「スカイレストラン」。さらにブレッド&バター「あの頃のまま」、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)「ライディーン」なども並ぶ。曲名を眺めるだけで70年代から80年代にかけての風景や当時の自分が甦ってくるが、それはまさに“村井邦彦の時代”だったのだ。

1945年生まれの村井は学生時代から音楽に携わり、24歳で音楽出版社を設立。作曲家、またプロデューサーとして、数多くのアルバムを送り出した。ライター&編集者の著者は、村井本人や関係者への取材を積み重ね、半世紀以上におよぶ音楽活動の軌跡を再構成している。

読んでいて興味深いのは、ラジオやレコードを通じて毎日のように聴いていた楽曲が生まれていく過程だ。中でもユーミンとの出会いとアルバム作りはその白眉だろう。彼女を支える演奏者は「キャラメル・ママ」の4人(細野晴臣、松任谷正隆、林立夫、鈴木茂)。今思うと、何とも贅沢なデビュー戦だ。「レコードはずっと残るものだから、完璧に近いものをつくっていかなくてはいけない」と考える村井は、作品はともかく、ユーミンのピッチ(音程)がバラバラになる歌い方を決して許さなかった。時間と費用を惜しみなく投入し、格闘の末に完成した『ひこうき雲』は73年に発売される。

その後、村井はYMOを構想していた細野と契約し、この画期的なプロジェクトを支援していくことになる。それは音楽プロデューサーとして、「まだ水面に顔を出さない大衆の音楽的嗜好性を敏感に察知して、誰よりも早く、それを商品として世に出すこと」に才能を発揮し、戦後の新たな音楽の流れをつくった村井を象徴する仕事だった。


平川克美 『喪失の戦後史』
東洋経済新報社 1,620円

日本人の意識が大きく変化したのは、「70年代から90年代まで続いた、安定期における列島全体の消費化による」と著者は言う。人口動態という指標に注目しながら、戦後史を再検証したのが本書だ。人々の日常的選択とその結果を踏まえ、今後の社会を考える。


小川義文 『小川義文 自動車』
東京書籍 4,212円

著者は世界的な自動車写真家。美しすぎるクルマの写真と、その魅力を伝える文章を堪能できる。フェラーリもシトロエンも素敵だが、著者の撮るポルシェこそ絶品である。闘争的かつ官能的な美しさを支える、このクルマが持つ哲学と技術を熟知しているからだ。


田中小実昌 『題名はいらない』
幻戯書房 4,212円

著者が亡くなって16年。こうして86編もの単行本未収録エッセイが読めるのは有難い。旅の話、本の話、テーマもストーリーも、もちろん題名も決めずに書くという小説の話。いずれも柔らかいのに、どこか芯がある文章で、読後に淡い印象が残るコミマサ調だ。

(週刊新潮 2016年10月27日号)