碓井広義ブログ

<上智大学教授のメディア時評> 見たり、読んだり、書いたり、話したり、時々考えてみたり・・・

NHK朝ドラ『あさが来た』が高い支持を得た理由は!?

2016年03月15日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム



NHK連続テレビ小説『あさが来た』のゴールが目の前に迫ってきた。気がつけば、昨年9月末のスタート時から現在まで、週ごとの平均視聴率が連続して20%以上という堂々のヒット作である。あらためて、このドラマが高い支持を受けた理由を探ってみたい。

主なポイントは3つある。まず、主人公の白岡あさ(波瑠)が、実在の人物をモデルとしていたことだ。“明治の女傑”といわれた実業家・広岡浅子である。京都の豪商の家(三井家)に生まれた浅子は、大阪に嫁いだ後、炭鉱、銀行、生命保険(現在の大同生命)といった事業を起こす。また、日本で初めてとなる女子の大学校(現在の日本女子大学)の設立にも携わった。

今回は特に、前作が『まれ』だったことが大きい。世界一のパティシエになる夢を追う女性を描くこと自体は悪くなかったが、ストーリー展開がやや迷走気味で、ご都合主義が目立った。それに比べると、『あさが来た』は実話をベースにしている分、物語の骨格がしっかりしており、安心して見ていられた。“女性の一代記”ドラマとして成立するだけの実質が、広岡浅子にあるからだ。

第2のポイントは、幕末から明治という大激動期を物語の舞台としたことだ。江戸時代から始まる朝ドラというのは、NHKにとっても冒険だった。だが、そのチャレンジのおかげで、今とは比べものにならないほどのパラダイムシフト(社会構造の大転換)があった時代を、ひとりの女性がどう生き抜いたか、視聴者は興味をもって見ることができた。

さらに、舞台が関西だったことにも注目したい。同じ時代であっても、立つ位置によって異なる視点から眺めることができるし、そこに発見もある。幕末維新ものの多くは、江戸を舞台にすると武家中心の話になってしまうが、しきたりに縛られてあまり面白くない。このドラマでは、大阪の商人たちが伸び伸びと活躍する様子が新鮮だった。

3つ目は、ヒロインをはじめとする魅力的な登場人物と役者たちだ。波瑠は、これまで何本かの主演作はあるものの、女優としては発展途上という印象だった。どちらかといえば、やや捉えどころのない役柄が多く、“女傑”が似合うタイプとも思えなかった。

しかし今回は、いい意味で裏切られたことになる。意外や、明るいコメディタッチも表現できることを証明してみせたのだ。しかも、まだ女優としてはこれからという波瑠の素人っぽさや一生懸命さが、両替商のおかみさんや炭鉱の責任者などを経験しながら成長していく主人公と重なり、応援したくなるヒロイン像になっていた。

また、大活躍したのが、あさの夫・新次郎(玉木宏、好演)だ。この時代の男としては珍しいが、「女性はこうでなくてはならない」というステレオタイプな女性観の持ち主ではない。あさが旧来の女性の生き方からはみ出して、思い切り活動できたのも、実は新次郎のおかげだと言える。あの夫がいたからこそ起業もできたのだ。

もう1人が、姉のはつ(宮崎あおい)である。性格も生き方も異なる姉の存在が、このドラマにどれだけの奥行きを与えてくれたことか。『花子とアン』で成功した、一種の“ダブルヒロイン”構造の踏襲だが、そこに宮崎あおいという芸達者を置いたことで、視聴者は2つの人生を比較しながら見守ることになった。

加えて、魅力的な脇役として五代友厚(ディーン・フジオカ)がいた。後に「近代大阪経済の父」と呼ばれることになる人物だ。五代がいたことで、時代の動きを見せることだけでなく、あさと新次郎の心情にも膨らみが生まれた。フジオカという役者の“出現”もまた、このドラマの収穫だ。

結果的に、『あさが来た』には「女性の一代記」、「職業ドラマ」、そして「成長物語」という朝ドラの“王道”ともいうべき三要素がすべて込められていたことになる。それらを踏まえた大森美香の脚本は、ドラマ全体はもちろん、毎回の15分という放送時間の中でも山あり谷あり、笑いと涙を散りばめた物語を、見事に構築していた。

昨年秋、このドラマの第1回は、日本初の女子大学校の入学式シーンから始まった。洋装のあさが、最初の新入生たちに向かって、力強く語りかけていたことを思い出す。半年、いや40年の歩みを経て、視聴者も再び、あさと共にあの壇上に立つのだ。

(Yahoo!ニュース個人 2016.03.13)