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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

「北の国から」幻の新作

2021年10月20日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

「北の国から」幻の新作

 

連続ドラマ「北の国から」(フジテレビ系)が始まったのは1981年10月9日。翌年3月に全24話が終了した後も、スペシャル形式で2002年まで続いた。今年は放送開始40周年に当たる。

約20年の間に、壮年だった黒板五郎(田中邦衛)は60代後半を迎えた。また小学生だった純(吉岡秀隆)や螢(中嶋朋子)は大人になっていき、仕事、恋愛、結婚、さらに不倫までもが描かれた。

ドラマの中の人物なのに、見る側はまるで親戚か隣人のような気持ちで黒板一家を見守った。この「時間の共有」と「並走感」は、「北の国から」の大きな魅力だ。

最後の「2002遺言」から、さらに20年の歳月が流れた。だが、多くの人にとって、物語は今も続いているのではないだろうか。

思えば、確かに五郎は遺言を書いていた。しかし亡くなったわけではなかった。純や螢もこの遺言書を目にしていない。

あれからずっと五郎は富良野で、そして子どもたちはそれぞれの場所で元気に暮らしている。見る側はそんなふうに想像しながら20年を過ごすことが出来たのだ。

実は今年、倉本聰は「北の国から2021」にあたるシナリオを書き上げていた。読ませてもらうと、そこでは黒板一家が東日本大震災をどのように体験し、昨年からのコロナ禍とどう向き合っているのかが明かされている。

札幌で医療廃棄物の処理を担っている純。福島で看護師として働いている螢。2人の仕事場はコロナ対応の最前線だ。

その一方で、五郎は自身の「最期」を考え始めていた。望んでいるのは「自然に還ること」だ。今年3月、五郎を演じてきた田中邦衛が亡くなった。主演俳優の不在を承知の上で、新たな「五郎の物語」の構築に挑んだ倉本に敬意を表したい。

この新作を倉本はフジテレビに渡したが、最終的にドラマ化は実現しなかった。もちろん様々な事情が存在したのだろうが、視聴者にとっても、フジテレビにとっても残念な判断だったと思う。

ドラマは時代を映す鏡だ。「北の国から2021」が見せてくれるはずだった、この国の過去20年と現在。黒板五郎という国民的おやじが選択した「人生の終(しま)い方」。幻の新作がドラマとして流される日を待ちたい。

(しんぶん赤旗「波動」2021.10.18)

 


「青天を衝け」現代を逆照射できるか

2021年03月10日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

大河ドラマ「青天を衝け」

現代を逆照射できるか

 

NHK大河ドラマ「青天を衝け」が始まった。主人公は渋沢栄一。天保11年(1840)に現在の埼玉県深谷市の農家に生まれ、一橋慶喜の家臣として幕末を生き、明治維新後は官僚となった。

やがて実業界に転じ、第一国立銀行(現・みずほ銀行)、東京海上保険(現・東京海上日動火災保険)、東京商法会議所(現・東京商工会議所)などの設立や運営に携わる。創設に奔走した会社は500を超え、「日本資本主義の父」と呼ばれている。昭和6年(1931)没。91歳だった。

とはいえ、名前は知っていても業績や人物像はよく分からないという人が多かったはずだ。いきなり注目が集まったのは2019年4月。24年に発行される新一万円札の肖像画に決まったのだ。

当時、NHKでは21年の大河ドラマの主人公を検討中で、渋沢も候補の一人だった。すでに抜擢されていた脚本家は、15年の連続テレビ小説「あさが来た」を手掛けた大森美香だ。波瑠が演じたヒロインのモデルだった広岡浅子と同時代の大物実業家として浮上したのかもしれない。

いずれにしても渋沢を主人公に決めた時点では、新型コロナウイルスは出現していなかった。その波乱に満ちた生涯を描けば、異色の「偉人伝」になると思ったはずだ。

しかしコロナ禍は社会全体を大きく変えた。政治や経済はもちろん、当り前と考えられてきたものを見直すことを迫られたのだ。それは「暮らし方」だけでなく、「働き方」にまで及んでいる。当然のように存在してきた「会社」や、その基盤である「資本主義」とは何なのか、という問いかけも必要となった。

そんな状況下での大河である。渋沢と他の実業家との違いは、著書「論語と算盤」にもあるように、単に利益を得るだけでなく、倫理観をもってビジネスを行うべきだと考えていた点にある。富は広く配分し、個人による独占をよしとしない。

今、多くの企業が過剰な自己防衛に走る余り、いとも簡単に個人を切り捨てている。ならば、そもそも会社は誰のためにあるのか。そんな切実な疑問に、「日本資本主義の父」は何と答えるのだろう。現代を逆照射する大河ドラマとなることを期待したい。

(しんぶん赤旗「波動」2021.03.01)

 


正月ドラマの静かな秀作「人生最高の贈りもの」

2021年01月12日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

正月ドラマの静かな秀作

「人生最高の贈りもの」

 

正月からいいドラマを見た。4日に放送された「人生最高の贈りもの」(テレビ東京系)だ。

信州に嫁いでいる田渕ゆり子(石原さとみ)が突然、東京の実家にやってくる。翻訳家で一人暮しの父、笹井亮介(寺尾聰)は驚く。帰省の理由を訊ねるが、「何でもない」と娘。

実は、ゆり子はがんで余命わずかという状態だったのだ。そう聞いた途端、「なんだ、よくある難病物か」と言う人も、「お涙頂戴は結構」とそっぽを向く人も少なくないと思う。

しかし、このドラマはそういう作品ではなかった。ヒロインの辛い闘病生活も、家族の献身的な看病も、ましてや悲しい最期を見せたりしない。

また特別な出来事も起きない。あるのは父と娘の静かな、そして束の間の「日常生活」ばかりだ。父はいつも通りに仕事をし、妻を亡くしてから習った料理の腕をふるい、2人で向い合って食べる。ここでは料理や食事が「日常の象徴」として描かれていく。

途中、不安になった亮介は、ゆり子の夫で教え子でもある高校教師、田渕繁行(向井理)を訪ねる。

そこで娘の病気について聞いた。ゆり子は繁行に「残った時間の半分を下さい。お父さんに思い出をプレゼントしたい」と訴えたというのだ。亮介は自分が知ったことをゆり子には伝えないと約束して帰京する。

娘は父が自分の病気と余命を知ったことに気づくが、何も言わない。父もまた娘の病状に触れたりしない。

その代わり2人は並んで台所に立ち、父は娘に翻訳の手伝いをさせる。時間を共有すること。一緒に何かをすること。そして互いを思い合うこと。それこそが「最高の贈りもの」なのだろう。石原と寺尾の抑えた演技が随所で光った。

思えば、人生は「当り前の日常」の積み重ねだ。昨年からのコロナ禍で、私たちはそれがいかに大切なものかを知った。終盤、信州に帰るゆり子に亮介が言う。「大丈夫だ、ゆり子なら出来るさ」と。その言葉は見ている私たちへの励ましにも聞こえた。

脚本は「ちゅらさん」や「ひよっこ」などの岡田恵和。ゆったりした時間の流れを生かした丁寧な演出は大ベテランの石橋冠だ。見終わった後に余韻の残る、滋味あふれる人間ドラマだった。

(しんぶん赤旗「波動」2021.01.11)


異色の法医学ドラマ「監察医 朝顔」

2020年12月08日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

異色の法医学ドラマ「監察医 朝顔」

 

今期が第2シーズンとなる「監察医 朝顔」(フジテレビ系)は不思議な味わいのドラマだ。主人公の万木朝顔(上野樹里)は大学の法医学者。警察が持ち込む遺体を調べ、死因を究明する。ただし、死因を探ることが事件の解決につながっていた「アンナチュラル」(TBS系)などとは趣きが異なっている。

イベント参加者がパニック状態となり、群衆雪崩で死傷者が出た。警察は死亡した青年の痴漢行為が事故原因と考えて起訴しようとし、青年の母親は被害者の家族に土下座して詫びる。だが、朝顔たちは青年の死因がエコノミークラス症候群だったことをつきとめ、彼の無実を証明する。

また野球少年の変死体が見つかった際には、警察が金属バット殺人を疑う中、フェンスにはさまったボールを取ろうとして感電死したことを明らかにする。そのおかげで、事故の責任が自分にあると思って苦しんでいた、少年の弟が救われる。

朝顔たちの仕事は、死者たちの声なき声を聞き、彼らの「生きた証」を取り戻すことだ。解剖を始める前、朝顔は遺体に向って「教えてください、お願いします」と声をかける。まるで生きている人に対するような振る舞いであり、彼女の人物像を象徴しているが、背景にあるのは辛い体験だ。

原作漫画では、朝顔の母親は旅行先の神戸で阪神淡路大震災に巻き込まれて亡くなっている。ドラマではそれを東日本大震災に置き換えた。母(石田ひかり)の遺体は見つかっておらず、刑事である父(時任三郎)は今も休日に三陸まで出かけて探し続けている。

そんな父、朝顔、夫(風間俊介)、娘という四人家族の日常が、職場と同じような比重で丁寧に描かれているのがこのドラマの特色だ。前述の「不思議な味わい」は、法医学ドラマであると同時に、「震災後」を生きる家族のドラマでもあることから生じている。仕事の現場で向き合う遺族と同様、朝顔もまた「家族を失った人」であり、「残された家族」なのだ。

家族とは元々「期間限定」の存在である。親が老いることも、成長した子どもが巣立つことも自然だろう。しかし、家族の「理不尽な死」は悲劇だ。朝顔はそんな人たちに寄り添っている。

(しんぶん赤旗「波動」2020.11.23)


ドラマに政界を取り込んだ「半沢直樹」

2020年09月29日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

ドラマに政界を取り込む

 

日曜劇場「半沢直樹」(TBS系)が終了した。今期ドラマで最大の盛り上りを見せた背景には、いくつかの要素がある。

新型コロナウイルスの影響による制作中断や放送延期が、逆に視聴者の飢餓感をあおったこと。主演の堺雅人はもちろん、歌舞伎界からの援軍も含む俳優陣の熱演。そして福澤克雄ディレクターたちによるダイナミックな演出などだ。

しかし、特に「帝国航空」をめぐる後半の物語が注目を集めたのは、政界という現実を取り込んでいたことが大きい。

帝国航空はナショナル・フラッグ・キャリア(国を代表する航空会社)という設定。「経営危機」「債権放棄」などの言葉も飛び交い、現実の「日本航空」を想起させた。

10年前、日本航空が倒産した際、金融機関などが総額5000億円以上の債権を放棄したことは事実だ。ドラマで描かれたような国土交通省やタスクフォースの動きの有無はともかく、当時の債権放棄が高度な「政治的案件」だったことは確かであり、見る側の興味を引くには十分だった。

さらにドラマにおける政権党の幹事長、箕部啓治(柄本明)の登場だ。航空会社も銀行も支配下に置こうとする箕部にとって、国土交通相の白井亜希子(江口のりこ)も、東京中央銀行常務の紀本平八(段田安則)も単なる手駒に過ぎない。

また銀行からの不正融資20億円と地方空港の新設を悪用した錬金術。フィクションとはいえ、政権党の幹事長がゲームなどにおける最終的な敵「ラスボス」のごとく描かれていたことが秀逸だ。

今月16日、菅義偉が第99代内閣総理大臣に就任した。その菅首相は「安倍政治」の継承者を自任している。

だが、反省より先に不都合なことを隠そうとした、安倍政権の「隠蔽体質」の継承は許されない。半沢の言葉を借りれば、政治家とは「国民それぞれが自分の信じる理念の元に、この国をよりよくするために選んだ存在」だからだ。

新型コロナによる「閉そく感」が常態化している中、視聴者は進行する政治状況も眺めながら、このドラマを楽しんできた。「正しいことを正しいと言えること」を愚直に目指した半沢のような人物、現実の政界にも現れないものだろうか。

(しんぶん赤旗「波動」2020.09.28)

 


「アンサング・シンデレラ」CMとドラマの危うい関係

2020年08月04日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

「アンサング・シンデレラ」

CMとドラマの危うい関係 

 

石原さとみ主演「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」(フジテレビ系)は注目すべきドラマだ。ただし、医療ドラマの主人公が薬剤師だからでも、ヒロインが不自然なほど医師の領域に踏み込む「活躍」で患者の命を救っているからでもない。挿入されるCMが、ドラマの内容とあまりに近いことに違和感を覚えるためだ。

この番組の主なスポンサーは9社。その中にクオール薬局グループ、アイングループ、日本調剤、そして武田テバが入っている。つまりスポンサー企業の約半分を、大手調剤薬局と医薬品メーカーが占めているのだ。

特に大口スポンサーであるクオールは、60秒という長さで「ドラマ仕立て」のCMを流している。しかもドラマの主要人物の一人である新人薬剤師を演じている西野七瀬が、衣装も役名もそのままで登場するのだ。

「お薬と患者さん、それをつなぐのが薬剤師」とつぶやく西野。さらに「患者さんのために、身近で便利な薬局なんだ」と決めのセリフを言う。一応、画面の隅に「これはCMです」と小さな文字は出るが、ドラマとの地続きによる「効果」を狙ったことは明らかだ。

そして日本調剤のCMでは、病気の子供を抱える母親が「この子のことをわかってくれていて、いつでも相談できる安心。そんな薬剤師がいることが家族を支えてくれている」と薬局への感謝を綴ったメッセージが映し出される。

ドラマの第2話で、薬を飲みたがらない子供の母親に向ってヒロインが語りかけた、「なんでも相談して下さい。そのために薬剤師がいますから」というセリフと完全に重なっている。

昨年、テレビ広告費はインターネットに抜かれてしまった。スポンサーの確保に苦心する番組も少なくない。そんな中で、薬剤師のドラマが作りたいから調剤会社を巻き込んだのか。それとも調剤会社をスポンサーにしたいから薬剤師のドラマを企画したのか。

いずれにせよ、現状ではドラマ全体が調剤会社の「60分CM」に見えてくる。フジテレビは「放送基準」に抵触しないと言うだろうが、ここまで露骨にスポンサーと「密」な関係のドラマは前代未聞だ。「貧すれば鈍する」でないことを祈りたい。

(しんぶん赤旗「波動」2020.08.03)


コロナ時代の寓話になった、ドラマ「隕石家族」

2020年06月14日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

コロナ時代の寓話

 

緊急事態宣言が解除された。しかし世の中全体がすぐ元に戻るわけではない。それはテレビ界も同様だ。放送延期や制作中断の新作ドラマが急に復活するはずもない。

そんな中、4月にスタートし、5月末に無事ゴールしたのが「隕石家族」(東海テレビ制作・フジテレビ系)だ。しかも期せずして、コロナ禍に対する寓話(一種のたとえ話)となっていた。

そもそも設定がユニークだ。巨大隕石が地球に向っており、半年後に激突して人類は滅亡するというのだ。人々は動揺し、渋谷の街で暴動が起きたり、東京から地方へと疎開する人たちが現れる。

ドラマでは、都内で暮す普通の一家が描かれる。会社員の門倉和彦(キャイ~ン 天野ひろゆき)。妻の久美子(羽田美智子)。長女で教師の美咲(泉里香)。次女の結月(北香那)は受験生。そして和彦の母、正子(松原智恵子)の五人家族だ。

テレビのニュースでは毎日、「隕石情報」が流される。アナウンサーは「今日も隕石の進路に変化はありません」などと伝え、市民は人類滅亡を既定路線として受け入れている。そんな「非日常的日常」が可笑しい。

ところが突然、久美子が「私、好きな人と一緒に暮したいの!」と爆弾宣言をする。高校時代に憧れていたテニス部のキャプテン(中村俊介)。当時は思いを打ち明けられなかったが、今度こそ伝えたい。「今しかないと思うの。自分の気持ちに正直になりたい!」と主張するのだ。

実はこの後、他の家族も自分らしく生きようと動き出す。いわば「隕石効果」だ。毎回、誰かの「衝撃の告白」が炸裂する脚本は、大河ドラマ「花燃ゆ」などを手掛けてきた小松江里子である。

そして問題の巨大隕石だが、なんと途中でコースを変えてしまう。そうなると、短い余命を前提にした勝手な言動のツケが回ってきて大騒ぎだ。しかもその後、隕石が再び地球へと向きを変えるというシュールな展開が待っていた。まるで緊急事態宣言を解除した直後に、強烈な第二波が襲ってくるようなものだ。

非常時だからこそ、あらためて「日常」を大切にして生きようとするこの家族、ウイズ・コロナ時代のロールモデルになるかもしれない。

(しんぶん赤旗「波動」2020.06.08)


朝ドラ「エール」 戦争と音楽 どう描く?

2020年05月08日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

朝ドラ「エール」

戦争と音楽 どう描く?

 

この春から放送中のNHK連続テレビ小説「エール」。主人公である古山裕一(窪田正孝)のモデルは作曲家の古関裕而(こしき ゆうじ)だ。

古関が昭和を代表する作曲家の一人であることは確かだが、なぜ古賀政男でも服部良一でもなく、古関なのか。何より64年の東京オリンピックの入場行進曲「オリンピック・マーチ」を作ったことが大きい。第1話にそのエピソードを入れたことでも明らかだ。

昨年の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」で地ならしをし、今年の「エール」でオリンピックムードを盛り上げる。そんな予定だったのだろう。

NHKの二枚看板を使った国家的イベントのPR。さすがに政権からの直接要請はなかったようだが、一種の忖度だった可能性はある。

とはいえ、「エール」は誰もが楽しく見られる良質な朝ドラになっている。オペラ歌手を目指していた妻・音(二階堂ふみ)との「夫婦物語」であり、幼少期から音楽に親しんできた二人の「音楽物語」でもあるという、絶妙な合わせ技が効いているのだ。

ただし、今後の展開で注目したいことがある。戦時中の古関は、いわば“軍歌の巨匠”だった。「勝って来るぞと勇ましく」の歌い出しで知られる、大ヒット曲「露営の歌」はその代表作だ。

たとえば昭和16年だけでも「みんな揃って翼賛だ」「七生報国」「赤子(せきし)の歌」など大量の作品を作っている。

さらに12月8日、つまり開戦当日の夜にはJOAK(後のNHK)のラジオ番組「ニュース歌謡」で、古関が書いた「宣戦布告」なる曲が放送されたのだ。こうした活動は敗戦まで続けられた。

果たしてドラマでは、この時代の古関をどう描くのか。レコード会社の専属作曲家としての「業務」だったことは事実だが、戦時中もしくは戦後の古関の中に葛藤はあったのか、なかったのか。

また戦場へと駆り出された若者たちは、どんな思いで古関の歌を聞き、そして歌ったのか。

さらに、戦時放送という形で戦争にかかわり続けた、当時唯一の放送局であるJOAKを、現在のNHKは、そして制作陣はどう捉え、ドラマの中で表現していくのか。戦時のエール(応援)が持つ役割と意味を見極めたい。

(しんぶん赤旗「波動」2020.05.04)

 


社会明るくしたラブコメ「恋はつづくよどこまでも」

2020年03月24日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

社会明るくしたラブコメ

 

新型コロナウイルスの影響で、社会全体がどんよりとした空気に包まれている。マスクのせいなのか、街の中で笑い声を聞くことも少ない。

そんな暗い数カ月、小さな救いとなったのが、ドラマ「恋はつづくよどこまでも」(TBS系)である。画期的とか斬新とか、そういうドラマではない。

いや、むしろ逆だ。医師と看護師の恋愛という、昔から繰り返し作られてきた、日本の伝統芸のようなお話だ。それがなぜ、コロナ禍の日本で見る人を元気づけたのか。

まず、ヒロインの新人看護師、佐倉七瀬(上白石萌音)の愛すべきキャラクターだ。高校の修学旅行で鹿児島から上京し、偶然出会った医師の天堂(佐藤健)に一目ぼれ。

彼の近くへ行くために看護師を目指し、やがて同じ病院に勤務するようになる。5年間の片想い、その「一途」な乙女心、恐るべしだ。

しかも当初は、看護師としても女性としても、天堂から全く相手にされなかった。それでも七瀬はめげない。

看護師として一人前になること、天堂に振り向いてもらうこと、そのためにはどんな努力も惜しまなかった。その姿は「健気」という言葉がぴったりだ。やがて彼女の天性の明るさと笑顔は、患者さんたちの支えとなっていった。

そんな七瀬を見るうち、天堂も変化していく。かつて愛した女性を病気で失ってから封印していた、人を愛する心が甦ったのだ。

あまり自分の感情を表に出さない天堂が、涙ながらに「俺から離れるな」とまで言ってしまう。高い演技力によって「一途」と「健気」を表現した、上白石の勝利だ。

七瀬は天堂を動かしたが、一番揺さぶられたのは見る側の感情だろう。仕事も恋も初心者で、失敗して落ち込み、泣いて、また顔を上げる。ひたすら一生懸命なヒロインを多くの人が応援した。

そしてもう一つの成功要因が、「照れない」ストーリーだ。ここぞという場面で天堂が突然現れたり、2人で交通事故に巻き込まれたり、降ってわいたような七瀬の海外留学など、リアリズムの見地から突っ込まれそうな「ベタな展開」が目白押しだった。

しかし、ベタを承知で照れずにラブコメの王道を貫いたことに拍手だ。制作陣もまた勝利したのである。

(しんぶん赤旗「波動」2020.03.23)

 


本格歴史ドラマの予感「麒麟がくる」

2020年01月28日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

本格歴史ドラマの予感

 

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」は明智光秀の物語である。今回、主人公の名を聞いて驚いた人は少なくない。光秀といえば本能寺。主君である織田信長を奇襲したことで、「裏切り者」もしくは「悪人」といったイメージが一般的だからだ。

とはいえ、光秀や「本能寺の変」に対する評価には、その後の為政者たちの影響が大きい。信長の後を継ぐ形で天下を狙った秀吉にしてみれば、自身の正当性を主張するためにも光秀を「逆賊」として扱う必要があっただろう。勝者や権力者が「歴史」を作るのは、いつの時代も変わらない。

大河ドラマについて、戦国時代や幕末など同じ時代、同じ人物が何度も取り上げられるという批判もある。しかし作品によって人物像や史実の解釈が異なり、それぞれに楽しむことができる。

では、「麒麟がくる」の光秀はどのような人物として描かれるのか。ドラマの冒頭を見ると、若き日の光秀は聡明なだけでなく、野盗を撃退したように剣の腕も立つ。

外の世界を見たいと思ったら、堺や京への旅を主君の斉藤道三(本木雅弘)に直訴する、旺盛な好奇心と知識欲。また庶民への接し方からも、公正な精神と道徳心の持ち主であることがわかる。何より自分の頭で考え、行動する姿勢が好ましい。

基本的には生真面目なこの青年に、長谷川博己という役者が見事にハマっている。存在感を示したのは2011年の主演作「鈴木先生」(テレビ東京系)だ。

中学教師として担任クラスを運営する際、独自の観察眼で生徒たちの個性を見抜き、彼らの潜在能力を引き出していく。同時に先生自身も成長していった。今後、光秀が発揮するであろうリーダーシップの原型があの教室にある。

脚本は大ベテランの池端俊策だ。火に包まれた民家から子どもを救い出した光秀が、医師・望月東庵(堺正章)の助手、駒(門脇麦)から「麒麟」の話を聞く。「戦(いくさ)のない世をつくれる人が麒麟を連れてくる」と。

すると光秀が言うのだ。「旅をして、よく分かりました。どこにも麒麟はいない。何かを変えなければ、誰かが変えなければ、美濃にも京にも麒麟は来ない!」。いいセリフは、いいドラマを予感させてくれる。

(しんぶん赤旗「波動」2020.01.27)


今年のテレビ報道から

2019年12月26日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

今年のテレビ報道から

 

2019年もあと一週間ほどだ。この一年のテレビ報道の中で、特に気になった二つの事案について総括しておきたい。

一つ目は「韓国報道」だ。今年8月、韓国は日本との「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」の破棄を表明した。そこに文在寅(ムン・ジェイン)大統領の側近である、曺国(チョ・グク)氏の不正疑惑などが加わり、韓国を扱うワイドショーや情報番組などが急増した。しかも、その報道は「嫌韓」に近い内容が目立ったことが特色だ。

すでに7月19日の「ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)で、コメンテーターの黒鉄ヒロシ氏(漫画家)が「断韓」とフリップに書いて国交断絶を呼びかけていた。8月22日の「ひるおび!」(TBS系)では、元駐韓国日本大使で外交評論家の武藤正敏氏が「韓国は裁判官でも相当左がかった人が多い」などと暴言を放った。

こうした偏った報道の背景に、番組で韓国を非難すると視聴率が高くなるという現実がある。同時に、放送局が安倍政権の対韓強硬政策に便乗、もしくは忖度(そんたく)する、安易な姿勢も垣間見えた。

次が「かんぽ不正問題報道」である。かんぽ生命保険の「不正販売問題」を追及した、「クローズアップ現代+(プラス)」の「郵便局が保険を“押し売り”!?郵便局員たちの告白」(18年4月放送)に対して、日本郵政グループから猛烈な抗議があり、NHKは同年夏に予定していた続編の放送を延期。またNHK経営委員会が、上田良一会長を「ガバナンス(企業統治)強化」の趣旨で厳重注意したのだ。

当時、日本郵政グループは十分な社内調査を行わないまま抗議していた。後に不正販売が事実と判明したこともあり、日本郵政の長門正貢社長は9月30日の記者会見で抗議について謝罪する。

しかし、日本郵政とNHK経営委員会の行いは明らかに番組介入であり、報道の自由を侵害するものだ。そして経営委による会長への厳重注意は、「今後はこういうことをしてはならない」という意味で、放送法が禁じる「干渉」にあたる。また監督機関の経営委と執行機関の会長に上下関係はない。会長は毅然(きぜん)として注意処分の根拠を問いただすべきだったのだ。

(しんぶん赤旗「波動」2019.12.23)


「同期のサクラ」 ブレないヒロイン

2019年10月29日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

「同期のサクラ」

ブレないヒロイン

 

駄じゃれのようなタイトルだが、侮れない。「同期のサクラ」(日本テレビ系)である。10年前、故郷の離島に橋を架けたいと、大手建設会社に入社したのが北野サクラ(高畑充希)だ。

このヒロイン、性格がかなり変わっている。生真面目すぎて融通がきかない。自分が正しいと思ったことは何でもハッキリと言う。相手が社長であっても間違っていれば指摘する。周囲に合わせる、いわゆる「空気」を読むことをしないのだ。

しかも、サクラが言うことは確かに正論であり、見ている側は、自分が「正論の通らない社会や組織」に麻痺していたことに気づくのだ。このドラマの大きな見所である。

実は現在、サクラは病院のベッドにいる。病名は脳挫傷で意識不明のままだ。眠っている彼女のかたわらに立つのが木島葵(新田真剣佑)、清水菊夫(竜星涼)、土井蓮太郎(岡山天音)、月村百合(橋本愛)といった同期の仲間である。

物語としては、まず10年前の入社時にさかのぼり、そこから毎回1年ずつ、サクラと仲間たちの軌跡を描いていく。元々は土木部志望のサクラだが、遠慮のない言動が災いして人事部に配属された。

だが、そのおかげで社内の様々な部署と接触することができる。このあたり、脚本の遊川和彦(「家政婦のミタ」など)による設定が上手い。

営業部にいる同期、清水は応援部出身の熱血漢。上司から無理難題を押しつけられ、心身ともに限界だった。残業を減らす通達が出たこともあり、サクラはこの上司に正面からぶつかるが、同時に清水に対しても、「仕事と自分」について本気で考えることを促していく。

また広報部の月村は、本来の自分を押し隠して「愛される広報ウーマン」でいることに疲れ、結婚退社を決めてしまう。引き留めようとするサクラだったが、月村との壮絶バトルに。

女性が仕事をしていく上での障壁が、社会や組織など外側だけにあるのではなく、本当は女性自身の中にも内なる壁が存在することを提示して見事だった。

サクラの信条は「自分にしか出来ないことをやる」。まったくブレないヒロインが徐々に周囲を変えていく。そのスリリングな展開から目が離せない秀作だ。

(しんぶん赤旗「波動」2019.10.28)


ドラマの主役はサウナ「サ道」

2019年09月17日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

 

 「サ道」

ドラマの主役はサウナ

 

金曜の深夜、もうすぐ午前1時というタイミングで始まるのが「サ道」だ。「さどう」と読むが、茶道ではない。サウナも極めれば「道」になるのだ。とはいえ、お作法講座の番組ではない。れっきとしたドラマである。

ドラマなので主人公をはじめとする登場人物たちがいる。ナカタ(原田泰造)、偶然さん(三宅弘城)、そして若手のイケメン蒸し男(むしお、磯村勇斗)だ。普通のサウナ好きは「サウナー」、達人の域にある者は「プロサウナ―」と呼ばれるが、3人のプロサウナ― は同じ行きつけのサウナで知り合った。

毎回、彼らは上野のサウナ「北欧」で、のんびりサウナ談義をしている。その最中に「ところで、あそこに行ってきましたよ」とナカタが言い出し、画面には彼が一人で訪れた各地のサウナが現れる。いや、旅番組のように原田泰造がレポートするわけではない。ドラマの中の架空の人物、ナカタによるサウナ巡礼の様子が映し出されるのだ。

出かける先は実在のサウナばかりだ。たとえば、杉並の住宅街にあり遠赤外線サウナと屋外での外気浴が人気の「吉の湯」。水風呂がミニプールになっている錦糸町の「ニューウイング」。珍しいテントサウナが楽しめる平塚の「太古の湯 グリーンサウナ」。さらに、富士山の天然水を使った水風呂で知られ、“サウナの聖地”として崇められている静岡の「サウナしきじ」も登場した。いずれも魅力的で、すぐにでも行ってみたくなる。

ナカタはどこのサウナでも、サウナ・水風呂・休憩の「基本セット」を数回繰り返す。やがて、一種のトランス状態のような快感がやってくる。この状態は「整う」と表現されるが、整うことでしか得られない恍惚感がサウナの醍醐味だ。

つまりこの番組、ジャンルとしてはドラマだが、主役は原田泰造ではない。一軒一軒のサウナこそが真の主役であり主人公なのだ。現実の出来事や実在の人物を物語として描く「ドキュメンタリードラマ」という手法があるが、これはそのサウナ版だと言っていい。

架空の人物と実在の場所の見事なハイブリッド。それはヒットシリーズ「孤独のグルメ」などで磨かれてきた、テレ東深夜ドラマのお家芸だ。

(しんぶん赤旗「波動」2019.09.16)


素で生きるという冒険「凪のお暇」

2019年08月06日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 「凪のお暇」

素で生きるという冒険

 

今期のドラマで目立つのは、漫画を原作とする作品が多いことだ。上野樹里主演「監察医 朝顔」(フジテレビ系)、石原さとみ主演「Heaven?」(TBS系)、杏主演「偽装不倫」(日本テレビ系)、そして黒木華主演「凪のお暇(なぎのおいとま)」(TBS系)などである。

ヒロインたちは30歳前後、いわゆるアラサー女子であることも共通している。上野が演じているのはもちろん医師だ。石原はレストラン経営者。杏は派遣社員。それぞれ仕事を持っている。しかし、「凪のお暇」の主人公、大島凪(黒木)だけは違う。28歳の無職なのだ。

凪が会社を辞めたのには理由がある。一つは周囲に自分を合わせる、つり「空気を読む」ことに疲れたのだ。同僚から仕事上のミスの責任を押し付けられても文句が言えない。またランチでも、その場にいるメンバーの顔色をうかがいながら話のネタを探す。そんな毎日に疲れ切っていた。

さらに恋人だと思っていた、同じ会社の営業マン・我聞慎二(高橋一生)が、凪のことを後輩たちに笑いながら話すのを立ち聞きしてしまった。「アッチ(セックス)がイイから会ってるだけ」「節約系女子? 俺そういうケチくさい女、生理的に無理」って、これはひどいではないか。結局、凪は会社を辞め、我聞とも連絡を絶つ。会社からも恋人からも、「お暇」を頂戴したわけだ。

物語は、ここから本格的に始まる。郊外のオンボロアパートの6畳1間に引っ越した凪。仕事なし、家財道具なし、恋人なし。貯金もないが、自由と時間だけはある。

それに、環境が変われば新たな出会いもある。隣の部屋に住むゴン(中村倫也)は正体不明の感はあるものの、我聞のように凪の内面に土足で侵入したりしない。話していると、ふわっと心が軽くなるようだ。見ている側は、今も凪に執着してアパートに押しかけたりる、我聞との奇妙な三角関係の行方が気になる。

このドラマ、大きな事件などは起きない。文字通り、凪のような無風の日常が続いていく。とはいえ元々生きること自体が冒険なのだ。黒木、高橋、中村という芸達者たちの演技を楽しむと共に、素のままの自分で生きようとする「28歳、無職」の冒険から目が離せない。

(しんぶん赤旗「波動」2019.08.05)


働き方・生き方を問う「わたし、定時で帰ります。」

2019年07月02日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

 

 働き方・生き方を問う

「わたし、定時で帰ります。」

 

もしも「あなたは何のために働いているか?」と問われたら、どう答えるか。先日最終回を迎えた、吉高由里子主演「わたし、定時で帰ります。」(TBS系)。よくある“お仕事ドラマ”と思いきや、仕事と生き方の関係を描く、社会派エンタテインメントだった。

32歳の東山結衣(吉高)が勤務するのは、企業のウェブサイトやアプリを制作する会社だ。入社して10年、残業をせず定時に帰ることをポリシーとしている。仕事中毒の父親を見て育ったことや、かつての恋人で上司でもある種田晃太郎(向井理)が過労で倒れた恐怖が忘れられないのだ。

そうならないためにも、結衣は「仕事の時間」と「自分の時間」の間に、きちんとラインを引く。退社後は行きつけの中国料理店「上海飯店」(店主の江口のりこ、好演)に直行してビールを飲んだり、婚約者の諏訪巧(中丸雄一)と食事をしたりして過ごしている。

また、定時に退社するために、結衣は独自の工夫をしながら効率よく仕事をこなす。それが自分に合ったペースでもあるからだ。この「組織内における個人主義」の通し方もかなり興味深い。

当然、周囲との軋轢(あつれき)はある。たとえば、部長の福永清次(ユースケ・サンタマリア)は、結衣の「働き方」に皮肉を言い続けていた。しかし、はじめは冷ややかに見ていた周囲の人たちが、物語の進行と共に徐々に変わっていった。それは、仕事は大事だし真剣に取り組むが、健康を害したり、ましてや命を落とすなど、私生活を完全に犠牲にしていいわけではないという、結衣の主張と実践の影響だった。

最終回で、結衣が部下たちに言う。「会社のために自分があるんじゃない。自分のために会社はある」と。世代や環境によっては異論があるかもしれないが、これは当たり前のことなのだ。しかし、その当たり前のことが当たり前であるためには、組織も、個人も、まだまだ変わっていかなくてはならないのが、この国の現状なのだろう。

このドラマは、「働き方」を考えることは、自分の「生き方」を見直すことでもあることを、重すぎず軽すぎないストーリーと人物像によって教えてくれた。春ドラマにおける出色の一本だ。

(しんぶん赤旗「波動」2019.07.01