「食」の現場のバックヤードは、すさまじいものだった。
食器洗いはスポンジの使い方から指導され、グラスに少しでも曇りがあれば「やり直し!」となった。
おくれ毛をちょっとでも触ろうものなら「手、洗って」とすかさずきつい言葉が。
オーダーが入ってからは時間との戦いで、いちいち先輩に聞いている暇がない。張り紙を見て、
唐揚げは7コ、揚げ出し豆腐は6コ、沖漬けは、漬物は・・・・、数と決まりの食器を頭に叩き込むことから始まった。
辛かったのは揚げ物だった。
業務用の大なべに、考えれれない量の油がたぎっていて、温度を見極め、唐揚げを滑らせる。
「早くかきませて!」「はい!」「温度上がってきてるよ、火、落として!」次々と指令が飛ぶ。
急いで唐揚げを返そうとすれば油が容赦なく手にかかり、しばらくは右手はバンドエイドだらけだった。
揚げ物は最後まで下手だったが、野菜切りは褒められ、主婦の面目が保てた。
お客さんが切れた少しの時間に包丁の使い方や、食材の下ごしらえを教わった。
特に印象深かったのは「茄子の煮びたし」
私が作ると、どうしても美しい紫色が抜けてしまう。でも、プロのちょっとした技でほれぼれする色に仕上がる。
そんなこんなで、あっという間の三か月だった。
楽しくて、まだ続けたかったけど、私の本業が、長期の催事が待っていた。
新しい窓を開け、新しい人と仕事して食の現場を少し知り、何十年ぶりにお給料を「頂く立場」になった私。
感慨深いものがあった。その上「鎌倉今村」の仕事が何故か、やたらいとおしく思えてきた。
「おう、元気でやってる?明日休みだから飲み行こうか!」と先月調理長が電話をくれた。母親と同じ年の私に・・・、
駅前の居酒屋さんで、日本酒のグラスでカンパーイ。
最近こんなおいしいものを食べたとか、こんな食材で何ができるかとか、もっぱら料理の話。
「異業種交流会」のお誘いを時々頂くが、初対面の人とお酒を飲んで名刺交換する、あれは好きではない。
私流の「異業種交流」は、これ。
今年は、次は誰と何処で杯を酌み交わそうか?