鎌倉で親しくさせて頂いた骨董店屋さんです。
オーナーは、おしゃれなマダム、まだ70歳で、足が弱ってきたからだという。年に1度は、ロンドンに買い付けに行くほどお元気でしたのに。
随分通った。昨年は、思い切ってガラスの食器を買い取ってもらった。
10数個、思い出のあるものだったが、長く食器棚で眠っていた。
鎌倉だけで4回引っ越した。まるで、白樺派の文士のように、海沿い里山と居を移した。仕事が本格的になってからは、駅から徒歩5、6分の、今の扇ガ谷に落ち着いた。
引越しの度に食器は少しずつ処分もした。大皿やお客様用食器などは、年とともに出番も減り、特にワイングラスなど、ガラス食器は最低限のもので事は済むようになった。
家庭を持った頃は、まるで家族への愛情の証のように食器を買った。それも懐かしい。若さは勢いだとつくづく思う。
食器に料理はついて回る、思い出も。だから、中々捨てられない。
大根、じゃがいも、ニンジン、牛乳に食パン・・・、男の子を2人も3人も育てたお母さんなんて、買い物だけでも大仕事だったと。
家族の帰り時間がまちまちでも、あたたかいものは暖かく、冷たいものは冷たくが母の料理の基本でした。私もそうしてきたつもりです。
やがて子供は巣立ち、買い物も少しづつ少なくなる頃、体力もなくなってくる。よくしたものです。
「孤食」も悪くないが、フライパンをバンバン回したり、大鍋に野菜の煮物を山の用に作った日々が、楽しかった。あの忙しい時が華でしたね。
いや、そんなことはない。有難いことに私は今、その両方を実感している。娘の家に夕食作りに週1で通っている、お役に立てば、というやつです。
孫たちの顔を見て、話を聞きながら囲む食卓は、それはそれは幸せな時間です。食事が済めば「では、さよなら」と、責任のない「ばーば」です。
娘のごはん茶碗、割ってしまったようでしたので、今日、目についたので買いました。私の家庭ではないので、余計な食器、増やさないよう気をつけます。
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