ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

昨日のツイート 11/12

2011-11-13 07:01:58 | ツイッター
お早うございます。今日も皆様方に上よりの祝福が豊かにありますように。昨晩は映画「Beck」を見た。さっぱり面白さが分からなかったが最後の盛り上がりだけは納得できた。11時半に就寝。今朝は6時に起床。今日は直方の教会でのコンサートに出かける予定。体調快調。チュン、チュン。
posted at 06:19:49

#losungenj 今日のローズンゲン 11月12日(土): あなたの御言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯。(詩119:105)
posted at 06:23:38
#losungenj : パウロの手紙:わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたました。事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです。(1テサロニケ2:13)
posted at 06:26:44
#losungenj 私の黙想: パウロがいう「神の言葉」と詩119が述べる「あなたの御言葉」という概念の間には微妙なずれがある。「聖書の言葉即神の言葉」と「人の言葉を神の言葉として受け入れる」ということとは全く異なる。この意味では私はパウロの立場に立つ。
posted at 06:32:40

門叶 国泰 少々、消化不良気味です。もう少し、解説をお願いいたします。
23時間前 · いいね!
文屋 善明 聖書の言葉がそのまま「口述筆記」のように「神の言葉」だというのではなく、あくまでも人間の言葉であるがその言葉を現実の社会の中で解釈し、理解し、語り、聞くときに、その現実の社会において「神の言葉になる」という理解です。どちらかというと、カール・バルトの立ち場ですが、私個人としては渡辺善太先生の聖書正典論の立場に立っています。今日のパウロの言葉をそのように理解しているということです。
23時間前 · いいね! · 1
門叶 国泰 有難うございます。良く分かりました。原典講読の「後」が大切なのですね。

今日の名言: RT @meigenbot: 人生は芝居のごとし、上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。 (福沢諭吉)  <一言>諭吉は今、舞台の上で威張っている大根役者を見据えながら、本物の役者を育てなければならないと考え、慶應義塾を設立した。
posted at 06:42:36

「昨日のツイート 11/11」をブログにアップしました。FBについて「だんだんFBの面白さが分かってきた。軽ーい、遊び心が大切だ。しかし、またこれだけの人は少しも面白くない。心の芯と言葉の軽み(かろみ)の世界だ」と書きました。 http://t.co/oB0FdB8p
posted at 07:14:38

直方の教会のコンサートから帰宅。
posted at 16:59:28
今日、直方の教会で行われた「東日本大震災被災者支援チャリティーコンサート」の演奏者はソプラノ歌手・烏田和美さん、ピアノ・山根浩志さんでした。とてもアットホームな演奏会で楽しませて頂きました。特に烏田さんが専門とする童謡詩人・金子みすゞ氏の作品「土」、「笑顔」は非常に魅力的でした。
posted at 17:32:25

<補遺>詩23との関連で「インマヌエル」について考える。滝沢克己の「インマヌエルの原事実」と西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一性」との関連について。


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