notation




おわらない物語 アビバの場合
2004
Todd Solondz (トッド・ソロンズ)


ストーリーテリングがもの凄く特殊で、同一人物の主人公のキャラクターを8人が演じるという手法。
この8人の役者が同一のキャラクターを演じると言うことが主題となっています。見た目なんて大したことないじゃんってヤツで。
お話自体は特に抑揚が内容に見えますが、さにあらず。すっ飛び過ぎて振れ幅が見えないくらい動いてますね。
設定が先ずあり得ない。登場人物の行動もいちいち常軌を逸しています。コレがアメリカなんでしょうか。
大日本帝国民としては全く非日常です。
で、その中で語られている凄く大事なことも言葉では決して表さない。
試されているような気分になる映画ですね。

多分「純真さとその周りの人間によって姿を変えていくものの比喩としての少女という存在を8人で表現する」という方法なのでは無いでしょうか。
見る者によって姿を変えるものの、それは、映り方が変わるだけで、本質は変わらない。
観る者の見方によって姿を変えるもの。
これはマインド・ゲームで神様を表現した(というか概念としてしか無いから見方なんて固定してないというものでしたが)ことに通じます。
愛だ恋だの対象として映画は男目線で女を描きます。その映画に出てくる女優はおしなべて無茶苦茶綺麗。それは女とはそういうものなんだという押しつけでもあり、憧れでもある。憧れは思いこみで作られていて、それが必ずしも理想ではない。映画の場合はその最大公約数みたいな女性がヒロインとしていたりします。投影しやすい女性代表。
「好みのタイプ」と「彼女」が全く関係ないのもそういうことなんでしょうか。もし、直球ど真ん中の剛速球な方に出会ってしまったらどうなってしまうんでしょうか。それすらも脳内補完なのか。
これを主人公の役者を変えていく手法で表現したトッド・ソロンズ監督。挑戦者ですね。そして成功。
映画として狙ったこととは相当ズレているかもしれない感想ですが、こういう見方もできる映画。
面白かったです。

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