トウキョウソナタ
2008
黒澤清
面白い。良い映画でした。
大きな流れ(社会の潮流)に翻弄されまくる、ある家族の物語です。
ホラー監督として今後も行くのかと思いきや今回は家族モノ。
しかし、ただのノホホン家族モノでは決してありません。
「ある種の希望にたどり着きたかった」というのが黒澤清監督の弁。確かにラストは「ある種の希望」。この作品でなければそれが希望に成り得ません。
大きな流れに翻弄され、崩壊してる?と思わんばかりのバラバラの家族。それをなんとかまとめ上げるのは、やはり大きな流れ(偶然込み)だった、と言うところでしょうか。ちょっとズルいなぁ、という気も。
ただ、あのラストのおかげでさらに複雑な気分になります。
ある一点の直接的な希望のおかげで、ズタボロの人生でさえやりなおせるという気分になるとは、人間とは打算的なものだなぁ、と。
というか、そもそもそういう打算的な人生を歩んできた人間にとっての希望は、やはり打算的なものでしかないですね。
ところで今年、実力は作家監督の家族モノを3本観てきたわけです。まだあるかもしれませんが、自分比で。
橋口亮輔監督「ぐるりのこと」
是枝裕和監督「歩いても 歩いても」
黒澤清監督「トウキョウソナタ」
結局描いている「事」自体は結構共通しているのですが、視点の違いで全く違った作品になっています。当然か。しかし、どれも良い作品でした。私が家族モノが好きなわけではありません。
「ぐるりのこと」は主観的な目線でプライベートをのぞき込む。そのなかで10年連れ添った夫婦にしか感じることの出来ないであろう愛おしさを描く。
監督自身の願いが込められた表現。一つの理想を追いかけた作品。
「歩いても 歩いても」では超客観視である家族の1日だけを切り取り、その中で家族の関係性を描き、どうしてもつながってしまう家族の姿を描いています。
思いついてしまったことを忠実に映像化した表現。観る者の人生と作品を重ねた上で出てくる何かしらの図。何を思うかは鑑賞者任せ。とはいえ「ささやかな幸せを構成する何か」はビシッと洗われています。
「トウキョウソナタ」は完全な劇映画として一つの家族にあらゆる要素を詰め込み『これだけ悲惨な出来事をつなげるとどうなって、それを回復させる兆しは何なのか』という人間観察実験のような作品。視点の冷ややかさを感じます。黒澤清監督が冷酷だと巻がている分けではありません。映画は、あくまで芝居であり、実際の人生との関わりはそれほど意に介していない。
翻ってどんなテーマでも描いて見せるというプロフェッショナルな感じ、とでも言いましょうか。
本作はあくまでもファンタジーとして仕上げています。
リアルな人間の性というよりは、フィクションの中にリアリティを持たせてメタフィクションの様な芝居めいた作品です。ミュージカルみたい。
鑑賞者の感情をコントロールしようとする意図を感じてしまう作品。
まぁ、どの作品もそうなんでしょうけれど、結構操作されちゃった感あります。
『作家の抱く何らかの感情を表現するための作品』か『鑑賞者に何らかの感情を抱かせるための作品』かでいったら明らかに後者。
とはいえ、作品としては凄く面白い。複雑な気分です。
好みから言えば、やはり「歩いても 歩いても」です。
一本の作品に掛ける情熱は各作品ともに同じであったとしても、結局は観る側の好みですね。
身も蓋もない話ですが。
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