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じゅんむし日記

心は急いでいる。それなのに、何も思い通りの形にはなっていかない。がまんがまん。とにかく、今できることから始めよう。

得能史子「まんねん貧乏②年収19万円編」

2011-10-22 | 


図書館で本を借りる→返すとき館内を物色する→借りる→物色する→借りる

図書館に行き出すと、こんなサイクルになっちゃうんですね(^^ゞ

そして、こんなタイトルに目が留まりました。
「まんねん貧乏② 年収19万円編」

え?
190万じゃなくて?
19万(・・?

スッと手に取り…
ん、なかなか好きなイラストだわ。

パッと開いてみる…
お、おもしろい!!

昼寝が日課でついつい怠けてしまい、やらなければいけないことを後回し。
わかるわかる。
(ワタシも後やりタイプ(..))

ビンボー生活や節約の様子を、おもしろおかしく(^-^)
けっこう冷静に観察(^^)していて、つい笑ってしまいます。

そして、
この単純な顔のイラストにもかかわらず、この表情の豊かなこと!!
このビミョーな目元・口元の線の動き。
いいわ~~。

コマの進め方や間合いもすごくいい!!

図書館の書棚の脇で次々読んでしまいたくなるのをガマンして、
一目散に家に帰って読んだのでありました(^^ゞ

あー、トクノウさん、いつまでもビンボーでいて~~~(~_~;)



三木茂夫「内臓のはたらきと子どものこころ」

2011-10-16 | 


刻一刻と成長していく胎児の写真…だれでも目にしたことがあるでしょう。

その写真はいつでも横向き。
大きな頭とまるまった胴体…。

でもこの本には、
私が知っているいつもの写真とは別の、
正面から見た胎児の顔のスケッチが載っていたのです。

胎児の成長は、何億年もの進化の過程のようであるとはどこかで聞いた話ですが、
それを証明するかのようなこのスケッチ画に、知らない世界を見たようなショックを受けました。

人間の中に含まれる神秘。
脊椎動物を簡単な模型に表すと、内外二本の筒になります。
外は体壁系。内は内臓系。
アタマ(頭脳)は体壁系の世界に属し、ココロ(心臓)は内臓系の世界に根を下したものです。
顔は内臓が突出したものであるというのは、ココロが顔の表情に映し出されることからも納得できます。

だから、うまく嘘をつこうと思ってもどうしてもバレてしまうのですね(~_~;)

そして、子どものこころの発達を、宇宙のリズムと人間の進化の過程から、広い視野の中で説明しています。
「内臓の感受性」は「言葉の形成」と切っても切れない関係にあり、
すぐれた言葉の形成は、豊かな内臓の感受性から生まれるということなのだそうです。
著者には、人間を見る温かな目があります。

保育者向けの講演会の様子を本にしたものなので、
私なんかにもすごくわかりやすいです。
そして、何といっても新鮮でおもしろいです!!
この本の初版は1982年だというのにね^^;



吉本隆明「幸福論」

2011-10-03 | 
 「幸福論」吉本隆明

久々に図書館に行ってみたけれど、
やはり人気作家・話題の小説はいつだってありません。
きっと、予約-予約-予約で貸し出して書庫に並ぶことがないんでしょうね^^;

つら~~っと書庫を眺めていって、
吉本隆明さんの本を手に取りました。
「幸福論」

吉本さんの感性や思想的なものは、私とはちょっと違うという違和感みたいなものがあるのですが、
なぜか気になって、なぜ~か手にしてしまう(・・?
今回も(^^ゞ

この「幸福論」は、表題からくるような堅苦しさはなく、
”超老齢期”に入った著者の、幸福、不幸の感じ方を、それこそ感じたままに、読者に媚びることなく正直に書いています。

老齢期になって大きな目標を掲げないほうがいい、とか、
学ぶのに遅すぎることはないというけれど、実際問題としてそれは無駄だ、とか、
学校の科目は無駄なことばかりやっている、なんて息子が大喜びしそう^^;

赤ん坊のときにちゃんと育てたら命が大切なことはちゃんとわかる、学校で命の尊さなどと言ってももう遅い、とか…

あとがきにあるように、幸福論=不幸論ですから、
不幸を感じるとき、ということまでもたくさん言及しているのです。
自分と考え方が合ってさえいれば痛快な気分になりますケド。

後半の、死にかけたり仮死状態を経験したという著者の体験は興味深かったですね。
親鸞の教えなどにも触れ、特別な、死を迎える心構えがあるとは考える必要はないとも言っています。

とにかく、目標も禍福も長いスパンでなく小さく刻んで考え、その時、その日に喜びがあったらそれは幸福と考えましょう、ということなんです。

このブログを書くにあたり、また本をパラパラめくって読んでいたら、
あれれ(・・? なんだかどんどん引きこまれて感性が吉本さん寄りに?

つい手に取ってしまう理由はこれだった…とか?!


夏目漱石「こころ」

2011-09-04 | 


自分を守るために、
またはよく思われたいために、
積極的な嘘とまではいかなくても、
自分の都合いいことだけしか伝えなかったり、あるいは沈黙したり…
というようなことが誰しも多かれ少なかれあるのではないでしょうか。

そこから残酷な運命に繋がれてしまうときが、人生にはあるんでしょうか。

物語に出てくる「先生」と「先生の親友K」と「先生を慕う私」
先生がKに対して、最終的に与えたものはとてつもない苦しみでしたが、
その始まりは、予想し得ないほど些細なことだったとも思うのです。

恋…
恋は大事件ではありますが…

先生がKから(自分もまた意中の人でもある人への)恋心を打ち明けられて、何も考えられなかったとき―
これは心の重大事件と裏腹に、世の中の些細な出来事です。

そして、一つの無言から壁を突き破って、何もかもかなわないと感じていたKへの幾多の仕打ちへと変貌したとき―
先生は、世の中の残酷な巡り合わせに繋がれてしまったのでしょうか。

その変化する行動にいくまでの先生の心の道筋と、それから味わう人生の孤独感と苦しみの表現は本当に見事というしかありません。

Kが書いた遺書…それは先生を助けたはずなのに、一瞬の安堵からまたたくまに苦悩は広がりを見せていきます。
言葉を飲み込んで逝った者から生まれた、生きてる者への新たな人生の手引きとも呼べるものでしょうか。
いや…Kは言葉を飲みこんだのではない…
先生を恨むでもなく、ただただ悲しんで逝ってしまった…
だからこそよけいに、生きている者への新しい手引きが生まれてしまったと感じます。

自分の過ちを誰にもどうしてもどうしても打ち明けられない…
人間の罪を感じ、死んだ気で生きていこうと決心して何年も経つ…
怖ろしいほどの罰です。
人生の哀しみを感じます。

一般的にもよくある、俗っぽくもある、この心理と言葉の応酬を、
これほどまでに理知的に昇華させた芸術的な文体が、本当に素晴らしいと思いました。

二十ン年前に読んだ時と同様、
今も人生最大の本であるのは間違いないと感じました。


宮本輝「草原の椅子」上・下

2011-07-21 | 


宮本輝「草原の椅子」


パキスタンのフンザで、老人から「あなたの瞳には3つの青い星がある」と言われた主人公。
その謎めいた言葉から物語は始まりますが、
それとつり合いがとれるほど、物語の中でその意味ある言葉は膨らんでこなかったという印象が残りました…。

あ、でもおもしろかったですよ。
ちゃんとその言葉は物語の中に反映されてますよー。

ワタシと波長が合っていると思っている作家なので、
主人公たちの言葉に頷き、その意味をしみじみと思い巡らして読み進んでいくこともできました。

「魔が差す」という言葉。
あらゆる物事の方向は”魔が差して”決まっていく、進んでいくというのは、本当だなぁと思いました。

「正しいやり方をくり返しなさい」という言葉。
これは本当にその通りだと思います。

他にも考えさせられる言葉が、あちらこちらにちりばめられています。

しかし、
これが言いたい― この言葉を伝えたい―
それがたくさんあって、そのためにムリヤリ(…というのは言いすぎですが)、物語をねじ込んだ感じがしないでもありませんが。

主人公たちは、たぶんいい人たちなんだけど、
そんなにお互いを褒め合わなくてもいいし、
一般の日本人や日本を、そんなにも否定しなくてもなー^^;とも思いました。

解説はよかったですねぇ。
ウン、解説らしい解説。
ここしばらく、解説を読んでガッカリすることが多かったし(ファンレターかッ!最後まで読めん)、
本の内容はおもしろいのに、解説であまりにも頭にくることが書かれていて、ゴミ箱に直行したというかわいそうな本もありました。

(解説の話、つづく)