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黄昏叔父さんの独り言

 アマチュア無線と何でも有りのブログ

鹿児島港から硫黄島まで

2013年05月29日 | 旅行
        


        


        


 鹿児島県鹿児島郡三島村に行く為には鹿児島市の南埠頭から出港する唯一の交通手段である三島村の村営のフェリー「みしま」に乗船する事に成る。この村は私が5年前に退職して全国の余りQRVの無い町村の移動運用を思い立った時に一番最初に行きたいと思った場所であった。何故ならこの村は其の時点で1局としか交信履歴が無く、幸いにQSLは得ていたが中々運用の無いレアーな村で在った。多分今回プチ・対象地に成らなければ今回の様な注目が在るものの多分運用はされない場所だったと思う。


 鹿児島県の数在る有人の離島の中で鹿児島市からの一番近い距離に在りながら其の交通網の不便さと費用が多く掛かる事に加えて一般の人が訪れる様な観光地で無かった事、ましてやアマチュア無線のみの移動運用に行くには少し大変な場所で在ったと思われる。何しろコンビ二は無いしガソリン・スタンドも無く、車中泊なら食料や水等、全てに渡って自分で準備する必要が有った。事実、今回の私の移動運用の為に準備した水が22L、食料の缶詰10個、果物関係の缶詰10個、日持ちのするパン類を6種類、非常食(クラッカー等)焼きそば、うどん、そば等のインスタント物は20個以上、ガソリンに至っては40Lを用意した。今だから言えるがガソリン40Lを携行管で持込んだが見付かれば多分乗船拒否物で在ったと思う。


 「フェリーみしま」は1200トン位の船で有ったがこの航路は波が荒い事で有名な航路、事前のインターネットの調査では過去に行った人の書込みによると「船に乗ったら直ぐ洗面器を傍に置き毛布を被って寝る事」と書いてあった。私は過去に船に酔った経験は無かったので自信が有った事と幸いな事に天候に恵まれ海は荒れて居なかったが「フェリーみしま」は船足が少し遅い感じで波頭を切って進むと言うより沈んで行く感じの重厚な航行であった。乗船客も殆どが島、在住の人か?ゴールデン・ウィークの里帰りの人達で流石に勝手が解って居るので船に乗り込むと皆さん早々と毛布を被り横に成っていた。騒いで居たのは3~4歳位の女の子の二人組だけで在った。私の方は心許無い軍資金で硫黄島に着いて若し郵便局で貯金が降ろせ無かったら如何しようか?と其ればかり考えて居たので船酔いする余裕も無い状態であった。


 鹿児島市の南埠頭で時間待ちをしていたら若い女性や外人さんが沢山集まって来たので「此れは彩りの在る楽しい旅になるわ?流石にゴールデン・ウィーク!」等と勝手に思い込んでいたが其の殆どが屋久島の世界遺産の地が目的らしく屋久島フェリーに乗船し「フェリーみしま」に乗船したのは40名くらいで車の乗込みは4台程度であった。「フェリーみしま」は定刻の09:30分に鹿児島港を出港し、桜島を見ながら錦江湾を南下し一路、最初の寄港地の竹島へと進んだ。


 錦江湾は奥深く外洋に出るのに1時間半近く掛かり湾内はベタ凪ぎ状態であったが外洋に出ると船はゆっくりと大きく揺れ始めた。写真上段の2枚目の竹島には12:30分頃に入港したが島全体が大名竹に覆われた余り高い山の無い地形の島で荷降ろしが終わると直ぐに出港し少し竹島の北側を回ると硫黄島の島影がハッキリと見え始めた。上段3枚目や4枚目では余り迫力が感じられないかも知れないが噴煙とゴツゴツした岩肌は迫力が在り更に船が進むと今までに見た事の無い様相をした島で在った。最初、洋上からは硫黄岳を正面から見るので三角錐の形にしか見えなかったが硫黄岳の南側の横を船が進むと活火山の硫黄岳とは違った緑の山々が見え始め其の奥に人家と港が見えた。中段の最初の写真が後から出て来る東温泉付近を船上から写したもの2枚目は港内の海の色が硫黄の為に赤く染まっている状態の写真、3枚目は島に上陸して坂本温泉に向かう途中で硫黄岳を写したもの、下段の最初は硫黄島の西側に浮かぶ黒島の島影で在る。其の後は恋人岬に向かう途中の硫黄島での最初の運用地と成った場所(海抜40mH)からの港や居住区辺りの写真、最後の写真が運用場所の直ぐ前の展望台付近からの写真である。


 
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