日本の棚田

日本の棚田・長野県の棚田の写真を載せてあります。
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奈良県・十津川村・上野地「桑畑・ 果無の棚田」

2015年08月10日 07時25分23秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
ここは奈良県・十津川村・桑畑(くわはた) です。
「桑畑(くわはた) 果無(はてなし)の棚田」です。
霧の中の天空の棚田です。
世界遺産・熊野参詣道「小辺路」の脇にある棚田です。
思えば、 "果無(はてなし)"とは、何とも情緒あふれるネーミングではないでしょうか。
果てしないほど簡単にはたどり着けない所、ならば果てまで行ってみたいと思う。
私が行った日には、人の気配が無かった。
 
 
尾根沿いの細い石畳の両側には花が丁寧に植えられ、その先の田んぼは、
天空にそのまま続いていくかのように谷に向かって傾斜していました。
わずかばかりの平坦地には田んぼがあって、
恐らく年間一人を食べさせるにも満たない収穫量にしかならないその小さな田んぼを見た時、
それを作った住民からの、この場所を訪れる人々に対する何かメッセージの様なものを受け取った気がしました。
 
 
 
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奈良県・十津川村・上野地「桑畑(くわはた) 果無(はてなし)」

2015年08月09日 07時27分12秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
こは奈良県・十津川村・桑畑(くわはた) です。
「桑畑(くわはた)果 無(はてなし)」です。
奈良県最南端の十津川村にある世界遺産・熊野参詣道「小辺路」を通る果無(はてなし)集落です。
「にほんの里100選」にも選ばれており、紀伊山地の山々が見渡せ、「天空の郷」と呼ばれています。
 
 
この集落にある民家の庭を石畳みの「熊野古道小辺路(こへち)」が通っています。
小辺路を飾る紫陽花。
果無集落の住人が丹精込めて育てられています
 
 
小辺路は弘法太子によって開かれた密教の聖地である高野山と、熊野三山の一角である熊野本宮大社とを結ぶ道です。
民家の軒下に山の清流水で育つ立派な鯉がいました。
 
 
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奈良県・十津川村・上野地「谷瀬の吊り橋(たにぜのつりばし)」

2015年08月08日 07時22分12秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
ここは奈良県・十津川村・上野地です。
「谷瀬の吊り橋(たにぜのつりばし)」です。
あやしい雲行きの中、十津川村に来ました。
上野地と谷瀬を結ぶこの巨大なつり橋は長さ297メートル高さ54メートル。
そびえ立つ深い山々に囲まれ、眼下には清澄な十津川(熊野川)が流れています。
 
 
「谷瀬つり橋」はもともとは生活用のためのつり橋として架けられました。
今では十津川村を代表する観光名所になったが、生活用のためのつり橋として架けられました。
今から約60年も前の昭和29年(1954年)に架けられました。
谷瀬の人々らは川に丸木橋を架けて行き来していあたが、洪水のたびに流された。
そこで谷瀬集落の人々は1戸当たり20~30万円という、大金を出し合い、
当時としては思い切った800万円もの大つり橋を村の協力を得て完成しました。
 
 
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奈良県・明日香村「尾曾(おおそ)の棚田」

2015年08月07日 07時21分00秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
ここは奈良県・明日香村・尾曾(おおそ)です。
棚田の名前は「尾曾(おおそ)の棚田」です。
車がやっと通れる林道を、1Kmほど登ると尾曽の集落に到着した.
6軒ほどの小さな山里です。
誰一人会いませんでした。静寂の山里でした。
 
 
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奈良県・明日香村「上(かむら)の棚田」

2015年08月06日 07時28分26秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
ここは奈良県・明日香村・上(かむら)です。
棚田の名前は「上(かむら)の棚田」です。
談山神社のある桜井市多武峰(とうのみね)へ抜ける峠道沿いに「細川」と「上」という集落がある。
上の方は難読地名で「かむら」と読む。
遠くに左・金剛山(こんごうさん)、右・葛城山(かつらぎさん)が見えます。
同じ明日香なのにこのあたりでは観光客の姿をまったく見かけない。
 
 
 
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奈良県・明日香村「細川の棚田」

2015年08月05日 07時22分04秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
ここは奈良県・明日香村・細川です。
棚田の名前は「細川の棚田」です。
石舞台古墳を後にして県道156号線に取れば
冬野川の谷に沿い、多武峰(とうのみね)へと続く。
冬野川に沿って細川の集落、斜面には美しい棚田が大きな弧を描いている。
 
 
紫陽花の花が咲く棚田です。
多武峰は
中大兄皇子と中臣鎌足が、曽我氏打倒(後の大化の改新)を
策した場所として知られている。
彼らがいろいろ策をめぐらしながら坂を登っていった頃に、
既に棚田があったかどうか分からないが、
おそらく小さな田が無数にあったと考えられます。
 
 
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奈良県・明日香村「阪田の棚田」

2015年08月04日 07時26分26秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
ここは奈良県・明日香村・阪田です。
「阪田の棚田」です。
石舞台古墳近くの三叉路を右手に行くと稲渕、
左手に行くと阪田集落があります。淡山神社方面です。
 
 
明日香村の阪田地区は「農山漁村活性化プロジェクト支援交付金事業」
によって整備が進められているそうです。耕地が急傾斜のため、
農業生産性が低かったところを、景観や埋蔵文化財に配慮しながらの開発が行われています。
 
 
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奈良県・明日香村「入谷(にゅうだに)集落」「入谷の棚田」

2015年08月03日 07時22分21秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
ここは奈良県・明日香村・入谷です。
「入谷(にゅうだに)集落」です。
栢森(かやのもり)集落から更に車で10分も遡ると「入谷(にゅうだに)集落」に着く。
朝霧に囲まれる伝統的集落です。
この地域は重要文化的景観「奥飛鳥文化的景観」として指定されています。
 
 
「入谷の棚田」です。
稲淵、栢森などの集落は奥明日香と呼ばれているが、入谷集落は”奥々明日香”である。
中世以来という長い歴史を持つ集落で、今は戸数20軒足らずだが、
かつては100軒を超える大集落で、小学校もあったという。
 
 
「入谷の棚田」を見上げました。
今この地で「奥明日香・入谷地区で耕作放棄地解消!」で「棚田で花づくり」を実施しています。
平成20年から雑草の管理をヤギにまかせながら花桃、桜、紫陽花や季節の花を植えて景観保全に努めています。
 
 
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奈良県・明日香村「栢森(かやのもり)集落」「栢森の棚田」

2015年08月02日 07時29分32秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
ここは奈良県・明日香村・栢森です。
「栢森(かやのもり)集落です。
稲淵集落から飛鳥川沿いに車で5分も遡ると「奥飛鳥神奈備の里」
の名にふさわしい栢森(かやのもり)集落に着く。
村の中央部を流れる飛鳥川の源流域に約50軒足らずの民家が軒を連ねている。
 
 
「栢森(かやのもり)の棚田」です。
集落の間を抜けて、棚田がありました。
山と棚田に囲まれた栢森の集落です。
 
 
 
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奈良県・明日香村「飛び石」「男綱、女綱」

2015年08月01日 07時21分06秒 | 奈良県の棚田
梅雨の晴れ間を狙って、三重県、奈良県、和歌山県の棚田を巡った。
しかし晴れ間が無く、雨と霧の中の棚田巡りであった。
 
 
ここは奈良県・明日香村・稲渕です。
万葉集にも読まれた『飛び石』(石橋)です。
万葉集に残る歌です。
♪ 飛鳥川 明日も渡らむ 石橋の遠き心は 思ほえぬかも ♪
「僕は明日もこの石橋を渡って君に会いに行くよ!
その心は、この石橋のように、ずっと離れる事はないんだ」
万葉人のロマンスを歌ったもの・・・ほほえましいですね
 
 
飛鳥川に掛けられたこの綱は、「男綱(おづな)」です。
稲渕には綱掛神事があり、毎年正月の1日に男性器を形どった綱を掛けかえる神事が行われます。
 
 
稲渕の 「男綱」と対をなす、柏森(かやのもり)の「女綱(めずな)」です。
稲渕からの悪疫を防ぐのが栢森の女綱で、女綱には女性のシンボルを模した
ものが掲げられている。
この神事は子孫繁栄と五穀豊穣を祈り、疱瘡などの悪病がこの川を通って進入するのを防ぐためといわれています。
この二つの網掛神事はそれぞれの集落が行う行事です。
 
 
  
  
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