日本の棚田

日本の棚田・長野県の棚田の写真を載せてあります。
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大和路の田園・里山巡り「明日香村・細川の棚田」

2013年09月30日 07時24分31秒 | 奈良県の棚田
今回の旅は、「大和路の田園・里山巡り」です。
ここは奈良県・明日香村・祝戸です。
「明日香村・細川の棚田」です。
 
 
石舞台古墳を後にして県道156号線に取れば
冬野川の谷に沿い、多武峰(とうのみね)へと続く。
冬野川に沿って細川の集落、斜面には美しい棚田が大きな弧を描いている。
遠くに二上山が見える棚田です。
葛城山までの稜線も見えます。
 
 
石舞台付近の混雑が嘘のように静かな棚田です。
多武峰は
中大兄皇子と中臣鎌足が、曽我氏打倒(後の大化の改新)を
策した場所として知られている。
彼らがいろいろ策をめぐらしながら坂を登っていった頃に、
既に棚田があったかどうか分からないが、
おそらく小さな田が無数にあったと考えられる。
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大和路の田園・里山巡り「明日香村・阪田の棚田」

2013年09月29日 07時37分15秒 | 奈良県の棚田
今回の旅は、「大和路の田園・里山巡り」です。
ここは奈良県・明日香村・阪田です。
「明日香村・阪田の棚田」です。
 
 
阪田は、石舞台古墳の南側の山の斜面にある戸数40戸ほどの集落です。
明日香村で棚田と言えば、稲淵の棚田が有名ですが、
阪田の田圃も全て棚田です。
 
阪田の棚田米は、その昔高取城主の献上米であったと
伝えられるほどのとても美味しい米(ひのひかり)です。
 
万葉集から
『明日香川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえぬかも 』
 意味は
 
明日香川を明日も渡って逢いに行きましょう。
私の心は石橋のように飛び飛びじゃなくて、ず~と貴方のことを思っていますよ。
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大和路の田園・里山巡り「明日香村・祝戸の棚田」

2013年09月28日 07時26分12秒 | 奈良県の棚田
今回の旅は、「大和路の田園・里山巡り」です。
ここは奈良県・明日香村・祝戸です。
「明日香村・祝戸の棚田」です。
 
 
飛鳥川です。
飛鳥川は明日香村の南、高取山塊に源を発し、栢森・稲渕の集落を流れ下り、
石舞台古墳に接する祝戸の集落を流れます。
昔は流れの変化が激しかったので、定めなき世の例えとされました。
 
古今和歌集に 以下の句があります。
『世の中はなにか常なる飛鳥川きのふの淵ぞけふは瀬になる』 
 
「世の中は、永遠のものなど何ひとつない、流れの速い飛鳥川で、
昨日は淵であったところが、今日はもう瀬になっているように」
と言った意味です。
 
 
飛鳥川流域には、大きな単位で棚田が残されている。
飛鳥川が開く谷の左岸側に主に作り出され、田は丘を頂上近くまで這い登る。
棚田が広がり、黄金色に光る稲穂と赤い彼岸花に息を呑む美しさです。
 
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大和路の田園・里山巡り「桜井市・狛の棚田」

2013年09月27日 07時24分19秒 | 奈良県の棚田
今回の旅は、「大和路の田園・里山巡り」です。
ここは奈良県・桜井市・狛です。
「狛(こま)の棚田」です。
 
 
昨日の出雲集落から国道165線の向かい側、狛集落へ向かいました。
近鉄の架橋をくぐり、山中へ入って行きます。
狛集落の入口です。
棚田は谷間を流れる狛川の流れに沿って両斜面にあります。
 
 
棚田の畔の曲がり具合が素朴で綺麗です。
その畔には曼珠沙華が咲いています。
 
 
更に奥に進むと、大きな立派な民家がありました。
多くの農地を所有し、富裕の農家だったでしょうか?
奈良にはこのような、ひっそりと隠れるように集落が点在し、
その周辺には昔ながらの棚田が点在しています。
 
 
谷の一番奥の棚田です。
何段もの棚田が天まで登っているようです。
「狛の棚田」は、谷の上下、見渡す限り棚田です。
 
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大和路の田園・里山巡り「桜井市・出雲の棚田」

2013年09月26日 07時23分22秒 | 奈良県の棚田
今回の旅は、「大和路の田園・里山巡り」です。
ここは奈良県・桜井市・出雲です。
「出雲(いずも)の棚田」です。
 
 
国道165号線を進み、出雲集落への旧出雲街道に入り、
わき道行くと、棚田が広がる農道となり、棚田を見渡せます。
大和三山の耳成山が見えます。円錐形をしています。
万葉集では「耳梨山」と書かれていました。
山の形が「耳無し」で、山裾のない、真ん丸い山で、余分なところがない小山です。
 
 
稲刈り前の草刈りです。
田んぼまでのあぜ道と畔の草刈りです。
長い雑草が絡まり、時々エンジンを切ったりかけたりして大変な作業でした。
 
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大和路の田園・里山巡り「桜井市・初瀬の棚田」

2013年09月25日 07時20分45秒 | 奈良県の棚田
今回の旅は、「大和路の田園・里山巡り」です。
ここは奈良県・桜井市・初瀬です。
「初瀬(はせ)の棚田」です。
 
 
国道165号線は長谷寺の参道を通過すると
両側一面に棚田が広がり長閑な景観を生み出しています。
棚田は200枚前後であろうか耕作放棄田なども少なく、
良く整備されて居て美しく、黄金色の田がに波打っていた。
 
 
「初瀬」は古くは「はつせ」と呼ばれ、「泊瀬」とも表記していました。
長谷寺の長谷と同じ読み方です。何か関係があるのかな??
農道が幾つもの農小屋を結んでいます。
 
 
奈良産のヒノヒカリという米は、美味しい米です。
また、こういう棚田で作られた米で、乾燥ではなく、
竿に干してから精米した米は、また、格別の美味しいさが、
味わえるので、農家の方は、自分の食べる米だけは、
竿に干している家があります。
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大和路の田園・里山巡り「桜井市・吉隠の棚田」

2013年09月24日 07時26分25秒 | 奈良県の棚田
今回の旅は、「大和路の田園・里山巡り」です。
ここは奈良県・桜井市・吉隠です。
「吉隠(よなばり)棚田」です。
 
 
「吉隠」をヨナバリと読める人は少ないだろうが、
山間に隠れる様に在る土地と言う意味であったらしい。
むかしは、その名の通り国道や鉄道の開通する前は山間の隠れ里であっただろう。
半円形の黄金色の棚田が並んでいます。
 
 
万葉集には詠まれています。
「降る雪は あはにな降りそ 吉隠(よなばり)の 猪養(ゐかい)の岡の 寒からまくに」
歌意は以下の通りです。
降る雪は そんなにたくさん降らないでおくれ 吉隠の恋しいあの人が眠っている 猪養の丘は寒いだろうから  
 
 
集落奥から見下ろすと、棚田越しに民家の屋根、
其の屋根の向こうに棚田跡が見えます。(今は耕作していないのでは?)
その前を近鉄の列車が走ります。
 
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大和路の田園・里山巡り「宇陀市・玉立の棚田」

2013年09月23日 07時28分22秒 | 奈良県の棚田
今回の旅は、「大和路の田園・里山巡り」です。
ここは奈良県・宇陀市・榛原萩原です。
「宇陀市・玉立(とうだち)棚田」です。
 
 
玉立と書いて「とうだち」と読みます。
神武伝説から名前が付いたとも言われています。
金の鳶が神武天皇の杖に止まって立ったので(トビタチ→とうだち)とか。
玉立橋の上から撮りました。
棚田は玉立橋を中心に香酔川に沿うように上流にも広がっています。
玉立橋を車で通過している分には全く存在すら感じさせない隠れた棚田です。
 
 
刈り入れは既に終わっていました。
刈入の後のわだちが印象的でした。
「宇陀(うだ)という地名自体は万葉の時代から存在し、
 
万葉歌人・柿本人麻呂が
現在の大宇陀の阿騎野で
「東の野にかぎろひの立つ見へて返り見すれば月傾きぬ」
という秀歌を詠んだことは非常に有名です。
 
今日は二十四節季の「秋分」です。
昼と夜の長さが等しくなります。
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大和路の田園・里山巡り「宇陀市・深野の棚田」

2013年09月22日 07時30分43秒 | 奈良県の棚田
今回の旅は、「大和路の田園・里山巡り」です。
ここは奈良県・宇陀市・室生深野です。
「宇陀市・深野の棚田」です。
 
 
宇陀市深野は、全国2千箇所の中から「にほんの里100選」に選ばれた。
にほんの里100選のガイドブックで、次のように紹介されています。
「三重県名張市を一望する山腹に棚田が広がり、
住民総出で植えた彼岸花やアジサイが咲く」
住民総出で植えた彼岸花が咲いていました。
 
 
深野は40戸ほどの棚田の集落です。
奈良県と三重県の県境に集落はあります、標高450mに位置する集落・・
眼下に広がる名張市や三重の山並が目に飛び込んでくる・・・
美しい・・・と叫んでしまいそうな風景・・・・
 
 
深野には、室町に創建された氏神「神明神社」と田畑が中央にあって
それを囲むように家が点在・・・棚田は集落の斜面に広がっています。
 
 
稲刈りの準備です。
稲刈り機が田んぼに入る様に農道の草刈りでの最中です。
 
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世界遺産の田園・里山 「世界遺産・相倉集落の生活」

2013年09月21日 07時29分36秒 | 富山県の棚田
今回の旅は、「世界遺産の田園・里山巡り」です。
ここは富山県・南砺市・相倉です。
「世界遺産・相倉(あいのくら)集落の棚田」です。
 
 
集落内を歩いていると、畑仕事をしているおじいちゃんから
声をかけられて、「あんたたちどっから来たが?」

話しを聞きました。
今、個人が業者に屋根の葺き替えを依頼すると、
家の規模にもよりますが3千万円もの費用がかかるそうです。 
個人で合掌造り家屋を維持していくことは大変な負担・・・・・
 
世界遺産・相倉合掌造り集落は、合掌造り家屋の建ち並ぶ歴史的空間、
そこで育まれてきた伝統文化、それらを取り巻く、厳しくも豊かな自然環境、
それらが一体となり、今なお住民の生活空間として息づいている「生きた史跡」です。
世界遺産に選定され15年以上が経過し、
集落内の人口減少、少子高齢化の進展などがあり、
この世界遺産である合掌造り集落を維持していく事が
今後困難となってくる現状があります。
 
 
「五箇山豆腐」です。
水気が少なく、縄でしばっても崩れないほど身がぎゅっと詰まった堅い豆腐です。
五箇山では江戸時代初期にすでにとうふ造りが始まっているとされ、
当時は各家庭で「晴れの日のごちそう」として大切に造られてきました。
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