「『モダーン』の極致を却ってそれら過去の日本建築その他に見出して今更らに驚愕し、胸の高鳴るのを覚える者は決して自分丈けではないと思ふ。」
(『過去の構成』)
岸田日出刀(きしだ・ひでと、1899 - 1966)
建築家、建築学者。1959(昭和34)年まで東京大学で建築意匠学を講じていた。
代表的な設計作品には、東京大学安田講堂(1925)がある。
岸田自身はモダニストではないが、その流れには共感・理解をもっていた(装飾過多の〈様式建築〉に対する反撥)。
上記引用は、1929(昭和4)年刊行の写真集の編集意図を述べたもの。
丹下健三は、
「わたしもまだ学生のころでしたが先生(註・岸田日出刀)の『過去の構成』には非常に感銘をうけました」
と座談会で述べている。
岸田の意図は、
「純粋な日本建築は簡素なものであり、よけいなかざりつけはぜんぜんない。シンプルな構成美を誇っている。つまり、モダニズムの建築は、日本の伝統美とつうじあう一面をもっている。その意味では、正統性のあるデザインだ」(井上章一『つくられた桂離宮神話』)
という点にあった。
このような考え方は、後に広く実際の建築に応用され、吉田五十八の「現代数寄屋建築」などにもつながる。
なお、井上の前掲書では、桂離宮の「美」の第一の発見者は、ブルーノ・タウトではなく、岸田ら、先見の明のある日本人建築家であったことを明らかにしている(それだけが、主なテーマではないが)。
参考資料 井上章一『つくられた桂離宮神話』(弘文堂)
井上章一『アート・キッチュ・ジャパネスク』(青土社)