一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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今日のことば(34) ― S. ホームズ

2005-11-21 00:00:11 | Quotation
「音楽を演奏したり鑑賞したりする能力は話す能力よりずっと前から人間に備わっていたのだそうだ。音楽を聞くと微妙に心を動かされるのはそんな点に原因があるのだろう。ぼくたちの魂には、世界がまだ出来かけのころのぼんやりした記憶がわずかに残っているのだから」
(『緋色の研究』)

S. ホームズ(Sherlock Holmes, 1854 - ?)
英国のヴィクトリア時代(ヴィクトリア女王の治世:1837 - 1901) を中心に活躍した私立探偵。事務所兼自宅は、ロンドンのベーカー街211Bにあった。
彼の友人の医学博士ワトソンには、コナン・ドイル(1859 - 1930) という小説家の知人がいた。ワトソン博士がドイルに話した、ホームズの冒険譚が長編小説や短編小説集となり、一世を風靡したのは有名な話である。冒頭引用の『緋色の研究』もその長編小説の1冊である。

さて、引用した音楽観は、小説中ではC. ダーウィン(1809 - 82) の説として話されているが、音楽の起源論はともかくとして、かなり音楽の本質を突いていると、小生は思う。
「今日のことば(6)」で取り上げたE. シュタイガーによれば、「叙情詩は〈思い出〉と構造が似ている」という。〈思い出〉といっても、単なる個人的なものではなく、ユング的な用語を用いれば、〈集合的無意識〉に近い記憶のありよう。
つまり「世界がまだ出来かけのころのぼんやりした記憶」である。
禅家では、「父母未生以前の本来の面目」と称する。

そのような無意識/記憶に触れるよすがとしての音楽、という考えは、ホームズが音楽にかなりの造詣をもっていたことの1つの証しであろう(ちなみに、ホームズは、16世紀ネーデルランド楽派の作曲家オルランド・ディ・ラッススのモテットに関する研究論文を著している)。

参考資料 コナン・ドイル著、 延原謙訳『緋色の研究』(新潮社)
     小林司、東山あかね『真説シャーロック・ホームズ』(講談社)