一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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今日のことば(39) ―― K. ケレーニィ

2005-11-28 06:16:41 | Quotation
「神話の出来事は世界の根底を形づくる。というのは、一切が神話の出来事を基礎とするからだ。神話の出来事はアルカイ(始源)である。神話の出来事が常に老いることも尽き果てることも知らず、克服されることもなく残っているころ、つま底知れぬ太古のある時代、永遠に繰り返される再生によって不滅の姿を現わす過去のある時代に、一切の個別的特殊的なものが特に自己の拠り所とし、また自己形成の原点とする、あのアルカイである。」
(『神話学入門』)


K. ケレーニィ(Karl Kerenyi/Ka'roly Kere'nyi, 1897 - 1973)
ハンガリー生れの神話学者。ブダペスト大学でギリシア哲学を学んだが、1929年のW. F. オットーとのギリシア旅行を契機に、比較宗教学と社会史とを結合させる方法を模索し始める。一方、K. G. ユングとも親交を結び、現代心理学の成果をも知ることになる。
彼の神話に対するスタンスは、上記引用をより端的に示した、
「神話はものごとを説明するためではなく、『基礎づける』(begrunden)ために存在する」
という語にもっとも良く表れているであろう。
ギリシア神話に関する著者として『プロメテウス:ギリシア人の解した人間存在』(法政大学出版局)『ギリシアの神話 英雄の時代』『ギリシアの神話 神々の時代』(中央公論社)、神話学に関しては『神話と古代宗教』(新潮社)などの他に、『物語創作と神話学:トーマス・マンとの往復書簡』などが邦訳されている。

ともに〈アルカイ〉を目指した、ドイツ・ロマン主義の視線が、中世ドイツや古代北欧神話に向ったのに対して、一方、ハンガリー生れのケレーニィのそれが、ギリシアに向ったのは興味深い。それは、単にギリシアに旅したから、という理由ではない。
ユングとの親交に見られるように、そこにはヘレニズムに源流をもつ文化こそが、西欧思想の根底である、という確信めいたものがありそうだ(ユングは、グノーシス主義への関心から、ヘブライズムへその対象を広げていったが)。

このことは、人類全体のアルカイなるものは、理念形としてはあるものの、実際に研究対象にするのはきわめて困難であることを示しているようだ(心理学とても同様。〈集合的無意識〉なるものを想定するにしても、それは〈個別文化〉的無意識の地層に厚く覆われているから)。

参考資料 ケレーニィ/ユング、杉浦忠夫訳『神話学入門』(晶文社)