なんでも人生

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私の車遍歴 My car history

2018-08-26 | 日記
私の車購入で今回の車(ヴォクシーV、4WD)ほど無頓着(性急)であったことはない。理由は12年間22万km乗ったアルファードハイブリッドが故障してレッカーで運び込んだトヨタから修理費が47万円、修理期間1週間と言われ、買い換え時期だと判断。担当セールスマンに「即納、値段手頃、7-8人乗り、4WD、自動ブレーキ付き」の程度のよい中古車はないかと聞いたら、その条件を満たす中古車は見つからず(捜そうとせず)値引きがよい新車を勧められ来店30分ぐらいで購入契約してしまった。納車まで遠出が2度予定がありその日は代車を提供すると言う。

そんなことはどうでもよいが、忘れる前に(認知症が始まる前に)私の車遍歴を記しておこう。
私は高校生の時自動2輪運転免許を塚本の運転試験場で取得、普通免許はアメリカ留学が決まった時、大阪古川橋試験場で2度目の実地試験で取得した(自慢ではないが一度も運転教習場に通ってない)。

私が車を常時運転し始めたのはアメリカアイオワ州(広くて車が少ない)、最初の車は留学先の家にあったVWステーションワゴン。砂利道でスピンして砂利道の怖さ経験、車線変更で隣の車に接触、オイル漏れでエンジンを焼きつけた苦い思い出がある。空冷エンジンのうるさい車だった。

日本に帰り就職、結婚。最初に自分で買ったのが「いすずベレット4ドア」。10年(以上?)中古で2万5千円だったような記憶があるが、新婚旅行(伊豆)に行こうとした時エンジンから煙(多分蒸気)が出て、急遽伊丹空港のレンタカー屋に駆け込みトヨタセリカを借りて行った。セリカは格好いい車で気持ちよく運転していたら静岡あたりでトラックの積み荷に接触され警察を呼んで事故聴取(先方100%過失)。そのベレット、ラジエーターかホースからか蒸気が漏れオーバーヒートでエンスト、水を足して走った思い出がある。


いつ止まるか分からないベレット(それなりに愛着はあった)に別れを告げ、三菱FTO1400cc新車を購入。確か50万円ぐらいではなかったかな(当然ローン)? この車は格好よく、よく走った。宝塚から日帰りで岐阜県の高山まで往復したこともあった。走り過ぎてマフラーに穴が明き自分で耐熱パテ、テープで補修(当然すぐ外れる)、神戸で信号待ちで追突され、私も滋賀県で雪道で滑り前方停止車に追突してしまった。チェーンを未装着の私の過失、相手に怪我がなくて安堵。それから雪道対策(昔はチェーン、今は4WDスタッドレスタイヤ)は怠らない。FTOは5年ぐらい乗ったかな? 

三菱のエンジンに惚れ込み(他を知らなかった)、ギャランΣ2000cc発売とともに購入。FTOに比べゆったりセダン、子供達とドライブ旅行(キャンプ)にもよく行った。信州にスキーに行きオイルショックで日曜日ガソリンスタンド全国的に閉鎖、名神大垣でガス欠、楽しくない思い出もある。

そんなこともあり、4-5年で三菱ランサー1600ccセダンに買い替え、実用的な車で家族旅行、友人と釣り、スキーに活躍。1983年アメリカ赴任が決まり、空港への道中、中古車買取屋に25万で売却。

アメリカNYに赴任した時、車一台(リース)貸与された。シボレーマリブ3800cc、夢に見たアメ車、乗り心地抜群。アメリカ、カナダを走り回った。特にマンハッタンは暇な週末にはよく行った。一度走っている最中に道路に落ちていた金属ワイヤーがドライブシャフトに巻き付き修理、スピード違反1度、駐車違反1度。

マリブは私が通勤で使うので家内は買い物、子供の学校とやはり車は必要(アメリカでは必需品)。しかし彼女は免許がない。そこで私が会社から帰って近所の工場の広大な駐車場で運転の仕方(オートマなので進行は右足でアクセル、止まるのはブレーキ踏むだけ)を教え、実際道路運転(免許取得者が横に乗りLマーク=練習中を掲示)に馴れた頃、近隣警察署で学科(コンピューター押しボタン式)と道路で警官を横に乗せ実施運転試験を受け無事合格。家内の運転免許の原本はアメリカコネチカットである。ちなみに私の日本免許をアメリカ免許に変更する(居住者は義務)とき学科試験があった。家内と同時に隣の画面で試験を受けたが、家内は100点、私は不合格。家内は教習本(英語)を丸暗記、私はなめて見てもいなかった。しかし、私は落第した時点で再試験(同じ問題)が受けられ、何とか及第点でアメリカ免許を発行してもらう。家内が免許を取ったので、車は日本人補習校の掲示板に帰国日本人が750ドル(約10万円)売りに出していたシボレーインパラ4500ccを買う。とにかくでかいフルサイズ。家内は家のガレージからバックで出すとき石垣をこすっていた。2年後帰国する時にアメリカ人同僚に450ドルで売却。

日本に帰りすぐ買ったのがトヨタスプリンター1400cc(?)。まったく普通の車。しかし新車で走行中にいきなりタイヤが破裂。トヨタは私がガラスか金属破片に乗り上げたと言うが決してそんなことはない。

スプリンターに一年も乗らないうちにタウンエース8人乗りに買い替え。視界抜群、乗り心地が良く、家族で北海道、東北などキャンプしながら旅行した。会社の同僚ともスキーに行った(当時東京勤務)。最高のレジャー車だったが、英国勤務が決まり売却。

英国マンチェスターで会社から短期間(新車が来るまで)貸与された車はBMWディーゼル車、音はうるさいが初めて独車の高速走行安定性を経験。幅広タイヤと強いサスペンション。

英国では会社の管理職には社用車に乗れる制度があり、私もVWパサート2000ccを新車を選択。英国国内も走り回ったが、スイスに出張にもこの車を運転して行った(ドーバー海峡はフェリー)。往路はベルギー、ドイツ、スイス、復路は休暇を取ってイタリア、フランス、スペインと旅行を楽しんだ。故障の心配がないという理由でVWにしたのに、英国で坂道(至る所)でパワーブレーキ故障、パニックになったが何とかエンジンブレーキで近くの町のVW販売店に駆け込むとブレーキホースが外れていた。メカは平然とクリップ止め直して「次は自分で簡単に直せるよ」と、これが信頼性が一番高い独新車。しかし高速安定性抜群、ドイツの速度無制限アウトバーンも140kmぐらいで何度か走ったが楽しむどころか超緊張、そこではBMW,ポルシェ、ベンツが時速200kmぐらいでぶっ飛ばしている。
英国人の運転マナー良かったな! 車線変更でウインカー出すと絶対減速して入れてくれる。一昨年北海道の女性ドライバー、私が左車線減少でウインカー出して右車線に変更しようとしたらクラクション鳴らして加速、車線変更を妨害。黒のヴェルファイヤーだったが名前を聞いておけば良かった。 英国でスピード違反1度、駐車違反2度。

1994年帰国、すぐ買ったのがホンダインテグラ。格好は良かったが、実用的でなかったので3年も乗らなかったのでは?

初めてスバル車を買った。フォレスター4WD,ツインターボ2000cc。
この車は私の車遍歴で一番満足度が高い。初めて4輪駆動の威力(氷ノ山の山道を兵庫県から鳥取県まで走破、信州の30cm積雪道を快適走行)を経験、ツインターボ250馬力の加速力に驚嘆。悪路を高速(低速でも)で走ってもショックを気持ちよく吸収してくれるサスペンションは素晴らしかった。7年乗って10万km、タイミングベルト交換に25万円かかると言われ手放した。家内が家のガレージポールに当てリアフェンダーを派手に凹ませた。雨の日に横から20歳の学生に突っ込まれフロントフェンダーを交換。


次に買ったのがホンダフィット、理由は燃費23km/Lの宣伝文句(実際は16kmぐらい)。乗り心地は悪かった(良い表現では軽快)が見た目より車内は広い経済車。

アルファードハイブリッド社用車を退任時に査定価格で買い取り、今年の3月エンジン停止(ハイブリッド用インバーター故障)まで12年間、約22万km乗った。当然いい車だったが、ハイブリッド系故障でエンジン停止はいただけない。今のハイブリッドは電気駆動系故障でもエンジンは動くらしい。

ヴォクシーを5か月間乗った感想はあくまでも実用車(乗り心地悪いが、室内空間はある)。買って3週間目に近隣女性ドライバー(携帯よそ見運転)に追突された。こんな人こそ自動ブレーキ車運転を義務化すべき。

そして忘れてはならない我が家で一番愛され、活躍しているのがダイハツ ハイゼットジャンボ、4WD。購入して6-7年になるがとにかく働き者だ。家内はこの車しか運転しない。

私は今のヴォクシーで終わるつもりはない。次に欲しいのは、マツダCX8(ディーゼル4WD7人乗り)か新型プリウスアルファ(今年中に発売予定)7人乗り4WD。
多分3-4年後になるだろうがその時、体力、知力、資金力がどうか? 
その頃に認知症テストも受けなくてはならない。今日の日付、一度絵を見せられ、数字遊びをさせられ後に先に見た絵を聞かれるらしいがそんなこと若い時からできなかったぞ。言われた時間を円に長短針を書き込まなくてはならないらしいが、私の頭は既にかなりデジタル化している!
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