のんきいきいき So(走) Happy! -櫻庭健一の日記-

いつも笑顔と感謝を忘れずに
甘っちょろいと言われても希望を捨てず生きる
過去の少しの試練はそれで乗り越えたのだから

パラリンピックへの思い入れ

2014年03月07日 12時18分51秒 | Weblog
>私、夢見生のHP本舗“裕遊字的(ゆうゆうじてき)(http://ikiru.jp/)”内、今日の字遊航海
#佐藤真海さん笑顔で聖火走者に ソチパラリンピック(朝日新聞デジタルより)

パラリンピックにはオリンピックとは違った特別な思い入れがある。
障害を十把一絡げにはできない、しない。
その大前提の上。
私も障害者である。
精神障害者。
病名、統合失調症。
そうなってからもう29年になる。

本人はもう治った気でいるけれど。
今も精神科に通院している。
投薬を受けている。
治ったなんて言えるはずがないのである。
お医者様だってさ。
そう簡単には言えないよね。
心の病、完治しましたなんて。
だから私はやっぱり今もって精神障害者なのである。

「手帳」は持っていない。
貰おうと思えば貰えたはずだが、あえて「手帳持ち」になることは拒否した。
もし「特典」が手に入ったら。
ずるずると甘えてしまうような気がしたから。
いわゆる作業所や障害者雇用のお世話になったこともない。

働いたのはすべて「同じ土俵で」であった。
面接や履歴書で正直に病名を告げたこともある。
それによる「明らかな不利」も受けたことがある。
晴れて採用、働き始めてから。
親しくなった(と思った)人に病名を告げて。
明らかにそれが原因での解雇同然の措置を受けたこともある。

病名を告げるのは辞めるとき。
そう決めた。
最後に会社勤めをしたときもその決まりに従った。
就職面接の際。
健康状態「健康」
そういうことにした。
結果私は嘘をついたことになるけれど。
嘘をつかなければ「明らかな不利」を受ける。
今の私はその「嘘」に支えられていると言ってもよいわけで。
そのことは素直に認めなくちゃならないな。

いろいろあった。
辛い思いもした。
今考えるとそれでよかったのだと思っている。
それで私は成長できたから、ステップアップできたのだから。

障害を諦める言い訳にしない。
だからパラリンピックのアスリートに憧れる、共感する。
私は凄いスポーツができるわけじゃない。
走っていると言っても、陸上をやっている人から見ればお粗末なレベルだし。

それでも私は心の病を抱えたことによって「諦める」ことはしたくない。
それだけの理由で何かを諦めたくない。
これからも。
前向きに進んでいく。
障害はハンデではなくて個性。
それを心に刻んで生きたいのである。