つれづれなるままに

日々の思いついたことやエッセイを綴る

寅さんのふるさと「柴又」

2022年08月10日 | 池さんぽ
 京成電車の柴又駅のホームには、映画「男はつらいよ」のスチール写真が沢山掲げられています。柴又駅は映画の撮影にもよく出てきます。そこはすでに寅さんの世界へと突入していきます。柴又駅前には「寅さん」の銅像があります。おいちゃんおばちゃんのだんご屋の方を見返っている姿。妹の「さくら」の銅像もお兄ちゃんの「寅さん」を見送っています。
  
 帝釈天の参道を行くと、原作者であり映画監督の山田洋次氏による「フーテンの寅」の台詞が石碑として建っています。映画の舞台となったおだんご屋のモデルとなった「高木屋老舗」の看板が目に入ります。名物の草だんごをおみやげとして購入しました。店の奥にはテーブルの上に「予約席」の札が置いてある。ここは、寅さん(渥美清)が帰ってきた時の為に用意されている。とのこと。
 
 柴又駅から帝釈天までのおよそ200mの参道には、川魚料理店、団子屋、土産物屋、蕎麦屋などが建ち並び、昔ながらの趣を今なお濃く残しています。帝釈天への参拝客で活気あふれていますが、特に庚申の日には格別の賑わいを見せるようです。参道の先には、帝釈天の二天門が見えてきます。
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銭形平次の碑

2022年08月09日 | 名所
 銭形平次の碑(神田明神境内)

 神田明神本殿の東側にまわると明神下の家並みやビルが見える。その先は秋葉原の電気街である。

 境内の一角「銭形平治の碑」が建立されている。銭形平次は野村胡堂の名作「銭形平次捕物控」の主人公である。平次の住居は、明神下の元の台所町ということになっている。
 此の碑は、昭和45年12月有志の作家と出版社とが発起人となり、縁りの明神下を見下ろす地に建立された。石造り寛永通宝の銭形の中央には平次の碑、その右側には八五郎、通称「がらっ八」の小さな碑が建てられた。

銭形平次といえば、映画の長谷川一夫、テレビの大川橋蔵、舞台の舟木一夫らを思い出す。


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吉祥寺の季節料理店「思い出」

2022年08月08日 | 友人
 三和会懇親会(吉祥寺・思い出)

 吉祥寺に季節料理店「思い出」があります。武蔵野三中の同期生の長谷川勝美氏が長年経営している店であります。中学時代の仲の良い仲間が三人この店に集まった。
 川辺(高橋)和夫氏、秋本和治氏と池内和彦の三人とも名前に「和」が付いていることで「三和会」を名乗っています。川辺氏が中学時代に柔道部で活動していた時の仲間が長谷川勝美氏であり、そのような関係で季節料理店「思い出」に集まったものです。

 食材は、とても新鮮なもので、朝早くから築地で仕入れてきた魚介類の刺身の盛り合わせも美味しかった。美味しい料理を食しお酒を飲んで楽しい会話に弾みました。懇親会では、今時の高校生気質、車の仕組み、同期生のこと、マジック等々の話題で楽しいひとときを過ごした。(2009.12.17)




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マジック教室(8月)

2022年08月07日 | マジック
 今回のマジック教室は村松己巳夫さん1名のみが参加しました。個人授業となりたっぷりと研修が出来ました。
 「復習」では、トランプカードについて二作品を行いました。

 「研修」は、お札の出現です。白い紙を折り畳んでいき今度は開くとお札に変わっているもの。マジック披露ではよく見かける定番の作品です。
 シルクの結び方とフォールスノット。シルクを手で結んでいくといつの間にかほどける状態になっている。ロープに結んだシルクもほどける方法の研修でした。シルクのほどけ結びでは、結び目を付けたままシルクをロープから分離していくものです。最初は難しそうでしたが、村松さんは何回か研修するうちに慣れてきてうまくできるようになりました。そして習得した喜びを表しておりました。93歳となる村松さんは、3年前に始めたマジック教室に当初より参加しております。今では数多くの作品をマスターして披露してくれます。

 マジックは誰でも知っていて世界中で通用するエンターティメントですのでコミュニケーションをとるには最適なジャンルです。

 
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林家正楽師匠の紙切り芸

2022年08月05日 | 演芸

 林家正楽師匠の紙切り「少女と線香花火」

 林家正楽師匠は、客からの注文に対して1分ほどで紙切りをします。
 今回は少女と線香花火、パンダ、柳とカエル、打ち上げ花火などの紙切りを披露してくれました。その中で、「少女と線香花火」を頂きました。紙切りは一筆書きのように切っているので、主題を切った残りの部分も同じ模様が見えます。白い紙で切りますので、作品は色紙をバックに使用して貼り付けて見るととても素晴らしい紙切りが浮かび上がります。紙工芸の格調の高さが表出されています。
 演芸場では、出演者の名前を掲示するときは、落語や講談は黒字で表し、漫才、マジック、漫談、太神楽、紙切りなどは赤字で表現します。赤字で記載した演芸を「いろもの」と表現しております。

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ロダンの「考える人」

2022年08月04日 | 名所
 地獄の門の「考える人」

 上野公園内の国立西洋美術館の庭には、ロダンの「考える人」、「カレーの市民」などが設置されている。ここの庭は無料なのでいつでも誰でもが入れるので、ちょっと寄ってみたらいいですよ。
考える人」は、地獄の門の上から下を見ている状況である。単体の写真が多く見られて有名であるが、地獄の門の一部であると分かる。「考える人」は、オーギュスト・ロダンが制作したブロンズ像である。思索にふける人物を描写している。

 当初は“Le Poète”(詩人)と名づけられていたものである。ロダンは装飾美術博物館の門を、ダンテの『神曲』に着想を得て制作し、それを『地獄の門』と名づけたが、この『考える人』はその門の頂上に置かれる一部分にあたり、地獄の門の上で熟考するダンテを表そうとしたものであると言う説やロダン本人を表している説などがある。


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孔子像(湯島聖堂)

2022年08月03日 | 名所
 湯島聖堂の孔子像

 湯島聖堂の大成殿の前の階段を下りて左に行くと大きな孔子像があります。その孔子像のそばには大きな楷の木が立っております。楷書の字体の基となった楷の木の枝は角度をとって伸びていっています。なるほど楷書の字体のようにはっきりとした枝の曲りであります。

 孔子像は手のひらを重ねて高所から見つめている状況は世界の動向を見ているような感じを受けました。

 現在、湯島聖堂構内に飾られている世界最大の孔子像は、1975年(昭和50年)に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものであります。
孔子像の他、孔子の高弟たち、四賢像(顔子-顔回、曾子、思子-子思、孟子)が安置されています。

 
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新国劇を愛する人たち

2022年08月01日 | 友人
 新国劇を語る会のメンバー

 新国劇を愛する人たちが定期的に集まって懇親のひとときにを持っていました。新国劇は昭和62年9月に島田正吾、辰巳柳太郎により看板を下ろしました。島田正吾、辰巳柳太郎の二人座長が演じてきた演目について、その観劇論を話し合って懐かしんでおります。

 新国劇を愛するメンバーは、劇団若獅子の「大菩薩峠」公演を観劇して机龍之助と島田虎之助の二役を演じた笠原章について、師匠である辰巳柳太郎の机龍之助役と島田正吾が演じた島田虎之助の二役を演じることは大きな喜びであったことであろう。との話で盛り上がっていました。

 新国劇の隆盛時代には、その日の公演が終了すると役者たちは必ず反省会を開いて芝居について徹底的に話し合いをして修正をしてから翌日の公演に臨んでいたとのエピソードもでました。
    辰巳柳太郎が「国定忠治」を演ずる時の名場面。赤城天神の森の場で「加賀の国の住人小松五郎吉兼が鍛えし業物、(万年溜の清水に清めて)俺には生涯てめえという強い見方があったのだ!」との有名な台詞のところは、はじめ(万年溜の清水に清めて)の部分はシナリオのト書き部分であったとのエピソード。そのト書きの部分を辰巳柳太郎は台詞として発してしまった。それが後には受けて今でも継続されている。などの情報も出ておりました。(2013.7.17)

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