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つれづれなるままに

日々の思いついたことやエッセイを綴る

ホヤ

2025年05月08日 | 日記
 宮城県におけるホヤの生産量は全国第1位で、全国の約8割を占めています。ホヤの大部分は養殖されたもので、ホヤの養殖は宮城県で明治時代に始まったとされています。

 ホヤとは、その姿かたちから「海のパイナップル」と称される海産物で、海のミネラル豊富な宮城県を代表する夏の珍味です。ホヤは春から夏にかけては餌を大量に食べ、身も厚くなりグリコーゲンも蓄積するので美味しくなります。従って、ホヤの旬は初夏から秋ということになります。

 宮城県より「ホヤ」が送られてきました。新鮮なものでとても美味しかったです。20代の頃、仙台勤務時代に石巻に行ったときに初めてホヤをご馳走になり、その美味しさに虜となりました。

 
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湯灌と納棺について

2025年04月10日 | 日記

 湯灌と納棺

 親戚の方が亡くなり、葬儀に参列しました。前日は通夜式の前に「湯灌と納棺」の儀式に立ち会いました。


 映画「おくりびと」でこの儀式を説明しておりましたが、実際に目の前で見て湯灌師(ゆかんし)の方の手際のよい仕草は流石であると感心をしました。

 湯灌師は男女二人で担当をします。湯灌とは、安置しているご遺体に化粧を施し、身支度を整える儀式のことで、納棺前に行います。
 最初は参列者が柄杓のお湯を足元から胸までゆっくりとかけていきます。これを逆さ水と呼びます。


 儀式では、男性湯灌師は髪の毛を洗い、男性は顔の髭を剃り、女性は顔の産毛を剃ります。女性湯灌師はご遺体を綺麗に洗い清めます。身体や髪を綺麗に拭いて清め、死化粧をほどこします。

 納棺はご遺体を参加者により棺に移してから、死装束に着替えさせるなどの身支度を行います。足袋や足に巻いた脚絆の紐を旅の途中で外れないように堅結びをします。六文銭は三途の川を渡るために懐に入れます。きれいに化粧をしたご遺体はまるで生きているように見られました。


映画「おくりびと」より

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彼岸のお墓参り

2025年03月19日 | 日記


 先祖が眠る小平霊園に行き、彼岸のお墓参りをしてきました。
 お墓を掃除して花を手向けて、線香を灯してから家族のことの報告をします。
 父や母など先祖の人たちとお話をすると気持ちがよくとてもすっきりします。

 天候に恵まれて風もなく素晴らしい日でした。
 霊園には、白いこぶしの花、ピンク色のサクラソウがきれいに咲いておりました。

 
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元目黒競馬場跡地

2025年03月11日 | 日記
元目黒競馬場記念碑(トウルヌソル号の銅像)

 目黒区下目黒4丁目5丁目の住宅地の一部道路はカーブしています。
 元目黒競馬場のあったところで、カーブしている道は第一コーナーから第二コーナーの部分。

 道を歩いてみるとカーブしているので先が見えない。
今は住宅が密集しているが、競馬場のコース跡が道路として残っているのはとても珍しい場所です。

 目黒競馬場は1907年(明治40年)から1933年(昭和8年)まで東京の目黒に存在した1周1600mの競馬場。第一回日本ダービーは目黒競馬場で開催されました。現在の府中の東京競馬場は目黒競馬場が移転したものであります。

 目黒通りにはトウルヌソル号の銅像記念碑があり、元競馬場と名前の付いた交差点やバスの停留場もあります。交差点から入った住宅街の通りは、元競馬場通りとなっております。


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関口芭蕉庵

2025年02月14日 | 日記
 関口芭蕉庵

 文京区関口の胸突坂の横に「芭蕉庵」の入り口があります。


 江戸時代を代表する俳人松尾芭蕉(1644~1694)が、2度目の江戸入りの後、1677年から3年間この地に住んだと言われております。
 

 芭蕉は「奥の細道」へ出かける前には、神田上水の改修工事の現場管理人として従事しており、水番屋に住んだといわれる。後に芭蕉を慕う人々により「龍隠庵」という家を建てたが、これが現在の芭蕉庵につながる。その後焼失し、現在のものは第2次世界大戦後の建築であります。 
 

 芭蕉庵の池泉は湧水により作られたもので、隣接する「椿山荘」の庭園の水源もこの芭蕉庵の湧水から流れ込んでいたという。
 

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初夢枕札

2025年01月02日 | 日記
 「初夢枕札」とはご存じ宝船に七福神が金銀財宝と共に乗る目出度い帆掛け船の絵に「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」という回文(上から読んでも下から読んでも同じ歌)を書き添えたものです。

 正月の二日の夜にこの回文の歌を三度読んでから枕の下に入れて寝ると良い初夢を見ることが出来るとされています。
 江戸時代の元旦は街中が静まり返る一日で次の二日の朝からの「お宝!お宝!今夜の初夢」と言ってこの札を売り歩く宝船売りが江戸の正月の風物詩でした。

 我が国には初夢で一年の吉凶を占うと言う風習がありますが、一体いつ見るのが初夢なのか諸説があります。元々大晦日(年越しの夜)は寝ない習慣があったため天明時代(1781~1789)頃は元旦から二日にかけての夢が初夢でした。その後これに変わり「事始め」の二日の夜の夢を初夢ととする事が一般的になりました。

 初夢の中身で吉兆を示す有名な言葉に「一富士、二鷹、三茄子」がありますが、富士は「無事」、鷹は「高い」、茄子は「成す」に掛けられた言葉だそうです。この続きもあり「四扇=扇は末広がり」「五煙草=煙が上に登る」「六座頭=怪我がない)からだとか。日本人は古来より駄洒落が好きだったのです。

 なお、万が一悪い夢を見た時は初夢枕札を川に流すことで邪気を払い、水に流したそうです。

 (芝大門更科布屋店主の独り言、電巧社の皆で吉初夢プロジェクトを参考にしました)
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年末ご挨拶

2024年12月31日 | 日記
 令和6年(2024年)の大晦日となりました。
 今年も多くの方と交流が出来、いろいろとお世話になりました。
 感謝申し上げます。

 躰道では、第50回東北地区躰道優勝記念大会が9月に宮城県気仙沼市で開催されたので臨席してきました。この大会が第1回を開催することになった経緯について開会式でお話をする機会がありました。1月には全国範士等競技大会、8月には全国社会人躰道優勝大会で若き躰士たちの活躍状況を観戦できました。
 来年は昭和100年、そして躰道創始者である祝嶺正献最高師範の生誕100年となる記念年です。今年も11月26日の命日に伊東のお墓に報告を兼ねてお参りすることが出来ました。

 マジックでは、池袋マジック教室を毎月開催することが出来ました。TAMCでは毎月の実例会と研修会に参加することができ、メンバーとの楽しい交流も出来ました。マジックの出演依頼も多くなってきました。

 健康面では、体力維持として毎朝のウォーキングと大塚トランパル広場で行われているラジオ体操に参加してから体重も減量できて喜んでいるところです。都内の散策もいろいろと季節の行事に合わせて実施してまいりました。

 来年も皆様方との交流が出来ることを願っております。
 良い新年をお迎えください。
 
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果肉が赤いりんご

2024年12月21日 | 日記
 「なかののきらめき」という名前のりんごを頂きました。

 皮が黄色の玉林と果肉の赤いいろどりを交配して誕生したりんごです。
 2018年(平成30年)に新品種として登録されました。
 長野県中野市の生産者・吉家一雄さんが育成された品種で、最大の特徴は果肉が赤いことです。

 香りが強くほどよく果汁があり、サクランボのようなさわやかな酸味があります。甘みもじゅうぶん感じられ酸味と調和して濃厚な味わいを堪能しました。

 いろいろの果物の新品種が出てきておりますが、果肉の赤いりんごは初めて食することが出来ました。とても美味しかったです。


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忠犬ハチ公のお墓

2024年11月26日 | 日記
 渋谷の駅前の忠犬ハチ公の銅像は、海外からくる旅行者の間でも話題となって写真を撮っている人が多くおります。

 青山霊園には上野英三郎博士のお墓のところに忠犬ハチ公の墓があります。

 上野博士が勤務先の東京大学から渋谷駅に帰ってくるときに毎日出迎えているハチ公の姿を多くの人たちが見守っておりました。ある時に上野博士が勤務中に倒れて帰らぬ人となってしまいました。それでもハチ公は夕方になると毎日渋谷駅まで迎えに出ていました。それを見ていた町の人たちは律儀な犬であると「忠犬ハチ公」と呼ぶようになりました。

 その後、渋谷駅前には忠犬ハチ公の銅像ができるようになりました。銅像の竣工式にはハチ公も参加していたようです。

 青山霊園のハチ公のお墓には「忠犬ハチ公の碑」のと案内がしてあります。


忠犬ハチ公の碑


上野英三郎博士のお墓
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ぐるっと一回り

2024年11月16日 | 日記

 橋本駅

 首都圏をJRでぐるっと一回りしてきました。
 池袋から湘南新宿ライナーで神奈川県の茅ヶ崎まで乗車。そこで相模線に乗り換えます。寒川、厚木、海老名などを通って橋本まで行きます。車窓からは大きな工場が何か所も見えます。穏やかな田園風景もありました。横浜線で八王子へ行くまでは、ニュータウンなどが見えて町の様子が変わって見えます。

 八王子からは八高線に乗り換え、拝島を通ると米軍横田基地の脇を通って高麗川まで行き、川越線に入ると武蔵高萩ではTAMCのメンバーの犬竹一浩さんの屋敷にある大きなケヤキが見えます。的場では東京国際大学第二キャンパスの横を通ります。川越で乗り換え南古谷の鉄橋の下にはゴルフ場でプレーをしているグループいました。新駅の西大宮はスポーツで多くの卒業生を輩出している埼玉栄高校の最寄り駅です。

 大宮から埼京線で池袋まで帰ってきました。ぐるっと一回り電車の旅でした。

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阪神淡路震災メモリアルパーク

2024年10月15日 | 日記
 神戸震災メモリアルパーク(中突堤メリケンパーク)

 平成7年1月17日未明に阪神淡路大震災が神戸を中心に発生して、大きな被害を出した。現在の神戸は復旧、復興して震災の面影を見ることは出来ない。その中で、当時の震災を被災状況を残しているところがあった。

 神戸港の中突堤の中にメリケンパークがある。その一角に神戸震災メモリアルパークがあり、震災で被災した神戸港の一部が当時のまま現状を残している。岸壁は崩れていて、電柱は曲がったままの状態であり、当時の地震の大きさが垣間見える。

 震度7の地震がどんなに大きな衝撃を神戸市に与えたかが、この神戸震災メモリアルパークに震災当時の現状のままに残すことで、地震の恐ろしさを忘れないようにしている。


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両親のお墓参り

2024年07月08日 | 日記
 両親が眠っている小平霊園に関係者が集まりお墓参りをしました。

 父(久)は、昭和61年7月10日 行年76歳
 母(米子)は、平成22年7月12日 行年89歳

 毎年7月の第一土曜日に子供たちが集まり墓参をします。
 東京在住者と群馬県、神奈川県から暑い中を参加しております。

 お墓に並べられた両親の写真が喜んでいるように見えます。

 お墓参りをした後は、食事会です。
 会場は、深大寺白金亭を予約しています。美味しい食事をしながら、参加者から近況が語られ情報を交換する場となります。みんな元気な様子が伺われ楽しい雰囲気が醸し出されています。

 来年は7月5日(土)にみんなでお墓参りをすることを予定されました。

 
小平霊園のお墓             白金亭の建物
 
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79歳の誕生日を迎えて

2024年05月21日 | 日記
 79歳の誕生日を迎えました。昭和20年5月21日生まれです。
 ここまで元気に活動できる身体であったことを喜ぶとともに両親には感謝しております。

 健康の為と元気に生活をするために3つのことを試みております。
①マジックについて
 2012年からTAMC(東京アマチュア・マジシャンズ・クラブ)ボランティア委員として活動をしております。例会や研修会で学んだことをボランティア活動として外部でのマジック出演をしたり、マジック教室を担当してきました。
 この10年間の活動記録を見ると最初の5年間には151回担当をしており、後半の5年は38回と減りましたがこれはコロナ禍の関係であります。豊島区の長崎にあるアトリエクラブでは、2014年~2018年の4年間に「マジック教室」を48回担当しました。現在は2019年から毎月2回豊島区で「池袋マジック教室」として主宰して開催しております。
 豊島区社会福祉協議会の「としまボランティアセンターだより」には毎月、TAMCの広報を掲載してもらっています。
 
②日記を書くことについて
 日記はインターネットのブログ「つれづれなるままに」を毎日記載しております。日々の思いついたことやエッセイを綴っております。2007年から始めて本日まで6325日となりました。現在、ブログ「つれづれなるままに」の閲覧数は666万回となっております。
 ブログ「つれづれなるままに」は、facebookともリンクしています。今も元気で過ごしていることをお知らせする目的もあります。多くの親しい友人からコメントを頂くことは励みとなっております。誠に有難いことです。

③歩くことについて
 学生時代から「躰道」という武道を修練していましたので動くことは好きで苦になりません。毎朝散歩を励行しております。起床は4時頃で、起きたらインターネットを確認したり、ブログの投稿をしております。5時半になると家を出て約1時間歩いていき大塚駅前にあるトランパル広場に行き、6時半から始まるラジオ体操に参加をします。50人ほどの人が毎朝元気に体操をしており、広場のそばを都電荒川線の電車が走っていきます。帰りはイケサンパークを通って、家には7時に着きます。
 昼間も歩いて動くことがありますので一日の平均歩数は15,000歩で約10kmほど歩きます。歩くことの意義は、①体力維持 ②体重減量 ③老化防止です。健康に恵まれていることを楽しんでおります。

 これからも健康に注意しながら社会還元の活動が出来れば良いと考えております。   
 “ 継続は力なり!” 
 今後とも宜しくお願いいたします。

  
 マジック発表会(朝日ホール)    内田光信アメリカ躰道協会会長と

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横浜駅西口界隈

2024年03月31日 | 日記

 横浜駅西口のオブジェ「あら、今日は」

 横浜駅西口の高島屋前の広場には多くのオブジェがあります。

 彫刻家の工藤健氏の作品「あら、今日は」というタイトルの彫刻は、女性たちが街で偶然に出会い挨拶をしているところを表現しているもの。

 黄金色で全身を表現している女性像もあります。

 向かいにあるシェラトンホテルは躰道の親しい仲間の湯浅俊一先生とよく「躰道の組織運営について」打ち合わせをしたところです。

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本八幡界隈

2024年03月08日 | 日記
 市川市本八幡近辺

 都営地下鉄新宿線の終点は市川市の本八幡駅です。
 JR総武線の本八幡駅と京成八幡駅を結んでいるようにクロスしています。

 都営新宿線本八幡駅の周辺は再開発が進んでおります。
 ショッピングセンターが建設中です。
 また高層マンションも多く隣接しております。

 JR本八幡駅近辺は昔からの商店街が活気を出しております。
 自転車が駅周辺に駐輪をしているのは近隣から駅まで利用しているようだ。
 東京へのアクセスも便利な本八幡です。


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