山本伸一は、さらに、「私の信ずるところでは、人間の触れ合いの究極の機軸は、師弟という関係にも求められると思います」と記した。
「教え」「教わる」という師弟の関係は、人生という人間の営みのすべての場面にあり、友好も、この師弟関係を意識する時、最も理想的な形になるのだ。
「つまり、お互いに師であると共に弟子であるといった、深い人間関係への洞察をもって人間の触れ合いがなされる時、友好は最も実り豊か . . . 本文を読む
伸一の第三代会長就任後も、政治権力をはじめ、さまざまな勢力による、学会への攻撃が繰り返されてきた。その攻撃の照準は、いつも会長である伸一に絞られていた。 学会の団結の要であり、前進の原動力ともいうべき伸一を倒せば、同志は分断され、広宣流布は破綻をきたすことになる。
したがって魔は、常に師弟の離間工作に躍起になるのである。 . . . 本文を読む
井上靖は、戸田城聖と山本伸一の師弟の絆に、強く共感したようだ。
「もし恩師がなかったとしたら、今日の自分は無にひとしい存在であったに違いないといったことをお書きになっているのを記憶しております。本当の師弟の関係というものは、そういうものであろうと思います」さらに、井上は記す。
「師との出会を大切にし、それをお育てになったことはもちろんですが、もっと本質的な言い方をすれば、出会を大切にするもしないも . . . 本文を読む
師への賞讃は、弟子の勝利である。伸一は“戸田先生の正義を世に示し、師匠を宣揚するために、書いて書いて書きまくろう!”と決意していた。 学会が、どんなに高く評価されようが、師匠が正しく理解され、讃えられなければ、そこには師の精神の継承はない。学会精神とは、牧口常三郎の、そして、戸田城聖の生き方のなかに脈動しているものであるからだ。いや、仏法そのものが、人の生き方のなかにあるといえよう。ゆえに、日蓮大 . . . 本文を読む
かつて戸田城聖は、彼の事業が苦境に陥り、その再建のために夜学を断念した伸一に、万般の学問の個人教授を続けた。「戸田大学」である。 伸一は懸命に学び、ことごとく吸収していった。ある講義が修了した時、戸田は、机の上にあった一輪の花を取って、伸一の胸に挿した。
「この講義を修了した優等生への勲章だ。伸一は、本当によくやってくれているな。金時計でも授けたいが、何もない。すまんな……」
広宣流布の大 . . . 本文を読む
師弟の魂の結合に勝る団結はない。そして、団結の力が、新しき歴史を開くのである。「一滴の水も大海原に流れこむとき、底知れぬ力を持つようになるものです」とは、中国の文豪・巴金の生命の叫びである。
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伸一に会いたいという一心で始めた唱題であったが、題目の力は、シズの予想をはるかに超えていた。苦にしていた借金が一つ一つ解決し、数年したころには、一切の借金のかたがついた。御聖訓には「題目計りを唱うる福計るべからず」(御書九四二ページ)と仰せである。 . . . 本文を読む
仏法の根本は師弟にある。「師弟の道」がわかれば、自身の人間革命も一生成仏も間違いない。また、広宣流布の永遠不滅の道も開かれる。ゆえに大聖人は「師弟相違せばなに事も成べからず」(御書九〇〇ページ)と仰せである。 . . . 本文を読む
「私はいつ、どこの地にあっても、戸田先生のご指導が、あの師子吼の姿が、瞬時も脳裏から離れたことはありません。そして、常に“先生が今の私をご覧になったら、なんと言われるか”“先生ならば、どうされるか”と自分に問い続け、師の遺志を受け継いで広宣流布に邁進してまいりました」 . . . 本文を読む