山本伸一は、御書を拝していった。
「『悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧にして愚癡の人の心を取って善心を破るといふ事なり』(御書七ページ)
悪知識というのは、誤った教えを説き、人びとを迷わせ、仏道修行を妨げる悪僧らのことをいいます。彼らは、広宣流布に生きようとしている人を、甘言をもって騙し、また、媚びて、言葉巧みに『善』を『悪』と言いくるめ、その人の心を奪って、信心を破っていくと仰せに . . . 本文を読む
しかし、周囲には、学会に偏見をいだき、彼が信心することを快く思わぬ人たちが多くいた。客足も遠のいていった。
頭を抱え込む田森たちに、学会の先輩は、確信をもって訴え、指導した。
「日蓮大聖人は、『此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず』(御書一〇八七ページ)と断言されている。あなたたちが、敢然と広宣流布に立ち上がったから、障魔が競い起こったんです。御書に仰せの通りではな . . . 本文を読む
彼は、一九五一年(昭和二十六年)の一月六日、恩師・戸田城聖が最も窮地に立たされていた時、自宅へ呼ばれ、後事の一切を託された日のことを思い起こした。
戸田は、四九年(同二十四年)秋、出版事業が暗礁に乗り上げると、状況打開のために東光建設信用組合の専務理事として金融事業に着手する。しかし、時代の荒波をもろに被り、事業は悪化の一途をたどった。そして、遂に業務停止という最悪な事態を迎えたのである。新た . . . 本文を読む
既に、この時、学会の支配を企む弁護士の山脇友政と宗門僧らの陰謀によって、伸一は自由に会合にも出席できない状況がつくられていたのだ。
――会長を辞めるのだから、会合に出席して指導するのはおかしい。その話や行動を機関紙誌に報道する必要はない。
結局、伸一に関して「聖教新聞」が伝えることができるのは、海外の訪問や要人との会見などに限られ、彼の会内の活動は功労者宅の訪問や個人指導等に制限された。邪 . . . 本文を読む
山本伸一が聖教新聞社を出て、自宅に向かったのは、午後十時前のことであった。空は雲に覆われ、月も星も隠れていた。
これで人生ドラマの第一幕は終わったと思うと、深い感慨が胸に込み上げてくる。
すべては、広布と学会の未来を、僧俗和合を、愛するわが同志のことを考えて、自分で決断したことであった。彼は思った。
“これからも、学会の前途には、幾たびとなく怒濤が押し寄せ、それを乗り越えて進んでいかな . . . 本文を読む
「学会本部のある本陣・東京は、その底力を全国に示し、“さすが東京だ”“やっぱり東京だ”と言わしめる文化祭にしてほしい。東京は、どんな活動に際しても、学会員が多いだけに、自分が本気になって頑張らなくても、なんとかなるなどと思ってしまいがちだ。しかし、そうした感覚に陥ることこそが“魔”に負けた姿だ。心のどこかで人を頼み、“一人立つぞ!”と決めなければ、本当の力は出ない。すべての力を出し尽くし、自分を完 . . . 本文を読む
広宣流布の道は、戦いに次ぐ戦いである。熾烈な三障四魔との攻防戦である。油断し、息を抜けば、その瞬間に足をすくわれる。万人の幸福と平和のために、自身の一生成仏のために、前進の歩みを止めてはならない。
所領替えの内命が下った四条金吾に、さらに追い打ちがかけられた。主君の江間氏に対して、讒言がなされたのである。
――鎌倉・桑ケ谷での竜象房の法座に、四条金吾らが徒党を組んで乱入して法座を乱したという . . . 本文を読む
たとえ自分が正しく評価されず、賞讃されることがなかったとしても、リーダーや周囲の人を恨んだり、意欲を失うようなことがあってはならない。自分の功徳、福運を消し、成長を止めてしまうからだ。
仏道修行は〝己心の魔〟との戦いであるといえる。〝魔〟はあらゆる手段を弄して、健気に信心に励もうとする人の意欲を奪い、心を破ろうとする。時には〝なんで自分ばかりが、こんなに苦労しなければならないのだ〟との思いをい . . . 本文を読む
「魔」は「殺者」「能奪命者」「破壊」などと訳され、煩悩など、衆生の心を悩乱させ、生命を奪い、智慧を破壊する働きである。そして、この「魔」の頂点に立つのが、「第六天の魔王」である。それは「他化自在天」といわれ、他者を隷属させ、自在に操ろうとする欲望を、その本質としている。だが、「第六天の魔王」といっても、人間に潜む生命の働きなのである。この魔性の生命が人間の心を支配する時、人間は殺者や破壊者の働きを . . . 本文を読む