桃山時代の狩野派ー永徳の後継者たちー
京都国立博物館へ開館5分前につきましたが、
もうすでに100人ほど並んでいらっしぃました。
予想外のすき方です。
永徳の急死によって狩野派は棟梁が居なくなった為に混乱し、
一時的に力を弱め、長谷川等伯の台頭も受けますが、
生き残りのための三面作戦(豊臣家、徳川家、朝廷)が作品で紹介されております。
山楽さんの唐獅子図屏風から始まり、探幽さんの松に孔雀図壁貼付・襖
すばらしい・・・
なお平成館には、ライバルとなった永徳と長谷川等伯の作品が並べて展示されております。
なお等伯は盛んに堺の商人たちと交流を持ち、その中の一人が、私たちの祖、千利休居士
等伯さんが描かれた
『千利休像 春屋宗園賛』(文禄4年/1595)、京都・表千家不審菴にあります。
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