不定形な文字が空を這う路地裏

僕は準備運動をしたことが無い








邪険な23時が身を切るほどの
硬質な糸のように絡みつく
停止ランプが灯りっぱなしの思考の透間
出しそびれた手紙のことは決着がついた
後は願ってもない嘘をまたつくだけ



電話の向こうに居る人は
いつも何かを決めあぐねているように思える
僕の話し方が不味いのか、はたまた
そいつとは一生折り合えないとしたものなのか
いつでも離れてゆく人は
前に居なくなった誰かに似ている



うまく取れなかった耳垢が
大事な言葉を遮断する
聞こえなかった唇の動きは
良くも悪くも意図以上の
たくさんの項目を脳裏に流し込む
上手に別れることが出来ても
たぶん無傷でなど終わるはずがない



青い電灯の下、またしても
約束が嘘に変わることを知る
真っ当で、懸命だからこそ
結末はいつも始末に終えない
人気の無い非常階段でしか
自分の心を晒すことが出来ない
ごきげんよう、時々は僕のことを思い出してください
昨日のテレビのことを思い出すみたいにでいいから



見送っても居ないはずの後姿、どうしてこんなに胸を絞めつける
気持ちが交錯することなど在り得ない、すでに分かっているはずじゃないか
そこには誰も居なかった、そこには誰も居なかった
そこには初めから誰かが居たことなど無かったんだよ
軋む椅子に腰を下ろしたら窓の外で猫が鳴いた
毛並みの悪いあいつはいつでも食べ物を恵んでくれる誰かを探している
自動販売機に飲物を買いにいこう、別に喉など渇いてもいないけど
ここにこうしているよりははるかに何かをした気にはなる
暖房を消して温かい缶コーヒーを飲もう
窓を少し開けて風に震えながら
充満する過去に潜むものを換気しよう
財布から小銭だけ出して
子供のころのように目的地まで走ろう
馬鹿みたいに息を切らせて
あたたか~いと書いてある欄の小さなボタンを押そう
大事なのはきっと実質的に何かをしでかして見せることなのだ
もっと早くもっと何度もそうして見せるべきだったのだけれど
生憎そういうことを積極的にやるのは誰よりも苦手なんだ



部屋に鍵をかけて僕は走った、そこから数百メートルの二台の自動販売機まで
一台のミニバイク、二台の乗用車、一台のパトカーと途中ですれ違う
僕を僕と知らないままみんなすれ違ってゆく、信じられないほどに息が苦しい
ちっとも身体など温まりはしない、季節はもうしっかりと冬なのだ
遠い、見たことも無いようなところまでこのまま走って行けたらなぁと思う
だけど道の先には自動販売機の明りが見え始めている、僕はスピードを上げる、どうしてこんなに簡単に目標など定めてしまったのだろうと後悔しながら、あらん限りの力を使って街角の自動販売機に向かって疾走した
激しく息が切れて眩暈がした、ぜえぜえと鳴きながら販売機にもたれていると
水商売の女が二人不躾な視線を投げかけながらだらだらと通り過ぎた
きっとあいつらは息など切らしたことは無いのだ、チープな恋愛のシナリオの上でしか
長い息を吐いて小銭を取り出した
「ありがとうございました、おやすみなさい!」と可愛い声で自動販売機は言った
今日聞いた中で一番好意的な感触だった
でもここいらの何軒かにはきっと嫌われているのだろうな、とそいつの大きすぎるボリュームに苦笑しながら帰りは歩いた
左足のふくらはぎが少し強張っていた




僕は






準備運動をしたことが無い

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