hokutoのきまぐれ散歩

ブログも12年目、4000日に到達。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。

江古田川沿いに歩く

2017-11-20 05:00:11 | 日記

『ぶらり橋巡り』その62。今回は江古田想い橋〜江古田大橋までぶらりと歩いてみる。江古田川は水源を学田公園(練馬区豊玉北)にもち、練馬区内は暗渠、中野区に入り下徳田橋で開渠となり、江古田の森公園を囲むように流れている。


スタートの江古田想い橋は江古田駅からくるバス通りが上を通る。上流は公園内を流れているが、この橋の左側は住宅地、右側はまだ公園となっている。

川沿いに行くとしばらくは土の道となり、桜が紅葉を始めている。そして次の西原橋からは完全に住宅地を通る。


本多橋の先には本多山公園が広がる。この公園内のハナミズキは、尾崎行雄東京市長が1912年にアメリカにソメイヨシノを送ったお返しとして1915年にアメリカより送られた木の原木がある。それにしても山と付いているのに平たい公園である。


下の原橋から先は川沿いに道がないため、並行した道を歩くことになる。そして、東橋、本村橋と並ぶ。

その次が大橋、上を通るのが江戸道と呼ばれた道で石神井から西落合、雑司が谷を通る古道であった。橋のたもとには昔あった水車小屋のレリーフがある。

不動橋は橋詰に垢離取(こりとり)不動尊が祀られており、大正時代には万垢離(まんごり)という祭事があったとされ、そのレリーフが橋のたもとにある。


歩くと新青梅街道とぶつかるが、橋には江古田大橋(えこたおおはし)とルビが振られている。今まで『えこだ』『えごた』をさんざん見て来たが、ここで初めて濁点のない『えこた』という読み方を発見。


突き当たりが江古田公園であり、妙正寺川と合流する。ここには『江古田原沼袋古戦場』の碑がある。1477年に太田道灌と豊島泰隆間で行われた合戦であり、記録には『江古田原沼袋』の記載があるため、室町時代には江古田という地名があったことがわかる。因みにこの合戦は太田道灌が勝利した。

妙正寺川と江古田川はちょうどY字のように合流するが、以前住んでいたそばにあったあの汚い妙正寺川とは思えない清流になっており、その技術には感心した。公園の中には江古田公園橋、この読み方はなぜか『えごたこうえんばし』である。

二の酉

2017-11-19 05:00:24 | 日記

11月の風物詩には七五三などと並びやはり酉の市が挙げられる。東京では鷲神社(台東区)、花園神社(新宿区)、大国魂神社(府中市)が有名だが、昨年はその始まりと言われている大鷲神社(足立区花畑)までお参りに行った。

今年はというと急に寒くなってしかも天気も悪いため、ご近所の武蔵野八幡宮(武蔵野市)に出かけることにした。

武蔵野八幡宮は元は文京区の水道橋近くにあった吉祥寺村の総鎮守であったが、1657年に発生した明暦の大火後、吉祥寺村の人々がこの地に移ったのを機に寛文年間(1661〜72)に遷座されたものである。つまり、住民とともに移ってきた鎮守ということになる。

場所は五日市街道沿いにあり、吉祥寺駅から10分ほど。夕方に行ったが、入口には提灯が灯され、二の酉ということを示している。参道には露店が並び、その中に縁起物の熊手を売る店が3軒出ている。他にも小さな熊手を一本1000円で売る店なども出ている。


まずは八幡宮にお参りをして、神社で熊手をいただき、古い熊手をお返しするが、もう暗いからか前に1組、後ろに1組とやや寂しい。

それでも参道からは熊手を買ってくれた人に手拍子をして、来年の商売繁盛を祈念する声が聞こえて、今年もあと僅かと実感させられた。

行き損ねた人も大丈夫、今年は30日に三の酉がありますから。

ここ滋賀

2017-11-18 05:00:31 | 日記

アンテナショップ巡り、その26。『三重県』から『奈良県』の前を通り、『富山県』を右に見て橋を渡り、次の交差点を右に曲がると『長崎県』、左に渡ると『滋賀県』というのは日本橋界隈のアンテナショップの位置関係。さらに少し離れた所には山口県、山梨県、福島県などもある。

その中で昨年の富山県・長崎県に次いで日本橋の交差点かど、元の赤木屋証券のあとに『ここ滋賀』というアンテナショップができたのは先月下旬。二階にはレストランもあり、ランチもやっている。


一階は県産品の売り場となっており、店に入ると近江牛や赤こんにゃく、お茶の葉を売っている。さらに色々なお菓子や近江牛カレーの横には銘酒七本槍、猫正宗など沢山の種類の日本酒、鮒寿司に加え、鮒寿司味のポテチなど変わったものまである。


食べ物以外では狸の置物や大津絵を可愛らしくアレンジしたマスコットなど滋賀県でも中々見つからないものが売られている。その中でも私にとって一番目に付いたのはやはり近江牛であった。


二階のレストラン『滋の味』ではランチメニューでふんわり親子丼や近江牛定食、近江一汁三菜定食などがある。三階はテラス席だが本日は雨のためなのか、出ることが出来なかった。


まだ、開店してから日が浅いためか、小雨混じりのあいにくの天気ながら大入り満員。日本橋の新たなチェックポイントが増えた気がする。



ここ滋賀
中央区日本橋2ー7ー1
0362819871

武蔵野文庫〜吉祥寺グルメ

2017-11-17 05:00:11 | グルメ

吉祥寺のカレーの名店という場合に外してはいけない店がいくつかあるが、その一つが今回お邪魔した『武蔵野文庫』という喫茶店である。実は昨年にNHKのサラメシという番組で斎藤晴彦氏がお気に入りであった店と紹介されている。

少し横道にそれるが、斎藤晴彦氏は数年前から何回も吉祥寺でお見かけした。『吉祥寺砂場(移転前)』『ル・ボン・ビボン』『ピッコロモンド(ペスケリアの時代)』、お話をした訳ではないがいつも1人楽しそうに食事をされていたのが急逝されてしまった。

その斎藤晴彦氏が好きだったと聞いて店を探すと東急百貨店の2本裏の通りに発見、静かなお店でご主人が九州のご出身なのか、器は小石原焼を使っている。

店に入ると『お好きなお席にどうぞ』と言われて奥から2番目のボックスに座る。メニューをもらうが、オーダーはカレーセット(1200円)をお願いする。

するとお冷、水の入ったポット、おしぼり。さらに薬味が3種入った小さな皿、ラッキョ・生姜は普通だが、高菜が入っているのはやはり九州の匂いがする。


そしてすぐにサラダが登場。千切りキャベツの上にプチトマト、ゴマドレッシングがかかっている。食べ進めると千切りキャベツの下から玉ねぎやレタスが現れ、中々凝っている。

7、8分後にカレーライス、大きめの小石原焼に乗せられている。名物のゴロッとしたジャガイモと大きな皮つき鶏肉。まずはルーを一口、まずは旨さ、しかし、辛さもじきにやってきて、合わせてスパイスが複雑に混じり合いながら主張する。ジャガイモも鶏肉も大きいのでスプーンで割りながら食べるが、柔らかいのですぐにほぐれたり割れたりする。肉とライス、そしてルー、次はジャガイモとライス。

よく見ると一切れだけ人参。量もかなり多く、その上辛味がだんだん強くなり、ポットでお冷がくる理由が分かる。しかし、食べ終わるまでは水を飲まない主義の私は黙々と食べ続ける。この風味は紅花で食べたスリランカ風カレーに少し似ている。

辛いのをこらえながらも旨さを噛み締めて食べ終わる。そして少し苦目のコーヒー、名物らしい焼きリンゴまでは手が回らなかったのが残念。それにしても美味しかった、御馳走様。


茶房 武蔵野文庫
武蔵野市吉祥寺本町2ー13ー4
0422229107

京成スカイライナー乗車記

2017-11-16 05:00:34 | 日記

『鉄道シリーズ』その187。せっかく成田に来たのならばとスカイライナーに乗ることにした。
成田空港から東京に向かう旅行客を取り合っているのは京成電鉄のスカイライナーとJRの成田エクスプレス、その比較をしてみた。

まず成田エクスプレスであるが、成田空港駅から空港第二ビル駅を経由して東京駅まで行くのが基本だが、最速で東京駅まで53分、運転間隔は30分とかなり便利。さらに特徴としては東京駅から大宮方面、大船方面、新宿・渋谷・池袋方面、高尾方面とJR路線を利用して乗客の利便を図っている。料金は東京までで乗車券1320円、特急券1700円の3020円である。

一方、スカイライナーは成田空港〜日暮里が36分、成田空港〜上野が41分と成田アクセス線の開業以来速さでは勝っている。運転間隔も20〜40分毎と差はない。また、料金も乗車券1240円、ライナー券1230円の2470円と少し安い。

それではと京成成田駅から空港第二ビル駅に戻り乗車しようと見ると何と改札口は隣同士。しかし、客の列は断然JRの方が多く、東京に着いてからのアクセスの良さというか、便利そうに見える点でJR有利なのかもしれない。

ライナー券を購入して5分後に出るスカイライナーを待つ。となりの成田空港駅(第1ターミナル)から電車が入線、殆どが外国人の列に並ぶ。結構、列は長く、また乗車にも荷物が大きいからかかなり時間を要する。

2号車に乗ったが、2人席の一方か、両方に乗っている状況。私も指定された席に乗るが、隣はやってこないため、ゆったりと乗る。すぐに発車するが、成田スカイアクセス線(正式には京成成田空港線)は2010年に印旛日本医大〜空港第2ビルを開通させたものだが、京成本線とは全く違い、新幹線のような造りで殆ど誰もいないようなところを走る。実は京成高砂〜小室は北総鉄道、小室〜印旛日本医大は千葉ニュータウン鉄道、印旛日本医大〜成田空港第2ターミナルは成田空港アクセス・成田空港高速鉄道(第3種鉄道事業者)と鉄道施設は京成が借りているのだが、スピードも160km/hで途中駅の表示も見えない。また、殆どがまっすぐでスピードも安定、とにかく他の私鉄特急、例えばロマンスカーや東武特急などとはわけが違う。ただ、周りの風景は印旛沼周辺の湿地や里山を抜けて行くため、全く楽しくはないが。

気がつくともう東松戸を通過、地下駅の矢切、さらに新柴又まで一気にやってくる。流石に高砂あたりからはスピードも落ちるが、日暮里には30分台で到着、かなりの人が下車する。京成本線を経由していた頃に比べて15分も短縮されたのだから早く感じるのも当たり前だが。

日暮里を出ると地下線に潜り、かつての博物館動物園駅跡を横目に見ながら京成上野駅に到着。するとホームは折り返し乗車を待つ人で一杯であった。

かつて成田空港に行ったことを考えるとその便利さが際立っている。ただ、残念ながらこの利便性をもっと知らしめればと感じた。

新江古田駅(2)

2017-11-15 05:00:25 | 日記

『メトロに乗って』その69。江古田の続き、江古田駅北口の地形はかなり個性的で道も入り組んでいる。錦華学院という児童養護施設、壊れ掛けたような焼き鳥屋、なぜかメロンパン屋などが不規則にならんでいて、その先の袋小路には小さな公園がある。

駅前に戻り、横を見ると国指定重要有形民俗文化財『富士塚』という看板がある。鳥居の方に向かうと浅間神社とある。


そびえ立つケヤキは幹の太さ3.1m、高さ21mもある。山車が神輿を入れる倉庫が立ち並び、本殿の横には富士塚がある。


確かに門の向こうには富士のように石が積まれているが、門の中に入れるのは年末年始、山開きなどわずかな期間に限定されているため、富士登山は断念する。

神社にお参りをした後、南口に出て、先ほどいた新江古田駅まで10分ほどかけて舞い戻る。さらに目白通りを越えて5分ほど行き、バス通りを右に曲がると江古田の森公園に到着。


この公園は江戸時代は鷹狩り場、その後結核の療養所となり、1993年に新宿区の国立国際医療センターへ移転統合後に隣にあった北江古田公園と併合、2007年に現在の姿となった。20mクラスのモミやポプラ並木が残された58911㎡もある公園である。因みにローマ字では『Egotanomori』、やはり中野区はエゴタと読むのが主流らしい。

『エゴタ』と『エコダ』と読み方が2つに分かれるのも不思議な気がして色々と調べたが、練馬区旧江古田町と中野区江古田の関係には色々と説がある。住居表示は西武池袋線江古田駅近くは練馬区旭丘、その隣は中野区江原町、さらに南にいくと中野区江古田になっているのだが、住居表示前は江原町も江古田と言っており、この辺り一帯が元は全て江古田であったという説。

中野区江古田が本村で新田開発をして作られたのが練馬区旧江古田(現在は旭丘などに住居表示が変更されている)で元々離れた土地であったいう説、などである。ただ、いずれにしてもなぜ練馬区は『エコダ』、中野区は『エゴタ』というかは分からず仕舞であった。まあ、どっちでもいいことではあるが。

とんかつ やまいち〜神田ランチグルメ

2017-11-14 05:00:05 | グルメ

仕事が忙しくなったこともあり、最近のランチは小諸そばのたぬきそばで済ますことが増えた。それはそれで美味く、細めの蕎麦にたっぷりとネギを入れて食べるのが好きだ。しかし、たまには違うものも食べたくなる。ちょうど小川町に来たので少し早いけどとトンカツ山一に行ってみた。以前に来た時は臨時休業で入り損ねた店である。

11時開店と聞いていたため、11時5分過ぎに店の戸を開けるとすでにカウンターは満席、広いテーブルにも先客が2人。6番目とは驚いた。さらに他の人のオーダーにもびっくり。先頭にいたおじさんは『カツ丼、カキフライ、上ロースを各一人前』、本当に昼飯か?と思う。私はメニューもろくに見ずに『カツ丼』(1700円)を注文。

店内も少し変わっていて客席はカウンターが6人、しかし1人飛ばしに座るため、3人。広いテーブルも詰めれば8人はいけるが5人、後ろの2人がけは2人と全部で10人。早くも11時15分には待つ人が出てくるが、待つ席は8席+3席ほどもある。

カツが出てくるのを待つ姿も客それぞれ。お茶ばかり飲む人、腕組みして目を瞑る人、私のように携帯をいじるのは少数派でなんとなくストイック、店もシーンとしている。しばらくするとカツ丼の客には千切りキャベツとお新香、他のものを頼んだ人にはとお新香だけが出てくる。手持ち無沙汰のため、ソースをかけてキャベツを食べるが、これが細く千切りしてあり、これは美味い。

オーダーから10分ほどでカツ丼登場。もちろん味噌汁付きである。肉の厚みと脂のノリは十分、旨そうである。一口食べるとカリッとした衣、ジューシーな肉、トロッとした半熟タマゴがかかったコメ、いずれも美味い。

もちろんトンカツの肉も美味いのだが、味付けも素晴らしく、どんどん食べ進めてしまう。この店はタマネギではなく、長ネギ、私の好みである。

カツ丼だけではなく、豆腐とナメコの味噌汁これもいい味。お新香も山椒が効いて箸休めにちょうどいい。気がつくと食べるのは5分足らず、後ろを見るて待合席も満員。とっとと席を立つ。まだ、11時半からなのに。大変美味しゅうございました。


とんかつ やまいち
千代田区神田須田町1ー8ー4
0332533335

新江古田駅(1)

2017-11-13 05:00:04 | 日記

『メトロに乗って』その68。今回は都営地下鉄大江戸線新江古田駅から歩いてみる。この企画をやって気づいたのだが、駅名のルビを読むと『シンエゴタ』となる。しかし、確か西武池袋線江古田駅は『エコダ』だったはずなのだが。今回はこの濁点の位置に注意して町歩きをして見たい。

新江古田駅は目白通りと江古田通りの交差点にあり、駅の所在地は中野区江原町2丁目。また、江古田通りが中野区江原町と練馬区豊玉北のいわゆる区界となっている。


まずは江古田通りを北に向かうが、最初に出てきた居酒屋は『えごた』、しかし江古田通りを示す看板は『EKODA dori』つまりエコダと書かれている。


さらに5分ほど歩くと西武池袋線江古田駅に繋がる商店街となるが、江古田銀座も『エコダプロムナード』となっている。

そして、ごちゃごちゃした横丁を抜けてようやく西武池袋線の駅に着くが、やはり駅名は『Ekoda station』である。さらに駅の所在地を見ると練馬区旭丘、ここで先ほどの新江古田駅も江古田駅も地名はいずれも『江古田』でないことに気がつく。

駅周辺は学生が多い街だけあって居酒屋やラーメン屋、しかも安くて量が豊富そうな店が並ぶ。特にラーメン店にはいわゆるチェーン店があまりなく、特徴のある、しかも小さくカウンターだけの店が多い。ただ、混んでいる店と誰もいない店があるのも面白いところである。

駅の北側に構内を通り渡るが、北側には爆笑問題などの母校、日大芸術学部がある。校舎は新しく、中から出てきた学生たちは個性的であった。(以下、次回)

神泉駅

2017-11-12 05:00:16 | 日記

『井の頭線気まぐれ散歩』その13。今回は神泉駅だが、前回の流れから代官山より神泉駅を目指す。


蔦屋書店から歩き始めるが、ブランド店の本店などに混じり、官公庁や大使館も並んでいる。まず反対側に日銀別館、その隣にはエジプト大使館。普通、どの国の大使館かは国旗でも見ないとわからないが、エジプト大使館の前にはファラオやスフィンクスのレプリカが並び一目でわかる。

その先には都立一商、かつての都立高校からは考えられないモダンな造り。その先には小さな橋があり、西郷橋とある。


下を見ると川ではなく道が通っている。その先、左手には西郷山公園。今は目黒区立の公園だが、明治初期に西郷従道が叔父西郷隆盛が東京に帰ってきたための屋敷用地として購入したが、西郷隆盛は西南の役で没してしまう。その後、西郷従道は自分の屋敷にした際に洋館を建設したが、鉄道省に払下げ、その後、建物は明治村に移築、公園となった。


つまり、西郷山の西郷は西郷従道のことなのである。真ん中が園地となり、少し盛り上がっていて、高台にあるため、周囲が見渡せる。冬の天気の良い時は富士山も見えるようである。


旧山手通りに戻り、先を急ぐと今度はマレーシア大使館が現れる。他にも教会や宗教団体の施設、今は何に使われているかよくわからない屋敷などが立ち並び、国道246号近くになると飲食店も増えてくる。旧山手通りと国道246号の交差点が神泉町である。

交差点を越えて細い道を右折、だらだらと坂を下ると神泉駅への道に出る。これを右に曲がると神泉町から円山町に町名が変わるが、この辺りから左右に居酒屋が目立つようになる。夕方で開店準備をやっている中、少し登りになるともう駅も近い。


駅に出るが、駅舎はホームを5両止められるように伸ばした直後の1996年に新築し、関東の駅100選にも選ばれている。神泉駅は渋谷駅から0.5km、簡単に言うと神泉トンネルを挟んだだけの場所にある。しかし、1933年に帝都電鉄井の頭線ができた当時からある駅で改良後もトンネルを抜けてまたトンネルといった昼でも薄暗い駅である。


古くは明治20年頃に円山町にあった弘法の湯の前で宝屋という芸者置屋を始め、その後料理屋や芸者屋が増えて花街として栄えた。戦後はラブホテルや風俗店が軒を連ねたが、渋谷駅から近いこともあり、駅周辺には若者向けのライブハウスやクラブ、また、銘酒居酒屋も増え、私も降りることが増えた駅である。


蕎ノ字〜人形町グルメ

2017-11-11 05:00:07 | グルメ

9月下旬に飲み友のMくんからメールが入り、ようやく『人形町蕎ノ字』の予約が取れたとの内容。予約は11月に入ってからとのことだったが、もちろん参加することにした。

この店はグルメサイトで以前より知ってはいたが、予約がなかなか取れずに諦めていた店の一つである。場所は甘酒横丁の一本裏通りにあり、目立たない。6時少し前に店に入るとまだ行灯も付いていない。入口すぐには蕎麦打ちスペースもあり、期待させられる。

店はカウンターのみ、中で腰の低い御主人が天ぷらを揚げて、揚げたてを食べるシステム。連れが遅れたのでまずは生ビールで時間つぶし。


蕎麦ゴメにウニを乗せたおしのぎ。小さな蕎麦がきは濃いめの蕎麦つゆで頂くが、静岡産のワサビがよく香り美味い。

少し御主人と話したが、ちょうど1周年だそうで『故郷島田市を中心に静岡県産にこだわった素材を天ぷらを中心に出し、最後に蕎麦で締めてもらう』のがこの店のコンセプトと教えてもらった。


ここでようやく連れもきたので天ぷらに入る。最初は海老から。海老はさいまきと言われる大きさで一人前2尾ずつ、これを塩と天つゆで頂く。特に塩は海老の甘さが引き立ち、美味。

そろそろお酒をと冷酒をお願いするとこちらも静岡県島田市の大村酒造場の3本、いずれも珍しい酒だが、その中から『南部流satoru hibino若竹純米吟醸 生酒』を選ぶ。全く知らない蔵だが、アルコール17度とやや高めのため、ドライだが、フルーティーな酒。長い名前だが、味はシンプルに旨い。

次はカリカリの海老の頭、そしてフワフワなキスと続く。あっさりした太刀魚は炙った刺身と天ぷらの食べ比べ、ホロホロとした身の細かさが楽しめる天ぷらとしっかりとした刺身、随分違うものだ。


魚が続いたが、次はハス。掛川のわずかに取れるハスを紙に巻いて手でいくが、これが繊維が強く、噛み切ったところから糸を引く。


ついで玉取茸という大きく肉厚な椎茸、これを4つに分けたものだが、石搗きも含めて美味い。さらに『なんばん』だが、これはブロッコリー・ナスなど野菜3種の天ぷらに濃い天つゆを掛け、削りたての鰹節をかけたもの。

野菜は出し方も面白いがとにかく素材をうまく生かしている。

魚に戻り、メゴチ、牡蠣と続く。牡蠣の天ぷらはあまり食べないがシンプルに塩で食べると滋味が溢れてくる。そしてサツマイモで箸を休め、穴子の登場。ちょうど良い大きさで、天つゆとよく合う。

最後にアラカルトで贅沢にも雲丹の大葉はさみ揚げ、まあ、不味いわけがない。火を入れてトロッとなった生うにの甘さが最高。


これで天ぷらは終わり、最後は桜えびのかき揚げで天ざるを頂く。蕎麦は細め、喉越しも良く、天ぷらと合わせて食べると美味い。


蕎麦湯を頂き、甘味を食べて大満腹、さらに大満足。お勘定は内緒だが、安くはない、しかし、納得の味。御主人も奥様も若い衆も見事な接客で気持ちよく食べることもできました。すぐにでも、また来たい店である。予算があればでしたけど。


蕎ノ字
中央区日本橋人形町2ー22ー11
0356431566