放菴日記抄(ブログ)

これまでの放菴特集・日記抄から「日記」を独立。
流動的な日常のあれこれを書き綴ります。

時計台と運河紀行2

2022年10月31日 01時00分43秒 | あんなこと、こんなこと、やっちゃいました
 北海道大学植物園には重要文化財となっている建物が複数軒ある。複数棟と言ったほうがいいか。
 その筆頭が国内最古の博物館建築である本館。竣工は明治15年(1882)。
 当初から北海道開拓使の博物場(後に札幌農学校の博物館)として使われており、今も現役の博物館。
 木造建築ながら、アメリカ開拓時代の教会を彷彿とさせる立派な洋風建築。
 外壁は板張り。なぜかメロン色に塗られている(この言い方でいいのか?)。屋根は鉄板葺の亜鉛塗装。銀色に輝く屋根とメロン色の壁。これが夏の緑に映えてなかなかいい。まるで宮沢賢治のお話に出てきそうな博物館。
 中に足を踏み入れると、板張りの床に靴音がゴヅン・・と響く。
 ゴヅン・・ゴヅン・・。しばらく音を楽しむようにゆっくりと歩いてみた。
 洋風建築なのにどうしてこうも懐かしい気持ちになるのか、不思議で仕方がない。
 次男坊はもうとっくに陳列ケースの迷宮の奥。BELAちゃんも先に行っている。僕はやっと剥製ヒグマの前。
 ゴヅン・・ゴヅン・・

 剥製ってやつは微かに死臭が残っている。毛がある個体ならなおさら消しようがない。そして星霜を経た陳列ケースもまた独特の匂いがある。古いペンキ独特の、かすかに酸っぱい匂い。これらの匂いが混ざると不思議な雰囲気を場に醸す。子供の頃、どこかで嗅いだこの匂い。やはり博物館と名のつく施設で嗅いだように記憶している。いちばん古い記憶は上野の科学博物館(旧館)か。そういえば恐竜の博士になるのが子供の頃の夢だったっけ。
 博物学という見知らぬ知の世界への憧れが、この匂いにはあるように思う。木製の陳列ケースだけでも十分博物学へ誘う魔力があるが、そこに陳列されるモノによって魔力はいっそう増幅される。あいにく基礎学力が追いついていないから恐竜の博士にはなれなかったが、それでも知的好奇心を失ったわけではない。何歳になっても好奇心が掻き立てられる瞬間が、確かにあるのだ。ここならば、そういう瞬間を思い出すことが許されているような気がした。
 賢治の話に出てくる博物局十六等官・レオーノ=キュステなどは、こういうところに勤めていたにちがいない。そこまで考えて、なぜ自分が木造の洋風建築に懐かしさを感じるのか思い出した。
 ゴヅン・・ゴヅン・・
 この靴音も僕の記憶を蘇らせる助けになった。
 この音は、かつて父の職場で聞いた靴音だ。東京にあった蚕糸の研究機関。
 あそこは古い建物がいっぱいあった。いまも残っていれば富岡製糸工場並の文化財群だったのではないか。そこの廊下がやっぱり靴音の響くところだった。
 ゴヅン・・ゴヅン・・
 
 目の前にエゾオオカミの剥製と頭骨がある。頭骨もまた微かな死臭を帯びている。
 オオカミとイヌの違いは眉間の出っ張りにあるという。確かにエゾオオカミの頭骨には出っ張りがない。でもオオカミとイヌの区別はもっと社会的なものだったはず。それと眉間の出っ張りはどう連動するのだろう。ずっと前に抱いた疑問を思い出した。恐らくまだ解明されていないのではないか。謎が解ければよし。謎が解けなくても空想の翼は無限の荒野に答えを求めて旅をする。これが博物学の醍醐味ではないか。

 ゴヅン・・ゴヅン・・
 やっと一周。小ぶりな展示室ながらすごい充実ぶり。旅先にて更に旅をした気分。二階にも行きたいが、残念ながら立ち入ることが出来ない。その先にも旅が続いているはずだが・・・。
コメント
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