チャレンジ

楽しく、自然体で生活しながら、チャレンジし、感じ続ける記録です。

謙虚に求めていくぞ

2012-11-04 21:04:23 | 覚えておきたい考え

大きなことを成し遂げるために強さを与えてほしいと神に求めたのに、
謙遜を学ぶように弱さを授かった

偉大なことができるようにと健康を求めたのに、
よりよきことをするようにと病気を賜った

幸せになろうとして富を求めたのに、
賢明であるようにと貧困を授かった

世の人々の称賛を得ようとして力と成功を求めたのに、
得意にならないようにと失敗を授かった

人生を楽しむためにあらゆるものを求めたのに、
あらゆるものをいつくしむために人生を授かった


求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
私はもっとも豊かに祝福されたのだ


--「悩める人々への銘」 ある無名兵士の詩 ------

「この詩はニューヨーク大学の壁に掲げられていて、140年前
にアメリカの南北戦争に従軍した南軍の兵士が記したものとい
われている。」
引用 http://www.geocities.jp/nkkagosu100/page014.html


10月に参加した不良牧師アーサー・ホーランドの講演会でこの詩が紹介された。
謙虚になること、そして「何が幸せで、何が不幸せかを 誰が知っているのか?」
という問いが頭の中に出てきた。

今日、「祈り」という映画を見た。
この詩が映画の中のナレーションででてきた。

私にとってきっと意味のある言葉なんだろうと改めて思った。
でも私は謙虚さを忘れず、まずは求めていこうと思っている。

自分に厳しく

2012-03-21 01:00:57 | 覚えておきたい考え
今、自分自身に頻繁にやってくるメッセージがあることに気が付いた。

そのメッセージは「自分に厳しく」。

私自身が持っている「楽しい」という価値観が長い間ないがしろにされていることに気づき
そこに意識を向けて楽しんでいる間に「自分に厳しく」というもう一つの私の価値観を
忘れていたんだと思う。

大切なことは必ずやってくる。
だから、ここ最近このメッセージを頻繁に受信するようになったんだと思う。

誰かに「あなたは自分に厳しくない!」と責められたわけではない。
最近ふとしたきっかけで知り合った方と食事をしている時に、そのかたは言った。

「私は人にお願いをしない」「人にお願いをしないといけないような付き合いはしない」

自分に厳しいかただなと思った。それと同時に自分自身を窮屈なところにおしこめている
のではないかとも思い、どちらかというと、「自分自身を窮屈なところにおしこめる」
ことについて私の意識は向かっていた。
「私は自分自身を窮屈なところにおしこめていなくてよかった」と。

次に大切な友人から「あなたの言った言葉が気になって、それがどう意味が知りたい」と
強い感情とともに打ち明けられた。
私を責めているわけではないものの、「あなたはどう考えてそれをいったのか?」と
何かを突きつけられるような厳しい感情がそこにあることを感じた。
決して私はその人を追い詰めるつもりも、ひどいことをいうつもりでもなく、逆に友人が
らくになればと思って違った視点を示したものだった。なので、私は、友人が違った視点で
みられるようになるにはどうしたらよいものかと考える場面になった。

そして昨日は私が多くのことを教わっている方から、礼をつくすことについて話を聞かせて
いただく場面があった。
私の非礼な対応について、言いにくいことをあえて言っていただいたものだった。
私はそのことについて厳しい方だなと思ったことに加えて、私はどうすればいいのかと考えた。

それらのメッセージに全て共通するのは「自分に厳しく」。

明日から気持ちをひきしめよう。
きっとこれが今の私にとって大切なことのように思える。





優しいことは強いこと

2012-02-15 23:10:35 | 覚えておきたい考え
あなたに質問です。

「強い人」と聞くとどんな人をイメージしますか。身近にいる人で「強い人」とし
て誰をイメージしましたか?

あなたに質問です。
「優しい人」と聞くとどんな人をイメージしますか。身近にいる人で「優しい人」とし
て誰をイメージしましたか?

身近にいる「強い人」として私がイメージしたのは、私が通っている空手道場のS先生です。
先生は現在50歳。中学時代から空手を始めて以降ずっと空手を続け、20歳代
から指導者をされています。
空手の指導者と聞けば、その強さをおおよそイメージできるのではと思うものの、
恐らく想像以上です。とにかく強い方です。
私の学んでいる空手は護身術の要素を持ったもので、練習でも蹴りや突きは力を抜いて
相手の体に入れます。
S先生はとても熱心に指導をされる方なので、練習相手にもなってくれます。
そんな時、先生はかなり力を抜いて蹴りや突きをいれてくれるものの、たまにとっさの
攻撃で力が十分に抜けきらないこともあります。
そうすると、私は一週間は痛い思いをします。当たり所が悪かった時は一ヶ月以上
体を動かすと痛みました。
私が「強い人」として思い浮かべるのはこのS先生が一番です。

身近にいる「優しい人」として私がイメージしたのは、20年以上も前に出会った
女性のNさんのことです。Nさんは年のころは当時の私の母親よりも少し若いくらい
の年齢の方で、ボランティアで養護施設の子供たちのお世話をしていました。
Nさんから聞かせてもらった施設の様子、そこでの子供達のこと、そんな話から
Nさんの優しさがとってもよく伝わってきました。
私の話もよく聞いていただきました。私の話を聞きながら、時に驚き、喜び、
とても親身になって聞いてくれるので、他の誰にも話さないようなことも話しました。
私が困ったことや、自信をなくした話をするといつも「大丈夫、大丈夫、心配しなくて
もいいわよ」と言ってくれる方でした。
「優しい人」として思い浮かべるのはこのNさんが一番です。

「強い人」、「優しい人」として私がイメージしたS先生、Nさんはあなたが
イメージしたのと同じような人だったでしょうか?

もしかしたら「強い人」、「優しい人」どちらにもが同じ人が浮かんだかもしれませんね。

実は私もそうだったんです。
S先生もNさんも強いし、そして優しい人でした。

強いS先生は、とっても覚えが悪くて間違いばかりする私に熱心にそして心からの指導を
してくれます。
「エーね今の動き、空手だけでなく少しダンスもはいっとるみたいやけど、だんだん
エー動きになっとるよ」と冗談をいいながら指導をしてくれます。
厳しさとともに、大きな優しさを持ってる。
S先生は本当に優しい方です。この優しさに触れると、「よーしもっと頑張ろう、
強くなろう」という気持ちになれます。

優しいNさんは、実はご家族のことが原因で何年間もうつ病に悩んでいました。薬を
飲まないと感情のコントロールが難しい状況で、でも薬を飲むと体質ゆえの体調不良を
きたすのに、そんな薬を飲みながら施設の子供たちの世話をしていたのです。
自分にできることがあるから、自分はやりたいからやる。
優しいだけではない、Nさんは優しくて強い人でした。

Nさんが私に教えてくれた言葉があります。「優しいことは強いこと」。
私に何度も言ってくれた言葉です。

Nさんに対して私自身の弱さを話した時、「大丈夫よ、私はあなたが強いことを
知っているよ。あなたはとても優しい人だから」って話してくれました。
そして「あなたが、もっと強くないたいのなら、もっと優しくなったらいいよ。
もっと優しくなったらきっと強くもなってるよ」と教えてくれました。

「優しいこと」そして「強いこと」、Nさんの話を聞いてから、この二つの言葉が結び
つき、私の中にいつもあります。
「本当に強い人はとっても優しい」、そして「本当に優しい人はとっても強い」とい
うこと私は信じています。
私自身、まだ自分がなりたいほどに全く強くもないし優しくもないけれど、私は優し
く強い人になりたいと思っています。

そして私は誰かが優しさや、強さ(あるいは弱さ)のことで悩んでいたら、きっとお
話をします。
「もしあなたが自分自身のことを優しくないと思ったら、優しくなることを考えるこ
ともできるけど、強くなることを考えて、そして少しでも強くなるように努力をし
て。そうしたらきっとあなたは優しくなっていると思うよ」「もしあなたが自分自身
の弱さに悩んでいたら、強くなることを考えることもできるけど、優しくなることを
考えて、そして優しくなって。そうしたらあなたはきっと強くなっていると思う
よ。」

今日のToastmastersで私がスピーチをした内容をご紹介しました。

日本の飲みをなつかしみ

2008-11-28 23:44:24 | 覚えておきたい考え
日本にいた時は11月の下旬から忘年会シーズンがスタートした、12月末まで毎週金曜日は必ず飲みだった。

デュッセルドルフでもアントワープでも前回宴会的な飲みにいったのはいつのことだろう。きっと誰かの歓送迎会。会社の日本人の仲間と飲みにいったはず。

そういえばデュッセルドルフのアルトシュタットのフィッシュレストランに行ったことを思い出した。仲間と一緒にさんざんワインを飲んだ。高いワインは飲んでいないのに料理よりワイン代のほうがはるかに高くつき、飲まない連中は割り勘になっていることに文句を言っていた。

楽しい飲みではあったけれど、そこで話したことは全く覚えていない。発散の場になっていたんだと思う。
そういえば帰りにカラオケに行って、みんなでさらに発散したんだった。

日本で11月末から12月末にかけて飲みが続いていた時には「今晩はほどほどにしか飲まないぞ」と心に決めて、でもいった場の盛り上がりで調子に乗って飲んでいたことがなつかしい。

心の中の違和感

2008-11-23 23:07:37 | 覚えておきたい考え
窓から外を見ていた。

午後に降り始めた雪は夕方ころには一粒一粒が親指の爪ほどの大きさになり、芝生の上、木々の上、車の上、家々の屋根、外を歩く人の上に降り積もり、全てを真っ白に変えようとしていた。
その手にはのらないと思いつつも、雪が降り出すと外にでて雪の感触を試したくなる。

外は思ったほど寒くなかった。雪は外の世界一面を真っ白に変えはしたものの、車なのか、気の植え込みなのか、その形がわからないくらいに降り積もるつもりはないらしい。

雪の上をあるくと、期待していたような「サクッ」という足元の感覚ではなく、「ジュルッ」という鈍い音を立てている。私の歩いた後の歩道には黒いくぼみが残っていく。

子供のころに戻って雪合戦でもしたい気分だけれど一緒に雪合戦をしてくれる相手はいない。しかたなく家に引き返した。

スキーに行ったのは何年前のことだろう。今でも昔のように滑ることができるだろうか。自分でいうのもなんだけど滑っている格好は良かったと思う。形から入るほうだからウエアやスキー用品はばっちり決まっていたし、急斜面でなければ上手そうに見える滑りも出来ていたと思う。

スキーではいい格好ばかりをしていたのではなく、そんなことは忘れてチャレンジをしていたこともあった。
これは滑れないと思うような斜面にあえて取り組み、弱虫の自分を克服しようとしていた。無茶もしていたし、無理もしていた。一緒に滑っていた仲間がおじけずくような斜面には真っ先に飛び込んでいった。そのことを素晴らしいと思っていた。

今はどうだろう。同じようなチャレンジをするかな?

真っ先に飛び込むことは今はしないな。飛び込んだ人の様子を見て、どうすればいいか考えると思う。チャレンジする気持ちが薄れたわけでなく、怪我をしたくないから。怪我をすると私が他にやりたいことができなくなるから。

これって、守りに入っているんだろうか。失敗しないようにしようという気持ちが強くなったんだろうか。

足元に感じる違和感とともに、心の中の違和感を感じていた。

人としての素晴らしい生活への支援

2008-11-02 23:19:26 | 覚えておきたい考え
ドイツのテレビ番組で"Vision Hope International(VHI)"というNGOの活動が紹介されていた。

イエメンの高地(2000m)に住む人々の集落には電気も水道も無い。食事などのために使う水は女性が片道1時間以上かけて山をくだったところにある泉からくみだしている。水汲みは一日一回では終わらず女性の一日の時間は水汲みに費やされている。女性は若いうちに結婚をし、それからは水汲みのために学校にいくことができなくなる。

村には雨季にふった雨をためておく水桶がほられているものの、バクテリアが多く食事には使えない。また衣類の洗濯などにも適切ではないものの、やむを得ずこの水を洗濯に使っている。

VHIの活動は①雨季の雨水をより安全な状態で保てる水桶を村に作り、②浄水器を村の住民が使えるようにし、③水汲みに費やされていた時間を少なくすることで女性が学校で学べるようにすること。

ただ単に生活に使える水を確保できるように援助するということではない。水の確保を通じて女性の役割を変えること、それを女性自身および支配的な立場にある男性が理解し、より快適な人間としての生活環境を築くこと。

このためVHIの活動は集落の指導者と話をすることから始まる。指導者の了解を得られた後に集落の男たちと話をする。その後に女性と話をする。これらを通じて集落の人達の考え方が変わっていく。

VHIが行う援助はこれらの啓蒙活動に加えて次のようなことがある。

1. 雨季の雨水をより安全な状態で保てる水桶作り
水桶を掘るのは村の男たちの仕事。VHIのメンバーは安全な水を確保するために適した場所や水桶の構造を伝える。これに加えて水桶をコンクリートで固めるために材料のコンクリートを提供する。

2. 浄水器を村の住民が使えるようにする
浄水器は2種類あり、大きな浄水器は金属製の樽状のものに集落にある石や砂をつめて、上から注ぐ水をろ過する装置。ろ過のためにフィルターは使わない。その土地で交換可能なものしか使わないようにしている。
小さな浄水器はポリバケツをを組み合わせたもので、大きな浄水器でろ過された水を各過程でより安全な水にかえるためのもの。VHIは安全な水を作るための仕組みを集落の人達が理解し、使えるようにし、そのための簡易な機材の材料を提供する。

3. 水汲みに費やされていた時間を少なくし女性が学校で学べるようにする
女性が学校で学ぶことを女性自身および男性が同意できるようにする啓蒙活動を行うと同時に、集落に学校およびそこで教育が実施されるような仕組みおよび資金的なサポートを行う。

VHIのような活動は世界のいろいろな地域で、その地域にあった形で援助が実施されているのだろうと思う。学校がない地域に学校をたてる資金をただ単に提供し、「学校を建てた」素晴らしい活動をした!といっているような援助団体はないのどろうと思うものの、実態はどうなのかなと少し心配になった。

その地域の実態にあったもの、かつその地域の人達がより自律的に継続的に取り組める仕組みを持ち、結果的にその地域の人間としての生活レベルを上げて将来に希望をつなげる仕組みをもった支援、そんな支援が行われているのなら素晴らしいな。

二人のダンス

2008-10-27 07:10:27 | 覚えておきたい考え
土曜日、日曜日と2時間づつダンスのレッスンを受けた。

土曜日はディスコフォックス、ワルツ、タンゴ、ルンバのレッスン。日曜日はスロー、ジャイブ、チャチャのレッスン。

身体ができていないためワルツを踊るのはとてもきつい。ステップは難しいものをしていないから腕や姿勢を含めた身体のコントロールに意識を向けられるのだけれど、動いていない状態でもダンスの姿勢を保つことがとにかくきつい。

「動き出してから姿勢を作ることはできないから、動き出す前に姿勢を作って」と先生に言われる。だから頑張って姿勢を作りその姿勢をダンスの間中保ち続けようとする。実際には保ち続けられないんだけれど、とにかく頑張っていると呼吸がとても浅くなり、呼吸が切れるころには身体が崩れていく。ワルツは本当に手ごわい。

タンゴはワルツのように身体の上下運動や伸びがないからかもしれないけれど、呼吸をしながら踊れていて姿勢もある程度保てる。右ひじが下がらないようにすることと左ひじの張りと角度に気をつけていればそれなりの格好にはなる。

「ワルツはたいへんだ」と思う気持ちが余計にワルツをたいへんにさせているのかも知れない。

ボイストレーニングで時々”ハイC”にチャレンジする時、「この音はすごく高い音だから普通では絶対にだせない。自分の持っているものを全て振り絞ってださないといけない」と思うと、のどや身体に力が入りすぎて”ハイC”は枯れた声になる。逆にのどと身体をリラックスさせてその音のイメージを頭に持ちながらそこに自分の音を持っていくと思って歌うと”ハイC”が出せる。

身体と気持ちは繋がっている。気持ちをリラックスさせることがとても大切。
逆もそうだと思う。身体に力が入ると気持ちに力が入るというか緊張してしまい、あがってしまったり、気持ちの柔軟性がなくなってしまう。

人は人のエネルギーに影響を受けることも、日曜日に先生やとても上手な女性と踊っていて感じた。

ジャイブの単純なステップを練習している時に先生とダンスをする機会があった。
一緒にダンスをしていると私の技術がすぐに変わるはずがないのに動きが変わっていることを感じる。
先生と組んでいる手から伝わってくるエネルギー、それはリズムや力強さやメリハリや動き、動き以外のものでもダンスへの思いや、そんなものまでが伝わってくる感じがする。そして身体が反応する。ステップの伸び、腰の動き、組んでいない手の動きにも切れやリズムそして躍動感がでてくる。
一緒にダンスをするだけで、こんなに変化がおきることはとても不思議な感じがする。

今でも一緒にダンスをした感覚が身体の中にある。

ダンスはパートナーによって変わる。特にラテンにはそんな傾向があるように思う。パートナーの持っているエネルギーに影響を受ける。

私はそんなエネルギーを感じることがとても好き。

誰とでもダンスを踊れるようになることが私の目標。
相手のエネルギーを感じながら、そこに私のエネルギーを合わしたり、逆に私のエネルギーを伝えて相手にそのエネルギーに合わせてもらったり、そしてお互いのエネルギーを使って二人のダンスを踊る。
そんなダンスが踊れるようになりたいな。

ピュアな感覚

2008-10-15 23:33:52 | 覚えておきたい考え
「私の胸の辺りにある感情が、何かに埋もれている感じで、そこに何があるのかが聞き取れない。」
このように答えているとき私の頭の中には昨日のニュースで知った「中国太湖参のシラウオがホルムアルデヒド漬けされたためにその食感がゴムのようだった」というそのシラウオのイメージがあった。

そう、私の感情は本来あるべきでないものに覆われて、本来の姿、感覚とは違うところにあるのだ。

「あなたが今一番いってみたいと思う場所はどこですか?」という質問をもらってから私の感情が開いてきた。

「霧ケ峰に行きたい」と答える。

「今あなたは霧が峰にいると想像してみてください。そこにたつとどんなかんじがしますか?」とたずねられた。

「ここはとても静かな場所。私は風が流れる音を聞いている。雲が流れる音を聞いている。」
「私の周囲でおきていることに意識が向いているという。そこと繋がっている感じがする。」
「私の感覚、意識がピュアになっていく感じがする」

質問によって私の中にあるものが呼び起こされていく。これは今朝のコーチングでの体験。

私の中にあるものはピュアな感覚。ピュアなものが好き。ピュアなものを追い求めている。チャレンジすることが好きなのも、そこに私自身をピュアにさせるものがあるから。

ドイツ、ベルギーに来て2年が過ぎ、ベルギーの仕事を始めて1年が過ぎ、私の中で外部から受ける刺激が減ってきていたのだと思う。別の言い方をすれば、これまでは外からの刺激で、私自身のピュアな感覚を継続できていたものが、最近は外からの刺激だけでは私自身のピュアな感覚が呼び起こされない状態になっているのだと思う。

私が私自身の力で自分自身のピュアな感覚をいつもアクティブにしておくことが大切。そんなことに気付かされた。

チャーミングな人

2008-10-08 04:44:29 | 覚えておきたい考え


ドイツでも経験するしベルギーでも経験する。
日本ではこんなに経験することはなかった。

年をとったから?
自分自身が変化しているの?

それもあると思う。

でもそれよりも、ドイツやベルギーでは大切なこと、だから経験することが多いのかもしれない。

人のエモーショナルな部分に響くこと。人を動かそう、人に動いてもらいたいと思った時にはエモーショナルな部分に響かせることがとても大切。

日本ではそれが仕事だから、それをやることが当たり前みたいな感覚で人に指示をしたりお願いすることが当たり前なように思う。
ドイツやベルギーにもちろんそれはある。だけれどそれだけでは人は十分に動いてくれないように思う。

人のエモーショナルな部分に響くようなコミュニケーションがとっても大切。

そのようなコミュニケーションで接してもらうことが良くある。
昨日もあったな。

言葉だけでなく、その奥から伝わってくる優しさや暖かさ、人をつつみこむような大きな笑顔。体や姿勢、体の動きから伝わってくる親近感。声の大きさ、声のはり、そしてリズムやテンポ。
それらは計算されたものではないと思う。経験から必要とされて身に着けてきた自然なもの。

こちらのリーダーにとっては絶対に必要なもの。これがないと人を動かすことはできない。

私のことばでいうとチャーム。チャーミングでなければ、全てがそうでなくてもいいけれど、チャーミングな部分を持っていないとリーダーは務まらない。

チャーミングな人って好きだな女性も男性も。

これからは女性とゲイの時代

2008-09-30 13:19:40 | 覚えておきたい考え
「男性のまわりに女性が集まるのではなく、力のある女性のまわりに男性が寄り沿う時代」という話をある人Webサイトで読んだ。
この話に大変納得し自分自身の考えをまとめてみた。

変化が急速に進み、予想もできないことが次々とおきる不透明な時代。こんな時代にはコミュニケーション力、バランス感覚、不確実な中で進んでいける勇気を持つことがリーダーに不可欠な条件ではないかと思っている。 

一般的に女性はこれらの点で男性よりも優れているのではないかと感じている。

一方で多くの日本人男性が持っている女性に対する価値観、また多くの日本人女性が持っている価値観が、女性の持つ優れた能力を発揮する上での妨げになつているように思っている。

私が企業の人事部で採用に関わった経験として、面接の対応、学生時代に取り組んできたことなどを聞いていると、ほぼ全ての採用枠を女性で埋めたいと感じることがあった。一方で、非常に優秀だと思って採用した女子学生のうち3年後にその存在が明確な女性は5人に1人いればいいほう。企業に入ってから伸びる確立は男子学生おほうがはるかに高いように感じる。これは私の企業の特徴であって一般的な傾向ではないのかもしれないけれど、女性の強みを生かしながら育成することが、これからの企業戦略にとってたいへん重要だと感じている。女性も自分自身の強みを強く意識して、力を発揮する機会を貪欲に求めていくことが大切だと思う。

「ダイバーシティを推進するには、ゲイを積極的に雇うことが重要なんですよ・・・」という話もこのWebサイトでは語られていた。
これにも大変納得している。

私の組織にはゲイがいるが、彼・彼女?が作り出す空間は周囲に男だとか女だとかをあまり意識させなくなるものがあり、この中世的な感覚が職場のフラット感やオープンなコミュニケーションにとても貢献しているように感じる。

同質なものが集まると競争が始まる。競争は成長にとって不可欠なものだと思うけれど競争だけだと擦り切れてしまうし、変化が激しい時代にはフォーカスを狭くしてしまったり、柔軟性を失わせたり、無用なエネルギーの消費による共倒れの危険をはらんでいると思う。
競争と同時に協同が重要な時代。異質なものが入ってきて、それがしっかり機能するとそこには大きな協同のチャンスがやってくる。

『世界がもし100人の村だったら』の中では同性愛者は10人だと書いてあった。確か女性は53人?だったかな。

女性やゲイがもっと活躍する時代になれば、組織やそして世の中はよいところになるのかどうか私にはわからないけれど、もっと柔軟な場所になる気がする。

私はこんな世の中を期待しているな。

イライラ

2008-09-24 19:56:31 | 覚えておきたい考え
ちょっとしたことにイライラする私がいる。

車で信号待ちをしていて、信号が青に変わったのに直ぐに走り出さない私の前の車にイライラする。
夜の交差点で、交差点を横切る車がいないのに、赤信号でしばらく待たされてイライラする。
高速道路の追い越し車線をゆっくりと走って、走行車線のトラックを追い越していくトラックや乗用車の後ろを走ってイライラする。

要領の得ない話、回りくどい話を聞いてイライラする。
もう少し自分で考えてみたらといいたくなるような相談をされてイライラする。

自分自身の仕事の要領が悪くてイライラする。
仕事の返事がすぐに帰ってこなくてイライラする。

いろいろなことで待たされてイライラする。
私自身がイメージしていたことと違う結果がでてきてイライラする。
私の気持ちがを十分に伝わらなくて、伝えられなくてイライラする。

ダンスが踊れなくてイライラする。
歌の音程がとれなくてイライラする。

天気が悪くてイライラする。
道路にとまっているはとが飛び立たなくてイライラする。

なんでこんなにイライラするのだろうと考えてみた。
イライラする理由は私なりにあることは間違いない。
でも私以外の人は私のようにイライラしないのではないかと思う。根拠はないけれどなんとなくそんな感じがする。
もしそうだとしたら、イライラするのは私自身の問題。
たとえば私の忍耐の問題、私に忍耐が足りないのかもしれない。
忍耐以前に、私が短気だからイライラするのかもしれない。
私がワガママだからイライラするのかもしれない。
これらの理由は全て正しいように思う。

でも、イライラする感覚は最近特に強いように感じる。

何かを急いでいるような気がする。
やりたいこと、やらなければいけないこと、仕事もプライベートもいろんなことが頭の中にあって、そのことであわてているのかもしれない。

私の価値観には『楽しむ』というものがある。こんなにイライラしていてはちっとも楽しくないし、やりたいことであつても、あわててばたばたやったのではちっとも楽しくない。

イライラするのはやめたい。
いややめる!

生きるための力

2008-09-19 03:38:32 | 覚えておきたい考え
『Vitality』(活力・生命力)を高めるためのキーワードは『NEWS』

N:Nutrition 栄養
E:Exercise  運動
W:Water   水
S:Sleep   睡眠

安全で健康的な栄養(食事)をとり、適切な運動を適当な量で行い、安全な水を十分な量飲み、睡眠をしっかりととる。
これを行っていれば『Vitality』が保たれる。『Vitality』の日本語訳は活力、生命力以外に『生きるための力』とも訳されている。

そして『Vitality』は『Emotional』(感情的な健康)と『mental』(心の健康)に大きな影響を与えている。

『Vitality』の領域は極めて個人的な領域に思えるが、個人の集合としての組織は結果として個人の『Vitality』の影響を受けているため、『Vitality』は個々人の問題だけでなく組織の問題にもなる。

このため個々人の『Vitality』を高めることは組織にとっても大切な取り組みになる。組織の中にはさまざまな人がいる。組織からの支援がなくてもすでに素晴らしい『Vitality』を持っている人もいれば、自己管理に問題があり『Vitality』に課題を持っている人もいる。
だから組織としての取り組みの主なターゲットは後者の自己管理に問題があり『Vitality』に課題を持っている人が中心になる。これらの人の『Vitality』を高めることが組織全体の『Vitality』を高めることに繋がる。

今、ここへの取り組みをしようとしている。まだまだ考えることがたくさんあるけれど、いよいよ始められそうだ。


きれいな姿勢

2008-09-15 04:19:43 | 覚えておきたい考え
「姿勢がいいですね」と3年くらい前から言われるようになった。

ドイツに来てボイストレーニングやダンスを始めるようになって、それらのトレーニングをしている間は常に姿勢を意識しているから、その効果がでているのかもしれない。

ダンスはスタンダードとラテンで姿勢が少し違うものの、どちらも背筋はピンと伸ばす。丹田のあたりを意識し下半身はそこを起点とした動きを起こす。上半身は丹田を意識はするもの、腹筋を張ってできるだけ上に持ち上げるようにする。それと同時に胸から肩は緊張感を持たせたまま下方に下げることを意識する。そして首をできるだけ長く見せる。

ボイストレーニングも丹田を意識しそこに重心があることを感じる。その上で腹筋でしっかりと支えながら上半身の力を抜く。背中は決して前にも後ろにもそらせず。丹田の上にしっかりとのっていることを感じる。

私の場合はこれに加えジムに通っているのがいいのかもしれない。

ジムでトレーニングをしている人は姿勢のきれいな人が多い。
これはベルギーやドイツだけでなく日本も同じように感じる。

インターネットで調べてみたら、骨格の大きさはきれいな姿勢にとって大切なものの背筋や腹筋などの発達ががきれいな姿勢に影響を与えるらしい。ジムでは背筋や腹筋を鍛える人が多いから、ジムに姿勢がいい人が多いことも納得がいく。

また一般論として、ベルギーやドイツと日本とを比べると、ベルギーやドイツの人は姿勢がいい。日本でよく見かける背中が丸い感じの人はかなりご年配の人以外で
はほどんど見ることがない。

これは椅子に座る生活習慣や、骨格の違いが大きな影響を与えているらしい。加えて歩き方も違うことに気がついた。日本人はひざから下の部分を曲げながら歩くがベルギーやドイツの人は太ももから下が棒のように一本になって、ひざから下を曲げずに歩く。この歩き方だと上半身が曲がっていると都合が悪い。結果として背中も曲がることなく、そして歩き方も格好がいい。

歩き方は習慣だから、習慣になるまで意識して続けないとすぐに元に戻ってしまう。ベルギーやドイツの人の歩き方を見ながらスマートな歩き方をマスターし、姿勢もよりきれいにしたい。

日本で一番美しいもの

2008-09-13 22:05:12 | 覚えておきたい考え
「ヨーロッパは美しい!」

同僚のクリスの口癖。休暇や仕事でドイツ国内やフランスなどを旅行して帰ってきた時に、「私が旅はどうだった?」とたずねるといつもこの答えが返ってくる。

ヨーロッパは美しい。町並みも、自然も、食事も、お酒も、人々も、文化も、ヨーロッパは美しいと私も思う。

美しくないところもあるけれど、それ以上に美しさが圧倒的な量で存在しているから、全体としてはとても美しい。また、一つの美しさに飽きた時にはヨーロッパの中にはさまざまな個性の美しさがあるから、少し動けばまた新たな美しさに出会うことができる。飽きることがなく美しさを感じ続けることができる。

古代ギリシャ、ローマの時代、ルネッサンス、大航海時代、バロック、ロココの時代、そしてそれらの時代の宗教や宮廷文化はヨーロッパに素晴らしい美を生み出した。

美の創造はそれで終わったわけではなく、現代においてもヨーロッパは美を創造し続けていると思う。ヨーロッパには歴史や町並みと調和のとれた美しい建築物が次々と生み出されている。どこかの国で次々と建設されているような奇をてらい、周囲から浮かびあがるような建築物とは全く異なる。

歴史があることは素晴らしい一方で、新たな価値の創造や未来に向けての変革の足かせにもなるが、ヨーロッパはここに挑戦し、大きな成功をあげている地域が数多くあるように感じる。

建築物以外にもたとえばドイツ工業製品のデザインや、フランス、イタリアのファッションは世界をリードしているし、映画祭にしても世界の映画製作の中心がアメリカであるにも関わらずヨーロッパの映画祭が世界でもっとも権威がある。音楽にして美術にしても、多くの分野で文化をリードしているのはヨーロッパ。

ヨーロッパがこれからも美しい場所、美しいものを生み出し続ける場所であるかどうかは私にはわからないが、そうあり続ける気がおおいにする。

日本にも美しいものはたくさんある。美しいものを生み出す力も今の日本にはある。でも今生み出した美しいものを今後も美しく保ち続ける力があるのか? そして今後も次々と新しいものを生み出し続けることができるのか?
こんな質問について答えを考えてみると、ヨーロッパに感じるような力強い答えが私のなかからはでてこない。

「日本は人が美しいよ」とクリスは言う。

クリスは、日本の女性はとても美しいし、ファッションの平均レベルは世界一だという。そしてクリスは日本を訪れるたびに、日本人の内側にある美しさに触れるという。

大河ドラマ『篤姫』を見た。テレビを見ながら、着物姿が凛とした美しい日本女性からいただいたメールの中にあった『美』という言葉について考えていたらクリスの言葉を思い出した。

「日本は人が美しいよ」
そうだな、日本で一番美しいの人だな。

やっぱり飲みたいな

2008-09-12 20:20:31 | 覚えておきたい考え
禁酒をしたわけではないけれど2週間以上お酒を飲んでいない。
生活習慣の改善に取り組もうと思ったことに加え、アキレス腱の亀裂、さらに足の親指を骨折したためアルコールを控えようとしたことがきっかけ。

最初の2-3日はすごく飲みたい衝動にかられた。私は食事と一緒に飲むのが好きでそうすると食事がとても美味しくなる。これは昨晩もそう思った。でもどうしても飲まないといけないかというと、今は必ずしも飲まなくてもいいかもと思えるようになつてきた。

食事の時にお酒を飲むと食事の後の行動に制限がつくのが困る。

飲むとジムにいけなくなるし、集中してやらないといけないようなデスクワークは飲んだ後は面倒くさくなり「また明日」と先延ばしにしてしまう。毎日飲んでいると結局やろうと思っていたことができなくなる。

いっそこのまま禁酒にしてしまおうか。勝間和代さんは時間と能力とお金を有効に使うためにお酒を飲むことをやめたと本に書いていた。
でもベルギーやドイツに住んでいてお酒を飲まない生活をすることはこちらの生活を楽しむ上での重要な一つの要素を失ってしまう感じがする。

ビール、ワイン、シャンペン、ウイスキー、シェリーなどなど美味しいお酒はたくさんある。アペリティフから始まって食後のお酒まで、食事にはやはりお酒が欠かせない。

こんなことを書いていると美味しい食事と美味しいお酒が飲みたくなった。
今週末には記念日もあるし、来週は楽しい食事会が3度もあるし、とりあえずはそのようなイベントの機会にはお酒を飲むことにして、家では基本的にに飲まないことにしよう。

飲みたくなったら友人との食事でもなんでもイベントを持つ。そうすればコミュニケーションももてるし、一石二鳥だね。