ヒーメロス通信


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「ガラタ橋」 小林稔詩集『砂の襞』(思潮社刊)より

2015年12月24日 | 小林稔第7詩集『砂の襞』

ガラタ橋
       小林 稔



金角湾の対岸に架かる浮橋、ガラタ橋を渡れば
次第にアヤソフィア寺院、スルタンアーメットモスク
シュレイマニエ寺院が視界に迫る。
大きなドームの端から鉛筆のように垂直にそそり立つ塔が
打ち寄せる波の上に揺れ始め
手摺には釣り人が糸を垂れている。
チャイハネでは水パイプをくゆらす男たちの群れ。
ボスポラス海峡を行き来する船の向こうに
アジア大陸が横たわる。
どれほどの種族や文明が交叉したことだろう。
陽は落ち始め、立ち並ぶ塔の狭間に捕らえられていた。
この古びた橋を渡り終えると
入り組んだ急カーブの坂道を昇りつめ
旧市街にあるホテル・グンゴーにやっとのことで帰ってきた。
別名ブルーモスクの壮絶なドームをホテルの窓に見て
名も知らぬ年のころ十四、五歳
少しばかりの心残りと、悔恨の念に駆られるとは。

右に折れ、左に折れ、壊れそうな石の建物の
細い路地をくぐり抜けると、バザールの喧騒が絶たれた。
すると、私の前に幼い男の子が立ちはだかった。
訝しげな眼で見つめていたが
やがて歩き出す、私の手を引いて。
真っ黒な鉄の扉を開ければ、薄汚れた部屋に寝台が一つ
その横に色黒の少年がいて私を見つめ、招き入れた。

いくつもの塔が紺青の空に翳をつけた。
これから辿るであろうアジアへの遠い道の始まり。
私が歩いてきたヨーロッパからの道と分岐する
古くはビザンティウム、そして新しいローマ。
今見るオスマン・トルコのイスラム教寺院と
このイスタンブールの街を、やがて去らなければならぬ。

翌朝、石畳の道を転びそうになりながら
ガラタ橋の袂にきて、足を止めた。
向こう岸はさらに遠ざかり、橋はどこまでもつづいていた。








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