ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

「藁と臓器」 小林稔詩集『遠い岬』より

2016年01月26日 | 小林稔第8詩集『遠い岬』

小林稔第八詩集『遠い岬』2011年以心社より

 

藁と臓器 ――鳥たちの囀りについて

 

物たちをきしませる夕暮れ

消え入りそうな 平たく薄い胸のうちに

血の臓器がしまわれているのを

どうして信じられようか

その弓なりに反った体軀から

いかなる矢が飛ばされるのか

 

夢の痕跡のように

棄てられた貝殻を踏みしめ

海藻が打ち上げられた岸辺を歩く

私をすり抜けていった〈時〉の断層に

夏の少年たちが見え隠れしている

くず折れる体軀を胸にとどめ

彼らが墜ちてきた空を仰ぐが

どうして想起できようか

すばやい動きをする鳥たちが

見えない翼をバタつかせ

一番高い樹の上で鳴いていたのを

 

詩句は流れやまぬ〈時〉に刻印された足跡

恩寵のように到来する詩句は私の記念碑

老いた肉の破片から

郷愁のようによじ登る私の性

すべてが失われた すべては失われていない

振り返ればペンは動きを停止するだろう

いまだ名づけられない事象が 記憶の底で

私の生きるべき道に

絨緞を広げようと待ち構えている

――思い出よ、これらの言葉に讃えられてあれ。

〈時〉が私を滅びへと導いていくが

藁をつかむように言葉をつかみ

風を呼び起こし 歳月に勝利し

詩を求め彷徨い出た人生は夢であったと

とつぜん眠りから醒めたようだと呟くのだろうか

いまは放蕩の終わり 鳥たちのさえずりは

老境の閾を跨いだ私を 彼方への羽搏きに誘う

疾走する少年たちの脚の乱打を遠くに聞きつつ

忘れられた岬へ歩みを進めていく

 

 

     註・〈思い出よ、これらの言葉に讃えられてあれ。〉

プラトン『パイドロス』(250-C)の一節。天空の彼方の思い出

であろうが、なぜか天空から地上を追憶しているような郷愁に

かられる。過去という鏡に反射した光線が未来という鏡に反射

して私の視界を貫いたように。

 

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