ヒーメロス通信


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「異教の血」 小林稔詩集『砂の襞』(思潮社)より掲載

2016年01月03日 | 小林稔第7詩集『砂の襞』

異教の血

   小林 稔



一つの種がもう一つの種とかけ合わせ
新しい花を現出させるように
古くから継がれた文化が、他の地域の文化と混じりあい
喜ばしい収穫を迎えることがある。
仏陀の教えが、タクラマカン砂漠を越え
中国の神仙と合体して、敦煌の壁画に遺された。
だが、文化の次元を異にして悲劇を生み出すこともある。

カブールからまだ明けやらぬ早朝
バーミヤンに向かうバスに乗り込んだ。
着いたのは日が暮れてからであった。
電灯のないこの村では石油ランプが点っていた。
さっそく宿を確保して食事をした。
まもなく宿の主人からもてなしを受ける。
主人が太鼓を叩き歌うと、それにあわせ
二人の男の子が客の周りを跳びはね踊った。
夜も更け、絨緞敷きの床で一枚の毛布に包まり寝た。

朝早く目を覚まし宿の裏手に回ると
二体の石仏が山の背丈いっぱいに立ち、私たちを待ち受けていた。
顔面は無残にもイスラーム教徒によって破壊され
頭上に翼のある馬が一部分残されていた。
車で一、二時間行ったところに
雲一つない空を映したバンデアミールと呼ばれる美しい湖があるという。
トラックの荷台に乗り、砂ぼこりの立つ道を揺られ
たちまちにして白髪になって、まつげにも砂がつもる。
湖に着くと、少年が私を出迎え、彼の引き連れた白馬に跨る。
少年は走り出し、馬は土の盛り上がった湖の縁をぎりぎりに駆けめぐる。
彼はしきりにチップをせがんだので、恐ろしさのあまり小銭を渡すと
こぶしの利いた民謡を歌い出した。

翌日、カイバル峠を越えてアフガニスタンを抜けると
バスは小さな村に立ち寄った。
一人の日本人旅行者から思わぬ事件を聞いた。
エメラルドの青をたたえた湖に、銃口が狙いを定めていた。
やがて全裸で泳いでいたフランス人女性の血が、湖面を赤く染めたと。


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