ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

青の思想/小林稔・詩誌「ヒーメロス」より

2016年08月14日 | ヒーメロス作品

青の思想

小林 稔

 

 

堆積する時の狭間に流れ行く水の

こころに染み入る青の波動は 

止めどなく白い布地を闇にさらす

 

生きて有ることの拠(よ)る辺なさ 

無きものたちへの悔悛と負い目に

青を引き寄せ青に引き寄せられた私がいて

死者は 夏に繁らせた青葉を確実に食んでいる

廻る歳月を迎え入れ どのような花が待たれるというのか

海に指を突き出す半島に太陽が垂直に落ち始めると

辺りいちめんを血の色に染め 刻一刻と青を加えついに空化する

 

終わりのない旅への想いを雲にひたすらゆだねて

巻きとられた織物(タペストリー)を転がし広げれば

すでに後ろに見送ったいくつもの光景が立ち現われ

入り交るひとびとの声がかすかに耳に響く

 

――そびえ立つ尖塔 乳房のようにふくよかなドーム

内奥の闇をしばらく辿り突如として空ける中庭の一角

隠れたる神を讃える声が 蛇のように中央の泉に這い出で

真上の空の青に吸い込まれ いっせいにひとびとは頭(こうべ)を垂れた

青と黄色の幾何学模様の壁から右半身を覗かせる少年が現われると

もう一方の壁の切れ目から瞳を定めた

私の片割れの少年がいる

 

周波する季節に逆立つ傷跡の痛みを覚えて

君たちは若葉の輝きと永遠と信じられた無疵(むきず)なこころを

ひとり私に託し置き 摂理の階段を踏みしめ老いていったのか

引き戻せない途に立ち 世界を思惟する〈わたし〉の紙上の言葉が

海の青と空の青にやがては消える私の

肉体の墓碑にならんことを祈り記すのだ



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