泉
小林 稔
水が足首に触れ流れてゆく。わたしは立ちつくして時間を遡る。足
底にまといつく疲労が泉に溺れた視線を探して。
いくつも重ねられた帳の奥に
見知らぬ者の瞳の閃光。
旅はいつまでつづくのか。おそらく命あるかぎりとはいえそれほど
の長い刻(とき)ではなく、われらの瞬きの間(ま)に間(ま)に跳ぶ矢の一投のように。
それをアランブラーの裁きの内庭に喚起しようと、イスファアンの
王の聳え立つ円蓋の青にこころを塗られつくそうと、あふれんばか
りの光に照らされ称えられてある誕(はじま)りの喩ではないのか。
泉よ、わたしをさらにわたしの暗処に曳きずり込む水の竪琴よ。巻
貝の螺旋を辿るように、いくえにも広がる波動のゆくえをわたしは
追っている。いく度も行く度によみがえり再生する魂は、滅びゆく
身体から剥離することを切望し、羽化する瞬時を狙っている。いか
なる宿命の生に記憶されたのか、僧侶の想いの伽藍の奥に、あなた
の限りある命の音が瀧のように煙っている。
アランブラー・アルハンブラのスペイン語読みで赤い城壁のこと。
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