ヒーメロス通信


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遊戯/小林稔詩集「白蛇」より

2016年08月13日 | 小林稔第3詩集『白蛇』

小林稔第三詩集『白蛇』(旧天使舎)以心社1998年11月刊より

遊戯
小林稔


「きたねんだよ」

 少年の怒声(どせい)が飛んで、寝室の壁に 亮一はブチあ

たった。天井の照明が揺れている。

 亮一は 少年にされるがままだった。抵抗はなかった。

「このやろう」と叫んで、少年は亮一の首につかみかかった。

至近距離で 少年の瞳を凝視した。少年の手が緩んだら少年は

の唇が 亮一のそれに、かすかに触れた。あわてて壁に張り付

いた亮一の体から視線を逸らし リビングに駆け込んだ。

 少年の笑い声がする。テレビの音量が増す。亮一は脱ぎ捨て

てあったズボンとシャツを拾い、ゆっくりと身にまとった。自

分の首に指先を触れてみた。熱かった。知らずに少年の息づか

いを 真似ていた。涙が線を引いて足の指に 落ちた。

 亮一がリビングに現れると、カーテンを降ろした暗闇の中で

ソファーから身をのり出して テレビに釘付けになっていたい

る少年がいた。画面から溢れる光が、少年の目鼻立ちを稲妻を

走らせたように映し出した。亮一は肩を並べた。

 許してくれ。亮一は心の中で叫んだ。裸の膝小僧を握ってい

る少年の手の指が 小刻みに震えている。

 亮一が少年を見つめて笑ったのは不覚であった。少年は視線

を乱した。消し忘れた浴室の明かりが廊下を照らしていた。

 少年は歩いていって蛇口をひねり、指を水に浸して、唇を何

度もぬぐった。

「もう、おれ帰るから」

 少年は昨日と同じ言葉を棒読みする。


 亮一は寝室のワードローブから学生服を引き抜いて、少年に

着せ替える。ズボンに少年の脚を通すため曲げると、ギーとい

う音がする。腕を袖に差し込む度に、少年の前髪が亮一の顔に

触れた。ベルトを締めつけると 少年の上体が浮いて亮一の胸

にバタンと倒れた。

 少年はゲームを終えたように体を起こし、うつむいたまま笑

みを浮かべて すたすたと帰っていった。扉の閉まる音が部屋

中に響いた。





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