ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

美の薔薇・小林稔第六詩集『蛇行するセーヌ』(旧天使舎)以心社2003年12月31日刊行より

2012年05月21日 | 小林稔第6詩集『蛇行するセーヌ』
小林稔第六詩集『蛇行するセーヌ』2003年刊(以心社)


美の薔薇
 小林 稔


 美の薔薇が枯れないように、とシェイクスピアのソネットは始まる。
若さは夏の日のように短く、若者に供わった美は、結婚をして世継ぎに
美を残さなければならない。そうすれば老いて消え失せる美は永遠に滅
びることはないのだと言うが、一方では詩にその美を歌えば、いつまで
も存続する、と詩の意義をも讃美する。
 このソネットを思い起したのは、ある老詩人の家を、私の詩集を受け
取ったと言う彼の返信に気を良くして、大胆にも訪問した時に、そのこ
ろの私の習慣で、外出の折には絶えず詩集を携えていたのであったが、
たまたまソネットを持参していたからであった。大学のゼミで私がミル
トンの失楽園を読んでいることに話が及び、洋書が天井まで届くほどに
積まれた四畳半の部屋で、彼は英詩の二三行をこともなく中空を見つめ
朗誦した。詩のオマージュに少年のような瞳を輝かせていたこの白髪の
老詩人は話を突如、別のベクトルに乗せた。
「君、詩を書くことが男子一生の仕事であるかどうかは別の問題だ。」
 私には、彼が現存する唯一、尊敬する詩人だった。社会的な仕事に携
わる立身出世の道を外れ、言葉に命を託す彼の姿を美しいと思っていた。
彼から見れば、引き返せ、今なら間に合うと思ったのであろうが、そう
するには、毒が致死量に達するほどに、詩の魅力に私は身体ごと浸され
ていた。さして金銭的な苦労も知らず経験も少なく現実をつかみ損ねて
いた。だが、詩を書きたいという衝動に導かれて人生の大半を費やして
きてしまったことに、少しも後悔がない。詩作をすることなく現在に及
んでいると仮定すれば慄然とする想いである。この悲惨な現実をつかむ
には文学のほかに何があるだろうか。戦時中の戦争体験以外に、おそら
く異国を歩いたことがないであろうこの老詩人は、世界中の詩を原語で
読み、詩に思いを馳せていた。私には若さがあったが、すでに詩に挫折
していた。経験が不足していたのは確かである。詩は経験から放たれた
想像力の所産であったが、言語世界と一詩人の経験とは、ほんとうは密
接な関係にある。今にして私は了解する、想像力は経験を土台に飛翔す
るのだと。詩で世界を掌握するには、人生を無に帰すという覚悟を強い
られ、精神の地獄を歩むだろうことは、おぼろげながら分かっていたが、
若さの無分別と情熱は、それさえもロマンチシズムに還元して、危険を
顧みることなく突き進んで行くものだ。人生のゼロ地点から歩き出そう
と決断して、まもなく異国の地に独り旅だったのである。

 友人に逢えなかった私は、これからも一人で生きていかなければなら
ないという自覚を新たにして、自ら進んで旅立ったころを思い、薄汚れ
た白い壁を見つめていた。思いを馳せている私の脳髄で、こつこつとい
う鈍い音が響いた。不意に、今私の立っている地点を確認する。誰かが
ドアを叩いていることに気づき、内側から落とした錠を解いた。半分ほ
ど開いた扉の向こうに、先日訊ねてきた三階に住んでいる、料理の勉強
でこの街に来たという日本人の青年が立っていた。私の力の抜けたよう
な表情を覗き込む所作に気まずくなり、私は視線を落とした。彼の革靴
のうしろに、白い線で縁取られた黒い運動靴があった。誰かがいる。顔
を上げた時、彼の背後に友人の顔が現われた。リュックの帯で、着てい
たジージャンの両腕がうしろに取られ立っていた。その身体が以前に比
べひとまわり小さくなったような気がした。建物のまえでうろついてい
た友人と、連れてきた日本人が偶然に逢ったのだという。友人と私はお
礼を言ってドアを閉めた。二人は台所を通って部屋に入った。七ヶ月ぶり
の再会である。言葉を交わそうとしたが、無言でいる私の身体のどこから
か哀しみが堰を切って流れ出し、友人に倒れかかった。船上で別れた時が、
とてつもなく長い時間を廻って、今この瞬間に繋ぎ合わされたように感じ
られた。やがて知るだろう、縫い合わせることのできない切断面が、この
時は一瞬であれ結ばれたと思った。引き離された悲しみが呼び起こされ、
私に体重を預けられ倒れそうになっている友人を抱擁した。必死で同じ気
持ちをこらえているのだろうか、そんな私の行為に困惑した友人は、私か
らすり抜けてリュックを降ろし、部屋の隅々を見廻した。病気をしていた
こと、飛行機に乗れるか前日まで分からなかったこと、安い航空券で来た
ので空港が直前で変更になったこと、住所を書いた紙を運転手に見せ、飛
行場からタクシーでここまで来たことを、息をつくひまなく早口で私に告
げた。訴えるように告げる彼の表情を見ていると、私の住所だけを頼りに、
見知らぬ街に日本からやって来るのは、どんなに緊張の連続であったこと
だろう、と思って胸が痛んだ。問題を内包したままの東京での生活が、
ここで再び始まるという危惧と、ともに未知の土地へ旅をする喜びが追
いつ追われつ交互に現われ、運命に委ねるしかない心境であった。








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