ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

旅程・小林稔 詩誌「へにあすま」48号掲載

2015年05月02日 | 詩誌『へにあすま』に載せた作品

旅程

                小林 稔

 

 

 

額から一つの道がひろがる

その先はいちめん霧が降りて鎖(とざ)し

歩行を記憶した道の標(しるべ)は色褪せ

いまとなれば砂礫が転がるばかりだ

 

数珠のように次々に送信される

〈時〉の痕跡を追い求め

空があり海があり人があり木があり……

わたしはそれら一つひとつを言葉に換えていく

やがてシンフォニーを形づくる音の旋回

だが、見知らぬものに鼓動の高鳴りを覚えたかつての

旅から旅へ航るわたしを招き寄せ足を掬(すく)ったラビリンス

若い日の追憶を老いていく生の傾斜に重ねてしまうのだ

 

道よ、わたしはこれから何をしようとするのか

砂上に紅い花を愚かにも咲かせようというのか

稲妻の閃光が脳裏に滑り込み

溢れ出る言葉を性急に走り書きするが

一陣の風に鳥の群れが舞い上がり弧を描き散るように

紙片にひかりが射して言葉が瞬時に消え

記憶の断片が無惨にも失われていく

言葉(ロゴス)を呼び寄せるわたしの生とその代価を日々秤にかけ

不穏なグローバル世界の行方を杞憂しながら

神を創った人間の〈こころ〉の深淵を覗いている

 

歳月よ、わたしを連れ出し

死の淵へと向かわせようとするのか

丹念に横糸を〈時〉の流れにくぐらせ

わたしという一つの生を織るために

あの霧の降りた道をひとり歩き始めよう



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