ヒーメロス通信


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[イラクリオンークノッソスの廃墟で」 小林稔詩集『砂の襞』より

2016年01月18日 | 小林稔第7詩集『砂の襞』

イラクリオン
     クノッソスの廃墟で
小林 稔            


海と空にひたすら心を泳がせるなら
五千年の時を耐えた野の傾斜に
まどろむ石に過ぎない旅人のぼくたち
神話の王と伝説の勇者の後先を問うことなく
ふたたび還りつけない時を辿るように
王の間から王妃の間へと
見えない扉に素足をしのばせる
くずれおちた天井からぼくたちの皮膚を照らす
円盤のような太陽の光線
背に刺すような痛みが走る
身体を捩れば 暴れる牛の影が足元に倒れた

旅に終わりはあるのか
スフィンクスの謎はさらに謎を生む
知るとは 無知を白昼の広場に投げ出すことだから
包帯で目蓋をぐるぐるに巻かれ
一人旅の記憶に引き戻される
――ロゴスよ われにこの世に生きる意味を与えたまえ
そのとき少し遅れて 君はもう一つの暗い道を歩いていた
放射状に伸びた道が集まる闘技場で 
ぼくたちは視線を交える
互いの背負う荷が軽く思えて
荷を換えて背負ったがいっそう重い
これから始まるぼくたちの旅が 
もうひとつの誕生の受難であるならば
いつか同じ身体に命を授かることがあるのだろうか

不器用に敷きつめられたモザイクの床に 
流れる黒い血
この世界という迷宮のどこか
ぼくたちを追ってくるのはミノタウロスの影だ
玉座でふんぞりかえったぼくの
突き出した顎をへし折ろうと
牛の頭をすっぽり被ったひとが 
ぼくのまえに立ちはだかった
奪われた両の手首を払いのけ
ぼくはふたつの角をつかんで むしり投げた
なつかしいが見覚えのない 水に映る青空のような 
顔をむき出した青年への殺意は瞬時に萎えた
ぼくの視界からすばやく消えると
反転する鏡の扉から姿を見せた君は
驚いたぼくを窺って横腹抱え笑った  







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