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ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

詩・「水の変成」小林稔――詩誌「ヒーメロス」26号2014年5月10日発行

2014年05月16日 | 「ヒーメロス」最新号の詩作品

水の変成

小林 稔

 

立ち上がれ、

焔のように怒りをこめ、

眼球にめらめらと、

時間の流れに現われる物と理(ことわり)の幻影。

 

緞帳(どんちょう)はすでに降りて

始まりは終わりを吞みこむ蛇のように、

記憶は起源へ遠ざかると

無の無からあらゆる事象が流溢する。

しかもその一つひとつは区別なく

それぞれにすべてを封じこめて

かつての居場所に蕭然(しょうぜん)とある。

わたしの身体を滝は止めなく落ち、

笛の竹を割る音ともなく

胸を裂く弦楽の音ともなく

水の音が次第に声色へ変成する。

いくすじの戯れ、現われ、かつ消え

意思をつなぎながらかたちを整える

わたしのひらいた掌の上で。

 

呪文のように声を迸らせ眼前の扉を押すと

ひかり溢れる広い室内に置かれた椅子と円卓

古びた戸棚を支える漆喰の壁に吊るされた鏡がある。

おまえはここで世界に向けた眼差しと思考で

おまえ自身の年代記を著せよ、という声を聴く。

 

copyright2014以心社

無断転載禁じます。


タペストリー3,4,5 詩誌『ヒーメロス』25号2013年10月25日発行

2013年11月04日 | 「ヒーメロス」最新号の詩作品

タペストリー3,4,5  詩誌『ヒーメロス』25号2013年10月25日発行

小林稔

 

タペストリー 3

 昨日の広場の喧騒が遠くに広げていく視線の先から消えて、頁を改めるように、

この街を去る私の緩慢な足の動きが早朝の空気に駆り立てられ、いつものよう

に少しずつ速められる。街が眠りから解かれ、店先には赤や黄色の果物が歓喜

の声をいっせいにあげ、隣ではカフェの椅子を広場に向けて設えはじめるころ、

台座の上で両腕を広げたブロンズの彫像の建つ広場の中央を人々がせわしなく

通り過ぎる。彼らの背を追うように私も列車の駅に向かった。

 

絶えず私は問いつづけた、おまえは何を見、何を創ろうとするのか。

 

太陽の沈まない白夜、雪の山頂の傾斜に太古から流れる氷河を私は見た。首都

の一角で異民族たちが群れをなし暮らしているのを、白昼の路上、銃で打ち合

う男たちの乱闘を、片手片足をなくした子どもたちを橋上で見た。

 

私は欲求した、一つの精神を、言葉と一緒に立ち上がる一つの肉体を。あなた

の不在を知らせる残り香を求め、重い荷を背負い路地から路地を走り抜けた。

 

 タペストリー 4

 

西から東に延びるいくつもの砂礫の道が集結する古都。ふくよかなドームがそ

びえ立つ寺院に入ると、暗闇の回廊から一気に光の洪水に襲われる。盲者とな

ったわたしは、おまえは限りなく不幸だという空から降りた声に引き寄せられ、

世界の悲惨を重ねて、青い円蓋から散る黄色い花びらが舞うなか、内庭の中央

にある井戸の方によろけながら歩いて行くと、井戸の底にはかすかに水の流れ

る音がして私の耳に届いた。あのとき私は確かに呼ばれたのだ。いまおまえの

いる場所からおまえの血であり肉である身体を異なる人々と知られざる邦に彷

徨わせ、以後のおまえの生は旅人の宿命から遁れることはないという声を。

 

私はいつもひとりだ、生まれたときと同じように、そして死ぬときもまた。し

かし私は、気がつけば人ごみのなかにまみれ、変貌する街を過ぎる人いきれを

吸い込み、旅の記憶をそこに重ねながら、ひたひたと寄せる時を移ろいゆく身

体に刻んでいる。

 

 タペストリー 5

 

歳月にそぎ落とされた形姿はそぎ落されたゆえに、本質にかぎりなく近づいて

いく。風に飛ばされた断片は永遠に失われ、空白を創造で満たそうとしても時

をうしろに見送るようにむなしく、失われた部分を取りつけ原型に近づけるこ

とはさらにむなしいというより愚かな所作である。真なるものは形なく伝えが

たいもの、伝えがたさを伝えるために言葉は書き留められねばならない。

 

祝祭はまた来るだろうか。歓喜の、陶酔の、あなたとの邂逅のエクスタシーの

ただなかで生の横溢を身体に浴びて健康のもとで草むらを転げまわるような。

 

言葉こそがあなたと私をつなぐ橋である。混沌の闇から現われ出るのっぺらぼ

うのあなたが一つの貌を持ち、私のまえに立つとき、あなたの青空のような清

涼な眼差に私は身を焦がすだろう。私があなたと、あなたが私と輪郭を重ね合

わせたいという互いの欲望のなかで一つになるだろう。そのときまで私は言葉

を訪ねつづけるのだ。

 

copyright 2013 以心社

無断転載禁じます。


小林稔、「タペストリー1,2」 詩誌『ヒーメロス』24号2013年6月30日発行

2013年07月08日 | 「ヒーメロス」最新号の詩作品

詩誌「ヒーメロス」24号2013/6/30 

小林稔

 

タペストリー 1

通り過ぎていった時のきれぎれが死の淵へと向かう闇の途上、射しこんだ薄明

に照らし出され、もう一つの時の途が霞んだ空に伸びる、ゆるやかな水の流れ

のように。――そのとき、残され佇んだ私に、見えない縄梯子が降りてきて、

魂を呼び寄せる声がどこからか聴こえはじめ、私の耳底に宿った。

 

夏の庭を裸足で足跡をつけていった少年を追い駆けなければならない。

廃屋の裏手に忍び込み、不在の友人たちと遊んだ秘密の場所で見失われる。

 

ひそひそ話をする声がいくつも交叉する。軒下に吊った鳥籠に忘れられたメジ

ロが枝から枝へ跳ねる。時の縦糸を縫い合わせる脚本は回収されてしまう。

 

防火用水で泳いでいたサンショウウオが樋(とい)から注ぐ雨水で流された。

植えこみの日陰で何十年も経った今でも息をしているのかもしれない。

 

骨抜きにされた午後に、行き場をなくし湿度を含んだ風が、終止符を打たない

ピアノの音を運んでいる。通りを走る車のエンジン音や歩く人の足音に消され

るが、再び訪れた静寂の在りかを探るように微かに絃を打つハンマー音は届く。

 

生まれ出たところから曳いてきた繭の糸を紡いで、どんなタペストリーを織れ

るだろうか。最後のひと吹きで夕陽が沈む時刻には還らなければならない、何

処へと問われるなら、追憶の消滅する場所と答えようか。

 

言葉を一枚一枚結んでいく。死者がこの世への憧憬に導かれ懐かしむように、

かつての私がぬぎ捨てた記憶の衣服を拾い畳んでいる。

  

 

 

タペストリー 2

 

 

神経の枝を伸ばした樹木が横倒れて車窓の額縁から飛び散り、野原は遠方に聳

える尖塔を中心に手前に大きく弧を描いて樹木の跡を追い駆けている。傾きは

じめた太陽が尖塔の縁に架かると一瞬ダイアモンドの光を放射した。

 

人の数だけ世界の終末はある。生まれる命の数だけ世界のはじまりはある。

 

国境をいくつも越え、貨幣をいくつも変え、終着駅のにぎわいを断ち切るよう

に街路に踏み出すと、聞きなれない言葉と群集の足音が耳に飛び込んでくる。

人ごみの向こうから、しきりに手をふっている少年がいた。そこだけ明るい光

が注がれ、いくつもの方向に視線を放つ人々の鉄条網にさえぎられ雑踏に消え

た。画集を広げるが描かれた天使像には行きつかない。私に手をふったのかさ

え定かではなく、たとえそうであろうと、ほんとうの邂逅に出逢うには、自己

の闇に沈潜し、〈私〉という柵の向こうに降り立たなければならないとは。

 

すでに訪れ終え背を向けたいくつもの街々が、一枚のキャンバスに重ね合わさ

れ土地の名が交じり合う。ネーデルランドの夕暮れ、石飾りのファサードの足

許を流れる運河に、地中海の朝焼けに染まる雲の階層のした、水の上、遠くに

近くに自らの影像を水に落とす建物群が重なり、運河を蛇行した黒い水は想い

をラグーナに投げ海に注いでいく。若いころの旅の時間が、老体にひたすら向

かう旅人の身体の襞から剥がされ、やがて存在もろとも煙と消えるだろう。

 

岩が砕け砂になり打ちあげられ浜辺に白い輪郭線を引く。洞窟に逃げ込んだ砂

は海底に沈み、太陽の光を内側の岩壁に反射させ、いちめんに青の粒子を撒き

散らす。私があなたと生涯に一度だけ心身を重ねることがあるとすればここだ。

ドルフィンになって泳ぐ二つの身体は青く染められていく。少年時から魅せら

れてきた青。時の残留物を押しのけ生き永らえた私自身の記憶は、水底から流

出する青の光線のなかで紐解かれ、〈私〉と〈あなた〉の交換は成就する。

 

 

 

 

 

 


『残照』詩誌「ヒーメロス」23号、2012年12月20日発行

2012年12月28日 | 「ヒーメロス」最新号の詩作品

残照

小林 稔

 

闇に浮上したぼくらは長い間一つに溶け合っていた。シーツに包まれ互いの体温

を感じていた。あいつの乳臭い息、にじみ出る蜜のような体液、微睡(まどろ)み

ながらも覚めた五感で捉えていたあいつという存在。一瞬、ぼくは深い眠りの谷

間に墜落した。あいつはぼくから体を離して闇を歩いている。レールを曳いて放

ったカーテンの向こうから光がぼくのいる寝台に届く。あいつの裸体が窓際に見

え、さっきから聞いていた小鳥の囀(さえず)りがいっそう激しくなる。              

 

 

 一、 エアポート

 

君の頭上で飛行機が飛び立っていく

ファインダーから覗く君のおどけた顔

なぜここにぼくを誘ったのかを考えたら

針の突き刺さった胸がひりひり傷んだ

いつかいっしょに君と空を飛べたらと思う

ぼくらは指を絡めたままで

真っ白い階段を駆け降りた

そのとき軽やかに駆け上がる

年上の男女のカップルとすれ違い

ためらったように君が足を止めたのはなぜなんだ

 

記憶を反芻させては

甘い陶酔におぼれる日々が通り過ぎる

いく日かしてぼくのアパートの扉を君は叩いた

夜が明けるにはまだ二、三時間は残っている

お化粧の匂いが君の首筋でして

ぼくに教えない夜のバイトが気にかかる

また一つ思い出を体に刻んで君は帰っていく

君を街で拾った男のもとへ滑り込むんだ

 

ぼくの半身が深夜の道をふらついている

二つに割れたぼくの体の片方を君は盗んで

道端にでも放り投げたのかもしれない

街灯の光が届かない暗がりから

滑走路がのびているのに

剥がれた翼が再生するのを

死のいざないにも勝ち

しんぼう強く待てるだろうか

フィルムを抜き取り昼の光を当てても

あいつの記憶は死に際にまで持ちこたえるだろう

寝台に横たえたぼくの半身は

さらわれた片割れを求め闇の底に沈んでいく

 

 

  二、闇を疾走するシューベルト

 

友人の弟が銭湯帰りの道端を

脛から血をたらしながら走ってくる

どうしたの、というぼくの問いに

そんなこというなよ、とせつない声で答える

そういわれて、ぼくもせつなくなる

きっと生えたての脛毛を剃ったんだ

友人と弟はどういう事情があってか二人で住んでいて

ときどきぼくの部屋にきてコーヒーの粉をくれという

ぼくには弟がいないからどうしようもなく

身を切られるくらい羨望に駆られるんだ

見つかったぞ、とかつてぼくが思ったあいつは

楽園の門扉をぼくのまえで外して見せたが

たちまち地獄にぼくを落とし消えてしまった

弟のいる友人には、ぼくの気持ちはわからないだろう

シューベルトの最後のソナタがラジオから流れている

水が聞こえているね、といない君がささやく

葉むらを震わせる風が音を連れ去って

奏でられたピアノの残響を光の粒子が泳いでいる

闇でガラスの砕ける音を聞いたような気がした

壁だと思っていたところに闇がひろがっている

その空白を充たすものは何か

あの日、ぼくは予言した

性愛とは死者へのはかない憧憬に過ぎないんだと

 

君の首を飾るカラーは白鍵

ぼくの指が滑り込んで

黒い棺に納められた夜を叩く

青磁のふくよかな底に立つ闇がいとほしく

梨をがぶりと齧りつき、たちまちに芯をさらす

 

copyright 2012 以心社

無断転載禁じます。


榛(はしばみ)の繁みで(三)個人季刊誌『ヒーメロス』21号2012年7月20日発行より

2012年08月19日 | 「ヒーメロス」最新号の詩作品
榛(はしばみ)の繁みで(三)
小林 稔

   六、虚妄


暗闇の、
そこだけ明るんでいて、
とつぜん一匹の犬が横切った庭。
病棟の裏手の木戸を越えて、
(そう、きみの家は町医者だった! )
縁側から入ろうとするぼくを
迎えるように、
廊下をすたすたと走って、
ぼくはきみの放つ言葉に
うなずいて首を動かした。
口が語りかけているのに
きみの声が聞こえない。
ぼくはきみが好きだ、
と心で何度も叫んだ。
必死で叫んだが
きみにとどかないぼくの声。
きみは丸い檜の浴槽に首までつかり、
飛び出すと母がきみの体を
石鹸の泡でいっぱいにする。
ずっとぼくにほほえみかけて、
ぼくをこんな暗闇の庭で待たせておくなんて! 

あれから二十数年の年月
きみは何を見て何をし、
何を欲したのだろうか。
その狭間でぼくは
誰かに魂を奪われ、
誰かに唆され、
誰かを傷つけ、
どこかを彷徨い、
どんな生を夢見た?
洪水が肩まで押し寄せ、
ぼくを倒してしまう寸前かもしれないのに。

陰と陽。動と静。
目じりの切れ上がったきみと
目じりの垂れ下がったぼくと
性格の何もかもが反対のきみを
利かん坊だったきみをぼくは見ているだけ、
あこがれを
そっと財布の底にしまっておけなくて、
きみはぼくの何? 
おとうと、兄、親友だった?
幼年期を通り過ぎて一度も会うことはなかったぼくたち!

昔だったら人生半ばと呼んでいたころ、
きみがバイクを車に突っ込んで
死んだらしい、といううわさが
ある日近所の人からぼくの耳に届いた。

それから三十年が過ぎた。
幼年のきみはぼくの白昼夢にたびたび闖入して、
その敏捷でしなやかな四肢でぼくを悩ませる。
(もう、ぼくの胸の中できみを独り占めだ! )
生殖を怠り、この世に分身を残さなかった
ぼくの記憶の中枢で右往左往するぼくの肉体に、
いくつものぼくが増殖しつづける。

やがてぼくが最期の旅支度を始めるとき
枕辺には、ぼくの記憶に生きながらえたきみと
触れ合ったいくにんかの少年たちがつどい
よろけそうになる、老いさらばえたぼくを支え、
かれらと旅立つのだろうか、ぼくは
この世の虚妄から紐とかれて。



注・『ヒーメロス』21号の発表時とは異なる箇所があります。


copyright 2012 以心社 無断転載禁じます。

すでに発表された連作
「榛(はしばみ)の繁みで」
一、死
二、空
三、闇
四、使者
五、摂理
六、虚妄