緑 島 小 夜 曲

春を愛する人は、心優しい人。

新春シリーズの市場編

2011年01月23日 15時22分11秒 | 俳句和歌
豚のあし鶏のあし人の足正月のあしやってくる哉

兔の歌

2011年01月22日 14時55分00秒 | 俳句和歌
うさぎの児
跳び上がる時
思わせる
十三歳の
旧正月よ

新年の句

2011年01月08日 22時59分03秒 | 時事雑感

冬の朝

2010年12月29日 17時54分52秒 | 俳句和歌
 温室効果のせいか、今の冬は昔より暖かかろう。天気予報によると、あしたは零下20度だそうだ。

 小さい頃の真冬の朝に、共用水道が凍りつき、お湯を蛇口にかけないと、使えなかった。ひどかった場合では、焚き木まで手を出す。管理人がいないから、誰それの親が焚き木を持ってきて、火をつけたものだ。水道の前にバケツが長蛇のように並べた。祖父のあとにつき、我がバケツをその長蛇のシッポに。あとは待つことだ。

 祖父がいつも早起きだった。雪の朝は庭の除雪。平日は鶏の糞などを拾う。その焚き木を出して水道を焼くのも実はいつもウチだった。なので、祖父が「水道老李」の名を博した。

 小学校は冬が午前八時から午後五時までだった。寒い朝は蒲団を抜け出るまで、いつもぐずぐずしていた。

 「早く起きなさい!遅刻するぞ!男なのに、寒さに負ける気?」祖父がよく声かけていた。
 
 冬の朝の蒲団はこの世に最高なものだろう。しかし、その最高なものを抜け出ることは容易なことではないようである。『晋書・祖逖伝』には、祖逖と劉琨が鶏鳴を聞いてすぐ起きて剣の舞を稽古することが記される。おそらく祖と劉の時代は冬が更に寒かったろう。その二人が冬の蒲団と剣舞の稽古との選択肢から後者を選んだ。気合が必要である。

 土地が値千金の今。庭どころか、マイホームが買えない若者にとって、鶏鳴を聞くことも稀であろう。

 冬の朝、蒲団と剣舞、あなたはどちらを?
 
 僕は「蒲団の中」に「剣舞」したい。

師走が僅か

2010年12月27日 10時18分22秒 | 心境写生
 教師になってから、半年。師走も僅かあと数日。
 
 たまに大学時代の日本人教師何人かとメールを交わす。高校教師から、校長、大学の非常勤講師まで、みなは自分の居場所に充実しているようである。
 
 今年、親になるのもひとりいる。その先生がゼロから、日本語を教えてくれたものだ。僕が中学校の時、テレビの教育番組で「父が医者です」という一句を真似、暗記したものである。大学一年の最初の会話授業の休憩時間に、「あ、い、う、え、お」も完璧に発音できない僕が勇気満々でその先生に言い出した。

 「ち...ちっが、がいさです」。

 まだ、「しゃしゅしょ」をはっきり発音できなかった僕は「医者」を「いさ」にしたかも。先生が全然見当がつかないような顔をしていた。

 慌ててチョークで「父が医者です」って黒板に書いた。

 なるほど、の先生の顔。その場で、「さ」を「しゃ」に訂正してくれた。

 僕の日本語はそこから始まった。指折り数えてみたら、もう八年半だ。

 どうやら宿命だろうか。日本語と縁が切れない、その中学校時代の「父が医者です」を今日思い出した。

 日本では、「先生」って呼ばれる職業は医者、教師、弁護士など僅かである。

 「父が医者です。僕は教師です。私たちは先生です。」って大声で呼びたい。

 

消寒の風情

2010年12月26日 19時35分49秒 | 民風民俗
 寒い最中の期末。校庭の木々が葉一枚もなく、寂しく立っている。
 試験や授業などがなければ、外に出たくない。家こもりで愛読するものを耽読するが最高だ。
 
 民間では、冬至から「数九」にかけての九九の八十一日の天気や空模様を記す風俗がある。これがいわゆる「九九消寒図」のこと。春を待つ心はこれだけでなかなかなものだ。
 
 
      

 九輪の梅の花、それぞれ九枚の花弁。ちょうど九九の八十一枚。冬至から日ごとにその一枚の花弁を赤く染める。

      

 また、花弁のかわりに、画の同じ九文字『庭前垂柳珍重待春風』(庭の前の柳、元気で春の風を待つ。この九文字はどれでも九画)で描くこともあるらしい。

 まさにイギリスの詩人シェリーの「冬来たりなば、春遠からじ」であろう。あと数日、新年である。

 寒い中、みなさん、風邪引かないように、春の風を待とう。

年の瀬

2010年12月25日 11時03分50秒 | 時事雑感
 言葉にもいろいろな意味がある。たとえこの「年の瀬」はそうだ。
 中国語では「年関」。「関」とは、そんなに簡単に超えて渡るものではない。どうやら厳しく感じる。年末まとめに追われる人々、掃除や新年の準備に忙しい家庭主婦の大軍。誰でも猫の手も借りたい「年関」であろう。
 ところが、日本語の「瀬」を辞書で調べてみたら、幾つかの意味がある。

 1 川などの流れが浅く歩いて渡れる所。浅瀬。「―を渡る」⇔淵(ふち)。
 2 川の流れの急な所。また、海水の流れ。潮流。「―を下る」「潮―」
 3 物事に出あうとき。機会。「身をすててこそ浮かぶ―もあれ」「逢(お)う―」
 4 置かれている立場。「立つ―がない」
 5 そのような点。ふし。
  「かへりて面だたしげなるを、うれしき―もまじりて、大臣(おとど)は御涙のいとまなし」〈源・葵〉
 6 場所。ところ。
  「聞かずともここを―にせむ時鳥(ほととぎす)山田の原の杉の群立ち」〈新古今・夏〉

 「年の瀬」って、意味5がぴったりするのであろう。つまり「年のふし、そのような点」。
 しかし、どうしても意味2、3、4、6もいいじゃないかと思われる。
 
 一年の光陰が川の流れのようで、ようやく「年の瀬」という流れの急なところにやってくる。この急なところが誰それにとって、物事に出会う時や機会にもなる。満員電車の人込みにうんざりする人々、立つ瀬もない、市井に生きる名もなき庶民の姿を思わせる。

 きみにとって、「年の瀬」はどの意味だろうか。

リンゴと苹果

2010年12月24日 18時40分49秒 | 心境写生
 西洋の祝日であるクリスマスは近年来、中国で流行っているようである。
 今日はクリスマスイブで、「メリクリスマス」のショットメールが鳴りつつある。

 町や巷などでは、担ぎ屋さんはりんごを色紙で包んで売っているのをよく目にする。

 「りんご」という発音から、ベルの「りんー」にかけるように聞こえる。サンタクロースとそのトナカイまで思い出させる。クリスマスの雰囲気にぴったり。
 中国語では「苹果」とよんで、「苹」は「平安、平和」の「平」にかける。それに、クリスマス・イブ(Christmas Eve) が中国語で「平安夜」。だから、リンゴが師走に入りあちこちで人気である。

 本省の洛川が全国のリンゴ産地として、名が響く。町をちょっと歩いてみたら、『洛川苹果』のような看板が目立つ。
 お土産として、新年の挨拶にもお勧め!

 
 生活が苦しくなりつつあるこの時代、苹苹安安が何よりである。
 みなさん、メリクリスマス!よいお年を~~~

左の十年右の五年

2010年11月02日 14時11分18秒 | 心境写生
左の十年は、君の十年。右の五年は、我々の五年。
「人は世を去るその前、力を尽くしても一生の道を一筋一筋まで踏んでその足跡を拾う」と、ある物語が語る。今、西安に離れるとは、決して決別ではないが、せつなく思う。
葉っぱさんと『流行記念冊』を言うならば、思い出の洪水が勢いよく流れてくる。その声で我が身を温める女性を、筆致を尽くして賛美したことがある。二輪の花、奥山の渓谷に孤独で香る百合の花。戸に寄て青梅を臭く江南の女子。
気分というものは、ある形をしている物であり、適当な温度で孵化され、翼が伸びて空気を動かす。この間、「自分が三十歳になったばかり」と葉っぱさんが話したことがある。ほら、時は如何に怖いものか。どれだけじっくり過ごしても、行き来を隔て、ピカピカとした窓ガラスも黄色く色あせる。
省図書館の北のパラソルの下に、我々の大学時代、また葉っぱさんと『流行記念冊』を王楚さんと話し合うと、とても感慨無量であった。明るい秋の夕日がほどよくさして、宛ら夜中に名残を惜しむ葉っぱさんのようであった。一切好くていた。
 我が感傷がこの二〇〇五年の空間から飛び離れ、此の夜に、窓外の晩秋の空気に線引いて二〇〇〇年に戻った。今の此の夜、五年という時間が一つの手で軽く拭かれてしまった。
 二〇〇〇年の『流行記念冊』は、コマーシャル少なく、ファースト語り長くていたが、時はちょうどであった。その時、寮は学校の西外れにあり、食事にとても便利であった。そうしても、一人で静かにラジオを聴くために、僕は依然として、夕食を持ち帰って済ませたものである。毎晩の七時から始まった。それが終わって、一人で辺りの機械学院に自習をしに暴走したものである。夏の日入りはとても晩くていたか、機械学院へ進む道は通行人少なかった。日差しが僕の後ろで躍る様子が見えるようであった。その後、そこを通るたびに、当時の僕のような、無邪気、快楽且つ幸福な子供を見つけたい。鞄を背負い、幸福が顔にあふれ、秋の夕日に暴走していた。
 その秋は新しく光をしていた。周章狼狽、孤独、欲しくてたまらないその大きな感傷も五年が経つにつれて、なくなるようになった。しかし、その秋はより鮮明で、宛も歌の中の麗人のように、長く生きていたようである。
 大学卒業時、手紙を片づけていた。可なり厚かった。手にして捨てることは惜しく思った。葉っぱさんへの手紙を開けて見ると、原稿を訂正した時の気持ちなどを思い出した。どうしても悲しくしていた。葉っぱさんは知るわけはないが、僕だけでいいと思った。
 当年の十大優しい作と君を動かす一曲を選出するのは確か二〇〇一年のことであった。その年、本学の東南門の樹々は見事に茂った。繁茂するアオギリが裸にきり整えていた。フィ・王の新しい髪形もすっかりと、短髪であった。生き生きとして希望に満ちたものである。どのような気持ちで書かれたものか、不都合なことでも出るかに心配したり、細事を一つごとに大きくなったりするなど、夜中の偲びをうんだのであろうか。
 後に、聴衆が『星願』の出演を三名知るならば、歓廷の飲料が一箱貰えたっていうことがある。歓廷の飲料を言うならば、ホームワールドに買い物に行くたびに、本学の西門を通りかかる時、僕はその宣伝パラソルを目にすることがいやであった。飲んでみたら、いやに不味い。僕の望むように、歓廷がなくなった。ところが、『流行記念冊』がまだある。賞なんてのためではなかった。葉っぱさんがはっきり見えるように、その出演者の名前をサイズ大きくして、きちょうめんに原稿に書き込んでいたものである。
 縁というものは、熱い精霊のように、君のそばに透明な空気のように引きこもる。そのさだめで喜ばせてから、またふりかえてみたら、呼び出して堪らないであろう。縁ははっきりと、その清楚な姿をして浮かべてきた。それに、君はいつの間にか、その網に網羅されて、逃げるところはない、とある。
あっという間に、十年だ。皆愛されたその女子も三十歳になった。
左の十年、右の五年。人生も一瞬であろう。
どこかで出会っても、話すことがないかも。長い間、ありがとうって、遠くからお礼を言うだけであろう。

寒波序曲

2010年10月26日 15時15分18秒 | 時事雑感
 北半球の諸国は今年寒波に見舞われ、例年よりも寒く、たいへんな被害を受ける恐れがあるって、新聞などで研究者の警告を読んだ。

 まだはやいかと思っていたのに、今朝から粉雪が降り始めた。

 去年、里の初雪は十一月十一日だったかと、うろ覚えているが、それよりもはやいのはちょっと…まさか寒波の序曲か。

 窓ガラスがすっかり水蒸気に濡れていたから、女子学生の二人が休憩時間に指でその上に「愛」、「忘れたのに」などを描いた。女子学生の若い心がやはり純粋且つロマンチックかなと思いながら…

 芝生が枯葉に覆われ、これから冬が始まるのかと。

 仮住まいのアパートは暖房の湯入れが明日からっていった。今日は暫く寒さ我慢するほかはない。 

張学友・楚歌【試訳】

2010年08月02日 10時15分59秒 | 若い詩歌
淡淡野花香 烟雾盖似梦乡   野の花や微かに香る霧の夢

别后故乡千里外

那世事变模样         世の事に 別れる郷ぞ千里なる



池塘有鸳鸯心若醉两情长    池の鴛鴦心ひかれてつがいなる

月是故乡光与亮      

已照在爱河上我却在他乡    恋川を照らす月こそ光りけれ



千里关山风雨他乡       千里の関山に 異郷の風雨



乡音我愿听 家里酒我愿能尝  国のなまりに 郷の酒

     

莫道隔千山 朝夕里也梦想    千里の山を隔てても



但望有朝身化蝶        何時か蝶に化る時を待つ



对抗着风与霜 我再踏家乡    風霜を冒しても郷帰る

2010年07月17日 20時51分42秒 | 時令節気

俳句の面白さ

2010年07月15日 12時32分35秒 | 俳句和歌
 自分が俳句を趣味としたのは何時頃のことであったろうかはもう忘れてしまった。しかしながら、当初俳句を知るのは松尾芭蕉の名高い「古池や蛙飛び込む水の音」の句ではなく、確かに千代の「朝顔に釣瓶取られてもらひ水」であった。

 女性っぽい句。朝顔と釣瓶が作り出す清清しい雰囲気が好きである。しかし、当時が一つの疑問を持った。朝顔を可愛がるから隣さんに水を借りると、隣さんに迷惑をかける。これが西欧人から見れば、市民教養の無きことだと、教科書にもちゃんと書かれてある。
 しかし、私の疑問がそれではなかった。私のそれが、「日常生活でよく使われる釣瓶の近くになぜ朝顔」であった。朝顔が蔓の持つ植物として、釣瓶の近くにあるのは不思議なことではないかと思われる。だからこそ、千代のこの句が架空の句ではないかと僕は当時疑った。

 以上のような疑問が俳句の風雅を失くすのであろう。欧米人のみならず、他人に迷惑をかけることが嫌な日本人がこんなこともするのと。。きっと疑いを持つ人がいるのであろう。
 これは俳句の面白さである。
 俳句は「場」の文芸である。
 その「場」では、俳人の千代の心に俳句の風雅を産んだのであろう。その「場」でないと、詠めない句である。
 千代、秀逸!

帰省の句

2010年07月08日 11時30分45秒 | 俳句和歌
喜雨降るや錦の里に帰りけり

不如帰

2010年06月26日 11時45分47秒 | 俳句和歌
不如帰徹夜の啼くやエトランゼ

注:(1)不如帰は時鳥、杜宇、子規とも言う。

  (2)エトランゼ:異邦人。