三
12時07分。発車した。その一瞬、彼は名状しがたいものを胸の中に感じた。郷愁だろうか。
古都のことを南国にいても、彼はよく思い出したものだ。言えない一種の美感と史的な重みだった。彼のイメージの中では、それらのことがもう何かの沈殿物のように、自分の中に沈み潜んでいた。
レンガ造りの青城壁、古いキャンパスの五階で見られる大雁塔、それに彼の学生時代。「人間は可笑しい動物だ」、と彼は自分にいった。「力を尽くしても、失敗を何回も繰り返しても、自分の夢を捨てることはできなかったことは。」自分の頑固さ、我がままな道を行くこと、あるいは自分の理想主義と優柔不断。今に至っても、まだ独身とは、ちょっと寂しいことだろう。
車外は風景と静物が動画のように速く移動していた。鉄路沿いの近景はスピードの速く走る汽車の中からみたら、抽象派の水彩絵のような感覚だった。遠き丘や木々が黙って、とても静かだった。その中では、車輪とレールとの接触する音だけがした。
臨時停車時、ある工場に寂しく立っていた煙突から、真っ白な気体が寒い中に幽霊のように立ち昇ったのを目にした。
「可笑しいな、その煙は」、と隣の方も言い出した。
「いや、煙じゃなかろう。工業廃気だろう。」と、ある幹部らしい眼鏡さんが教えていた。
「やっぱり煙であろう」
……二人はその真っ白なものについて激しく話し合った。
桂北の山は石多くて、低いのが特徴だといわれ、いや、山より丘や岡をいったほうがもっと相応しいだろう。頂から麓までせいぜい200メートルしかないだろう。
彼は霧に立ちこめられた衝立のような岡や小山を眺めながら、車窓に落ちた雨粒にまた気づいた。なんと銭湯のことを思い出した。風呂から上がった体のように、その岡と小山の瑞瑞しさ、特にその男性的な岩や絶壁を覆っている女子的な緑の茂みは彼を感動させた。その雲と霧に隠見する山世界は仙境のような感覚であるが、自分の目前に存在するのとはちょっと不思議だと彼は信じられないかった。
高架線の鉄柱が巨人のようにしゃんと田植えに整然に立っていて、長い電線を疲れずにしっかり攫むような姿だった。時間長く眺めると、彼はちょっと眠くなり、自分の寝台に這い上がった。