緑 島 小 夜 曲

春を愛する人は、心優しい人。

東京遊学歳時記(6)

2012年01月29日 14時38分46秒 | 歳時季語



秋の暮凶の絵御籤引きにけり


 秋の暮は季語の一つである。この季語を入れて作った俳句の中では、松尾芭蕉の「この道を行く人なしに秋の暮」が有名であろう。秋の暮の寂しさを極める句だと思う。「この道」はどのような道であろうか。細かろう。それとも大通りであろう。季語の「秋の暮」からみれば、人気なき細道であろう。

 浅草寺で100円の御神籤を引いた。第六十四凶で漢詩調の四句であった。知合いに冗談半分言うと、浅草は凶が多いという。秋の暮の句の中では、大好きな三句がある。
 
 
硬球を打つ青年の秋の暮    鈴木六林男
秋の暮皆長靴の出稼人     大野林火
秋の暮業火となりて秬は燃ゆ  石田波郷


東京遊学歳時記(5)

2012年01月26日 10時40分22秒 | 歳時季語
    

      初登り高尾の峰の晴るる秋

 拓大は高尾山の麓に位置する。高尾駅からあと一駅で、高尾山口駅に到着する。
 東京滞在中、一度高尾山を登ったことがある。以上の句はその時作ったものであった。

 青垣のような高尾山脈は目の前に広がって、気持ちも晴れになった。遠山はもやもやした中にはっきり見えなかったが、青き屏風のように聳える。

    

 高尾山で八王子の初秋を眺めるのもよかろう。都市の建物が公園緑地や街路樹などの緑に浮くように、『古事記』を思わせる風景であった。

    

    やや寒し男坂まで登りけり

 男坂は上がり道、女坂は下り道。

 
 

辰の年竜を語る②

2012年01月21日 09時53分02秒 | 民風民俗
 
 
 中華文化圏では、龍は吉祥のイメージで、古代中国では、皇帝の象徴であった。「真龍天子」のような言葉があり、すなわち、皇帝は龍から化して、天の子だと美化された。皇帝に関する言葉もよく「龍」を使う。たとえば、「龍顔、龍体、龍椅、龍座」などがある。それぞれ皇帝の顔、身体、椅子、座席をいう。

 しかしながら、欧米諸国では、古来龍は邪悪の動物だと思われ、イメージも悪かった。「Dragon」という動物である。中華文化圏の龍と違って、青や黒、毒付牙のイメージが多いと思われる。その原型は蛇だと考えられ、ノルウェーの神話では、その龍が実は大蛇である。雷の神と戦う中、その毒液で相手を殺したという話がある。
 
 

 ギリシャ神話では、龍は鎮守の物でもある。英雄のヘラクレスはゼウスの子である。父親のゼウスの願望は子の永生きである。しかし、奥さんのヘラはヘラクレスのことがあんまり好きではない。それが故、永生きの条件はまず十二の挑戦である。その挑戦の中では、金林檎を盗むというのがある。だが、金林檎を見守る巨大な龍がある。いろいろな案を考えて、最後に催眠術を使って、その龍を殺して、林檎を手にした。

 
 今年は「龍鳳成祥」の年でありますように。おめでとうございます。
                           
                          続く

辰の年竜を語る①

2012年01月20日 10時54分24秒 | 民風民俗

 
 あと2日、辰の新春がやってくる。

 まず旧年中、お世話になった方々に感謝の意を表したいと思う。去る一年は僕にとって、登龍門のような年だった。今年もどうぞよろしくお願いします。さて、これから、この猫の額のようなブログを借りて、辰の年龍を語るというシリーズを書き込みたいと思っている。

    

 龍は我が国中国の神話伝説上の動物である。長い歴史の中で、龍のイメージも変わりつつあり、さまざまな形が生まれたのである。神話上の動物なので、現実の世界では生きていないというのはまず事実である。古生物考古学上では、恐竜の化石が発見されたが、龍の原型になるのであろう。

 まず龍の構造を見よう。南宋時代の博物誌『爾雅翼』では竜の姿を「三停九似」と書いてある。「九似」とは、その角は鹿、頭は駱駝、眼はは兎、身体は蛇、腹は蜃、背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛にそれぞれ似るという。この構造からみれば、龍のさまざまな動物より成り、各動物の習性が一体化されるのであろう。ご存知のように、鹿の角は貴重な漢方薬、駱駝は飢えに強く、兎の目が赤宝石の如し。蛇や蜃の長き体、鯉が水中に生きること、鷹と虎の勇猛さ、牛の穏やかさなどが想像される。

 龍は水中か地中かに棲む。井戸に棲む龍もいるという。その鳴声が雷、息が風、くしゃみが雨と化する。降水を司る動物だと思われる。その動きを「騰」という動詞が使われる。「龍騰虎躍」は成語で、「龍騰がる虎躍ぶ」の意味である。水中か地中より、龍が天上に上がる有様をいきいき現す。

 今年は「龍騰虎躍」の年でありますように。おめでとうございます。

                                  
                                   (続く)

東京遊学歳時記(四)

2012年01月18日 14時54分09秒 | 時事雑感

空海の行脚の像や蓮は実に


 高尾駅から高尾線に沿って歩いてみたら、大光寺という小さいな寺がある。JR中央線と京王線が乗り入れ、多摩御陵と高尾山と霊園の昇降駅として有名な高尾駅の南に位置し、駅に一番近い寺院として有名で、弘法大師霊場「多摩四国八十八ケ所霊場第七十番札所」が、正名山地蔵院大光寺であるという。

 京王線高尾駅のホームにのぼり、その境内が眺められる。ぎっしりと何百基のお墓が特に目立つ。高尾にいた時、休日のお出かけの時、よくそのホームで向こうの境内を眺めながら、電車を待った。
 
 自分で行ったこともあれば、隣室の呉さんと劉さんと一緒に行ったこともある。

 蛙の像が六つあり、「迎える」にかけられることが面白かった。興味津津に散策した。

 
 山門に蟷螂死すや大光寺

 大光寺の山門の隅っこで蟷螂の死体を発見したことがある。しめやかに動かない。

土井晩翠『星落秋風五丈原』を真似して

2012年01月17日 19時01分16秒 | 若い詩歌

花落春愁吉野山

はなおつしゅんしゅうよしのやま





八幡宮(はちまんぐう)の花落ちて

春雪白し吉野山。

初音の鼓鳴り響き、

狐の姿消ゑて行く。  

本や同じ根生ぜしに、

相煎ることぞ急なりし。

入りにし人の後追はむ!





源軍の旗輝きて、

白拍子こそ最中なれ。

酒の盃交わし合ひ、  

舞の直垂美しき。

本や同じ根生ぜしに、

相煎ることぞ急なりし。

入りにし人の後追はむ!





悲しむ風に雨泣きて

叫ぶ非情の怒涛(なみ)の声。

同舟の光陰(とき)矢の如く、

烏帽子の下の別れ泪(なだ)。

本や同じ根生ぜしに、

相煎ることぞ急なりし。

入りにし人の後追はむ!

東京遊学歳時記(3)

2012年01月07日 21時40分22秒 | 歳時季語

    秋の蝉鳴いてやまざる高楽寺

 高尾駅南口より仮住まいの留学生寮までには、この高楽寺の山門前を通らなければならぬ。
 9月末の東京はまだすこし暑かった。ある午後、一人で高楽寺を散策した。境内には、樹齢二百年以上の枝垂桜が生きている。
 どんよりした空の下に、一人で寺院散策するのは何よりいいことである。
 
 極楽の世はいったいどんな様子であろうかはまず別にして、この高楽寺だけが名の通り、最高の楽を感じさせるのであった。
 境内は広いとは言えぬ。地元の祭りの時、このしだれ桜もライトアップされるという。想像してみると、あの幻のようなライトアップがきっと最高であろう。

 しだれ桜の木の下に立って、暫く秋の蝉を聞きながら、のんびりした午後だった。

東京遊学歳時記(2)

2012年01月06日 16時08分30秒 | 歳時季語
    彼岸花花弁の数魂(たま)の数

 9月23日、日本での最初の朝。ちょうど秋の彼岸の3日だった。
 朝早く隣室の呉さんと出かけた。

 お墓参りに出かける人が多かった。黒眼鏡をかけている人もあれば、新聞紙に包まれた花を持つ人もある。みんな真面目な表情で、黙々と墓地へ急いだ。

 道端には彼岸花がよく見える。細長き花弁が魂のように曲がっている。日本では墓地に多く生長しているといわれる。だから死人花ともいうのであろう。

 高尾付近では、霊園がいくつかある。それに、高尾沿線の大光寺の境内にも寺院墓地が設される。

 火のような彼岸花、魂のような彼岸花。秋分の道端にしめやかに咲いている。

東京遊学歳時記(1)

2012年01月04日 13時06分34秒 | 歳時季語


   秋の雨しとしと降りし台場かな


 2011年9月22日、我々一同が東京成田空港に着陸しました。
 拓大のスクールバスが迎えてきました。

 船橋、赤坂、台場、新宿などを通り、八王子の高尾へ進みました。

 途中で雨が降ってきました。東京での最初の雨でした。しとしとと、大雨ではなかった。
 あのスクールバスで、東京の短期研修をいろいろ想像したり、計画したりしました。

 「もののあわれは秋こそまされ」といわれたように、東京の秋の雨がしとしと降ってました。お台場はロケとして名が響いていますが、実際に目にするとはスクールバスがレインボーブリッジで走っている時でした。

 どんよりした空模様を背景に、台場の一切がもやもやした秋の雨に滲みました。遠くの摩天楼のの窓より微かなる灯の光が見えました。

 ああ、秋の雨しとしと降りし台場かな。